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第47話 カリナと、乾杯していた。

 フェリシアがリビングルームに戻ると、カリナがソファに座っていた。

 テーブルの上には、ユキトが取り出したのか新しい葡萄酒ワインのボトルとグラスが用意されている。グラスの中で琥珀色の液体が揺れ、かすかな果実の香りが漂っていた。

 部屋の空気が、先ほどまでとは違う。どこか張り詰めたものを感じる。


「言付けを伺いました。私をお呼びでしょうか?」


 静かに声をかけた。いつものメイド服姿で、緑色の瞳がこちらを見据えている。


「ああ、呼び立てて悪かったね。とりあえず一杯付き合ってくれないかい」


 カリナが葡萄酒ワインのボトルを持ち上げる。その手つきは慣れたもので、注ぐ音だけが静かな部屋に響いた。


「……では、一杯だけ」


 フェリシアはソファに腰を下ろした。メイドとしての矜持があるのか、どこかぎこちない座り方だ。カリナがグラスに葡萄酒ワインを注いでいく。


「何について乾杯しようかねぇ」

「ご主人様の女難祓じょなんばらいを願って、ではいかがでしょう?」


 淡々とした声だが、どこか皮肉めいた響きがある。


「ぷっ、それじゃあ、アタイたちの出会いと、ユキト様の鈍感さに乾杯」


 カリナがグラスを掲げ、一気に飲み干した。フェリシアも静かにグラスを傾ける。

 葡萄酒ワインが喉を通っていく音だけが、静かな部屋に響いた。

 ふたりの間に流れる沈黙には、探り合いのような緊張感がある。


「ぷはー、お、あんたも行ける口だね。もう一杯……」

「ありがとうございます。それで、本題は何でしょうか?」


 フェリシアの声には、世間話を続けるつもりはないという意思が込められていた。相手の出方を窺うように、わずかに姿勢を正している。


「そう急かすなよ。あんたに確認したいことがあってね……"棘の氏族"って知ってるかい?」


 空気が変わった。

 フェリシアの表情は微動だにしない。完璧な無表情が、逆に何かを隠している証のようだった。

 カリナの目が細く尖る。裏の仕事をしている時の眼差しだ。


「……『森林と調和の国』における有力六氏族のひとつですね。集落が国の南、隣国との境に位置するため、国内ではもっとも好戦的な氏族と記憶しております」


 淡々とした説明。まるで報告書を読み上げているかのような言い回し。


「ほぉ、眉ひとつ動かさないとは見事なもんだ」

「質問はそれだけでしょうか?」

「おいおい、アタイがカマを掛けてるんだから、少しくらいは反応してくれよ」

「はて? カマを掛けられるような覚えはありませんので」


 フェリシアの声には、動揺の欠片もない。だが、その完璧さは、すべてを知っていると訴えてくるものがあった。


「主人が主人なら、使用人も使用人だ……ふてぶてしいったらない」

「おめいただきありがとうございます」

「誰も褒めてないって……その様子じゃ、喋るつもりはないんだろうね」


 諦めたようにため息をついて、グラスに半分以上残っていた葡萄酒ワインを一気に飲み干す。

 しかし、次の瞬間、フェリシアが口を開いた。


「私が"棘の氏族"に所属している、ということですか?」

「って、喋るのかい!」


 思わずむせそうになったが、なんとかこらえる。絶対に今のタイミングはわざとだ。


「カリナ様が聞きたそうでしたので。特別に隠しているつもりはありませんし」

「この時期に、わざわざ王都まで……あんたほどの力がある魔術師が来たのは偶然か?」


 凄腕の魔術師がメイドをやっている異常さ。しかも、調べても何も出てこない。良いことも悪いこともだ。ある日突然、やってきた不自然な人物。

 カリナから見たフェリシアは、どうにも危うくてしかたなく見える。

 戦争の気配が近づいている今、エルフの好戦的な氏族から魔術師がやってきた理由。それを、カリナは本人から聞き出せないか試していた。


「さて、これから起こることはすべて偶然で、起こったことが必然ではありませんか?」


 いつの間にか、フェリシアが向かいのソファに座り、葡萄酒の一口飲んで顔をしかめる。そして、曖昧な言葉を返した。答えているようで、何も答えていない。


「やれやれ……確かにこれじゃあ、ユキト様の手に余るわけだ」

「あえて言うとしたら、私はご主人様を裏切ることだけはありません」


 フェリシアの声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。敢闘賞の代わりだろうか、彼女がカリナに見せた唯一の本音。


「ふんっ、うそつきは"自分がうそつきだ"とは言えないんだよな」


 カリナが皮肉めいた笑みを浮かべる。

 ふたりの影が壁に長く伸びていた。

 互いの思惑を探り合う、静かな闘い。今夜の会話がどうなるのか、まだ誰にもわからない。

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