表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/88

第44話 僕は、気が休まらないでいた。

 舌の上でとろけるような肉の煮込み、グリルされて甘みが凝縮(ぎょうしゅく)された野菜、焼きたての香ばしいパン。

 湯気を立てる料理が、食欲をそそる香りを漂わせている。彩りも美しく、見た目にも楽しめる品々。

 厨房からミーナも出てきて、給仕を手伝っていた。猫耳がぴょこぴょこと揺れ、尻尾は上機嫌に左右に振れている。

 食事が一段落して、先程の怖いやり取りが夢だったかと思い始めた時、その一言が投下された。


「ねぇ、フェリシアさん、どっちがホンサイで、どっちがオメカケさん?」


 背後から、ミーナの無邪気な声が響いた。

 僕は飲んでいた水を噴き出しそうになって、慌てて口元を押さえる。


「ぶはっ……げほげほっ」

「あらあら……」


 フェリシアが、何かを楽しんでいる気配がある。


「ななななっ!?」


 リラが真っ赤になって慌てる様子がわかった。ガタガタと椅子が大きな音を立てる。


「ぷっ……ふふっ、ねぇユキト様、アタイがホンサイでお嬢ちゃんがオメカケさんでどうだい?」


 隣りにいるカリナが悪戯っぽく提案してきた。その妖艶な目つきで流し目を送ってくる。


「いいっ!?」


 思わず変な声が出た。なにを言い出すのだこの人は。


「そうかい、"イイ"かい」


 カリナが、そんな僕の言葉尻を捉えてニヤリとする。


「冗談じゃありません! ど、どうしても、っていうなら私がホンサイなのが筋でしょう!?」


 リラが食い下がる。顔は茹でたように赤い。湯気が立っているのではないかと思うほどだ。


「おやおや、アタイはユキト様に質問しているんだよ? そもそも何が筋なんだか」

「少なくとも貴女がホンサイって言うのは許せません!」


 二人の間で火花が散る。さっきまでの連帯感はどこへ行ったのか。二人は睨み合っている。


「ミーナちゃん、おふたりともホンサイではありません。あえて言うならアイジンさんってところですね」


 そこへ、さらなる火種が投げ込まれる。フェリシアの淡々とした声には、かすかな満足感が混じっている気がした。


「なるほど! じゃあ、あたしたちと一緒だね!!」


 ミーナの琥珀色の瞳がキラキラと輝く。猫耳がぴんと立ち、尻尾がぶんぶんと振れている。


「そうなりますね」


 フェリシアが間髪入れずに肯定した。


「えええええっ!!」


 リラの悲鳴が食堂に響き渡る。グラスが倒れそうになるほどの声量だった。


「おやおや……どおりでアタイがいくら誘っても効かないわけだ」


 カリナが納得したようにうなずいている。訳知り顔がまた腹立たしい。お前、わかってるな?


「いや、納得しないで欲しいんだけど……」


 僕の言葉は虚しく宙に消えていく。誰も聞いていない。


「ユキト様っ!!」


 リラが隣り合った狭い距離をさらに詰めてきた。その瞳には涙すら浮かんでいる。


「やっぱりそういうことなのですか!? 違いますよね! 違うと言ってください!!」

「リラ、落ち着けっ!! なにがどう違うかがわからない!」


 彼女の妄想がどこまで膨らんでいるのか、まず底を聞かないことには下手に返答もできない。


「ミーナちゃん、ご主人様は大好き?」


 フェリシアがミーナに問いかける。話題を変えて助けてくれるつもりなのか! いや、それにしては質問の仕方が……


「うん、大好き! だって、あたしのこと痛くしたりしないし、優しくしてくれるから!」


 知ってた!

 ミーナが嬉しそうに答える。無邪気な声なのだが、今は死刑宣告をする裁判官の一声にも思えた。


「痛くしないで……や、優しくっ!?」


 リラの顔から血の気が引いていく。何を想像しているのか? 知りたくもないが、とんでもない誤解をしている。


「あああっ!! フェリシアも人に誤解されるような話題を振らないでくれ!!」


 僕は振り向きながら、フェリシアに叫んだ。


「ご主人様はミーナちゃんがお嫌いなのですか?」


 フェリシアが首を傾げる。その無表情の奥で、確実に楽しんでいる。


「えっ……ご主人さま、あたしのこと嫌いなの?」


 ミーナの猫耳がぺたんと伏せられた。琥珀色の瞳が潤んでいる。尻尾も力なく垂れ下がった。


「いや好きだよ! うん、ミーナはちゃんと屋敷の仕事をしてくれるイイ子だからね!」


 慌てて否定する。ミーナの耳がぴょこんと立ち直った。尻尾が再び揺れ始める。


「『ミーナだけ? ご主人様、フェリシアのこと嫌いなの?』」


 フェリシアが棒読みで言った。嘘泣きの真似すらしていない。完全に演技だとわかる声色。


「とりあえず、今限定で大っ嫌いだ!!」


 僕の声が虚しく響く。フェリシアの長い耳が、かすかに揺れた気がした。

 今夜の食事も、いつも通り美味しかったはずだ。けど、料理の味など、ほとんど覚えていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ