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第42話 三人がそろって、見合っていた。

 僕の家の玄関は今、ものすごい緊張感に包まれていた。冷気が漂っているかのような、そんな緊張感だ。

 三人の女性が、互いに無言で対峙(たいじ)している。


「………………」

「………………」

「………………」


 フェリシア、リラ、カリナ。

 誰も言葉を発しない。誰も動こうとしない。ただ、相手を探るような視線だけが交錯していた。

 女三人寄れば(かしま)しいと、昔の人は言った。しかし今、この場を支配しているのは沈黙だ。重苦しい、息が詰まるような沈黙。

 僕は玄関に立ち尽くしたまま、この状況をどう収拾すればいいのかわからなかった。


 フェリシアは普段通りの無表情だが、その長い耳がぴくりとも動いていない。完全に警戒態勢に入っている。

 リラは緊張で顔がこわばっている。僕の横で軍服姿のまま、背筋をぴんと伸ばしている。

 カリナは、何故か先に家にいて、フェリシアと話し合っているところに僕達が帰ってきた。彼女は妖艶な笑みを浮かべ、その目には面白そうなものを見つけたとばかりにニヤついている。


「えーと……」


 僕が口を開きかけた瞬間、フェリシアが先に動いた。


「ご主人様」

「は、はいっ!」


 思わず背筋が伸びる。彼女の声には、普段とは違う圧がこもっていた。


「玄関で立って話すのもなんですので、皆様と晩餐をご一緒するということでよろしいでしょうか?」


 いつもの無表情。いつもの淡々とした口調。だが、その声にはわずかな圧がある。

 「よろしいでしょうか」と言いながら、選択肢がないことがわかった。僕は空気が読める御主人様と、きっと近所で評判だろう。


「よろしくお願いいたしまする」


 変な敬語が出た。緊張している証拠だった。とっさに舌が回っていない。


「え、あ、そんな悪いです!」


 リラが慌てて手を振る。


「そりゃちょうど良いね、アタイは遠慮なくご馳走(ちそう)になるよ。お酒はつくかい?」


 カリナは対照的に余裕たっぷりだ。黒髪を耳にかき上げながら、艶っぽい笑みを浮かべている。胸元が大きく開いた服装は、たぶん仕事着のままだ。ほんと何しに来たのかな?


「そちらの王国軍の方、ご遠慮なさらずに。ご主人様の許可も頂きましたので歓待(かんたい)させていただきます」


 フェリシアがリラに歩み寄る。その動作は滑らかで、視線をカリナに移した。


「そちらの胸元がはだけた服装のお方、葡萄酒(ワイン)でよろしいでしょうか? エールなども用意できますが」


 歓待と言いながら、口調には棘がある。「胸元がはだけた」という表現に、かすかな非難が込められていた。


「あんまり歓待されるって感じの口調じゃないね」


 カリナが冗談めかして言い返す。その目の奥は笑っていない。


「そのように聞こえましたら申し訳ありません。この口調は生まれつきと職業柄ですので」


 フェリシアは淡々と答える。謝罪しているようで、まったく謝っていないよね。


「ふふん、葡萄酒を頂こうかね。ショウガ入りの水割りで頼むよ」

「水割りですか……なんでしたら、氷割りも用意できますが?」

「ほぉ、なら、そっちで。ショウガはなしでお願いするよ」


 カリナの表情が一瞬引き締まった。氷割り。氷を用意できるということは、フェリシアが魔術の腕前が高いことをそれとなくほのめかしている。製氷の魔術は、そこそこ精密な制御、技術を必要とする。

 それをたかだか食事のために使うと言い切ってているのだ。


「かしこまりました。そちらの方も飲み物はいかがなさいますか?」


 流れるように視線を移して、フェリシアが真っ直ぐにリラを捉える。


「えーと、じゃあ同じもので……」


 リラの声は小さい。この場の空気に圧倒されているようだった。


「はい。それでは、皆様、まず食堂でお待ち下さい」


 フェリシアが僕に近づいた。彼女の眼が、じっとこちらに注がれている。その奥に何があるのか、僕には読み取れなかった。


「ご主人様?」

「は、はいっ!」

「皆様の分の食事を用意してまいりますので、おふたりとご一緒に仲良く楽しくご歓談下さい」


 仲良く楽しく。その言葉とは裏腹に、フェリシアは無表情になっている。いつもと違って、本当に感情を押し殺している様子だった

 彼女が厨房へ歩いていく背中を見送りながら、僕は二人を食堂へ案内する。

 リラは緊張した面持ちで、カリナは余裕の笑みを浮かべている。対照的なふたりを前に、僕はなぜか胃が痛くなりそうだと覚悟を決めた。

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