第45話 僕は、報告を受けていた。
食事が終わり、リラとミーナが先に休んだ後、僕はカリナを呼んで、用件を聞くことにした。
リビングルームのソファに腰を下ろし、フェリシアが用意した肴をつまみながら、食事で残った葡萄酒を傾けている。薄暗い照明が、僕らの間に柔らかな影を落としていた。
「あっはっは、まったく面白いもんを見せてもらったよ」
いつもの陽気な声を上げて笑った。黒髪が揺れ、本当に楽しそうな表情をしている。
「別に見せもんじゃないんだけどね……はぁ」
深いため息が漏れる。精神的な疲労が半端ではない。あの食事の席で、僕の気力はガリガリ削れていた。
「"お喋り"の報告だけに来たつもりだったんだけどね。ご馳走さん」
「いえいえ、お粗末さま」
葡萄酒を一口含む。冷たいワインが、舌の上で温められ、甘みと渋みがじんわり広がる。
カリナの表情が変わった。艶っぽさが消え、真剣な目つきになる。
本業の彼女だ。裏の世界で元締の一角として生きてきた女性の顔。
「とりあえず、西は傭兵の募集について目処がついたみたいだね。早ければ十五日後、遅くとも二十日後には進軍を始めそうだよ」
別ルートから仕入れた報告と一致する話だった。戦争の現実味がでてきて、胸が重くなる。グラスを持つ手に、無意識に力が入った。
「開戦は回避できない……か」
七年前の悪夢が蘇る。あの戦争で、どれだけの命が失われたか。どれだけの悲劇があったのか。
フェリシアの両親も、あの戦争で亡くなっていると言っていた。
「王子様は最近とんとご無沙汰みたいだけどさ?」
彼女がなにを聞きたいのかわかったので、僕はそれに答える。
「王宮の議会では『戦争など起こるはずがない』と頑なに主張する方が何人かいてね」
僕の言葉に、カリナの瞳が細くなった。グラスを置く音が、静かな部屋に響いた。
「……七年前の過ちをまた繰り返す気か。そんな主張をするヤツが本当にいるのかい?」
「コレが嘘や冗談だったら、どれだけ良かったか」
あの戦争で多くの命が失われた。それなのに、もう忘れてしまった者がいる。いや、忘れてはいないのかもしれない。それを無視をしている者がいると言うべきか。
自らの利益のために、自分に都合の良い事実だけを声高に叫ぶ。そういう人間は、一定数、どこにでもいるものだ。王宮だけのことでもない。だから良かったと思える話でもないが。
「どうするんだい?」
複雑な質問を無難な一言にまとめたような問い掛けだった。
「さてね。僕は王子様直属の師団長だからこそ、独断で動くことはできない立場だからね」
第十一師団。たった三人の部隊だが戦力は十分で、少人数だからこそ機動性は高い。だからこそ、勝手に動くわけにはいかない。
「王子様の声が掛かったら動けるように準備万端で待機ってか?」
「いや、王子様ひとりの独断でも動かせないのが軍隊ってヤツなんだよ」
軍は王宮の命令で動く。王子であっても、独断で軍を動かすことはできない。それが、この国のルールだ。
カリナが舌打ちした。
「はっ、面倒なことだ……ケンカは最初の一発が肝心だろ?」
「ぷっ……わかりやすくていいね」
「この世でわかりにくいのは、酒飲みの説教と男女の恋模様だけで十分さ」
カリナが、グラスを手に取ると、そのまま飲み干して、空にした。そして、ソファの上で、彼女の体がこちらに傾いた。
「……ところで、なんでにじり寄って来るのかな?」
彼女のまとっている香水の匂いが、僕の鼻をくすぐる距離まで近づかれている。
「……ふふふ、わかりやすく態度で示してるのさ」
カリナの声が低くなる。艶やかな笑みが、燭台の炎に照らされていた。
「……そういうことはしないって言う話じゃなかった?」
「……アタイ〜、少〜し酔っちゃったみたい〜」
「嘘つけっ!!」
僕は思わず声を上げた。ソファから腰を浮かせて、さっと距離を取る。
「飲み勝負を挑んできた騎士を三人連続で潰したって話を知ってるからな!!」
「あらま、古い話を持ち出して。酔ったのはユキト様との雰囲気のせいさ……アタイに恥をかかせんなよ」
僕が指を指すが、どこ吹く風とカリナが流し目で誘惑を続ける。
「…………今晩中に僕を落とせるにいくら賭けた? 千イェン? 一万イェン?」
「うっ! やだねぇ、いつもの冗談じゃないか、あははは」
誤魔化すように笑った。図星だったらしい。
フェリシアに感謝しなければならない。リビングルームにうつる前に「カリナ様と、なにかあるようでしたら、寝室でお願いします」と耳打ちしてくれていたのだ。おかげで逆に心構えができていた。なにかって、なんだよ。
戦争の足音が、近づいている。僕は、もうカリナの言動については、それ以上は放置することにして、グラスに残っていた葡萄酒を飲み干した。




