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第4話 気付いたら、お弁当派になっていた。

「ん~~」


 僕は大きく背伸びをする。肩の骨が鈍い音を立てて鳴った。

 朝から続いていた書類仕事がようやく一段落ついたのだ。机の上には、処理済みの書類が山のように積まれている。

 今いるのは、王宮にある僕の執務室になる。壁には王国の地図が貼られ、本棚には法令集や記録簿がぎっしりと並んでいた。

 部屋自体はそれほど広くはないが、王宮に専用の執務室を持っているというのが一種のステータスだ。

 使い込まれた樫の机は、僕がこの部屋に配属される以前からある由緒正しい事務机だ。

 室内には、僕の他にふたりいて、さっきまでの僕と同じように書類と格闘している。羽根ペンを走らせる音と、ときおり聞こえるため息だけが、静かな執務室に響いていた。


「さて皆、そろそろ昼休みにしようか」


 まだ働いている部下たちに声をかけながら、僕は机の引き出しから包みを取り出した。

 白い布に丁寧に包まれた、それなりに重みのある包みだ。布からは、かすかに良い香りが漂っている。


「では、いただきます」


 包みを開く。今日の昼食も、フェリシアが用意してくれた弁当だ。

 木製の弁当箱のふたを開けると、色とりどりのおかずが、見た目にも美しく詰め込まれていた。

 オムレツは黄金色に輝き、焼き加減は完璧だ。野菜の煮物は彩りよく配置され、肉料理には照りのある艶が出ている。

 刻んだ酢漬けをまぜたマヨネーズのサンドイッチがそえられていた。どれも冷めても美味しく食べられる料理が選ばれている。


「…………」

「…………」

「お、今日はサンドイッチにオムレツか……って、君たち何か用?」

「ええっと、その……」


 視線を感じた。まるで僕の顔に穴を開けんばかりの視線だ。

 そちらに目をやれば、副官のリラと部下のガルムが、じっと僕を見ていた。

 なぜかリラが口ごもって返事がない。顔が少し赤い気がする。


「ズバリ聞きますけど、ユキト様」


 そんなリラをよそに、ガルムが切り込んできた。

 椅子から立ち上がり、僕の机の前まで歩み寄ってくる。彼には好奇心とちょっぴり羨ましそうな顔が浮かんでいる。


「ん、何?」

「いつの間に奥さんもらったんですか?」

「はぃ?」


 僕は思わずお弁当を食べようとした手を止めて、聞き返した。

 持っていたフォークが、空中で静止する。何を言い出すのだ、こいつは。


「いや、ここ数日、昼に食堂の定食じゃなくて美味そうなお弁当食べてるじゃないですか?」

「そうだね」


 事実だ。屋敷にフェリシアが来てから、出仕した日の昼食は、すべて弁当になった。

 毎朝、「お昼のご用意をいたしました。こちらをどうぞ」と渡されるのだ。

 以前は、ガルムの言う通り、王宮の食堂で他の職員たちと同じ定食を食べていた。


「で、オレらの知らない間に結婚でもしたのかと……ラブラブな新婚ですか? 新妻とイチャイチャですか?」

「ら……らぶらぶ…………」


 リラが小さくつぶやいた。やっぱり顔が赤い。

 何かを想像しているのだろうか。彼女はときどき、妙な妄想を膨らませる癖がある。手元の書類が、くしゃりと握りしめられていた。それ、重要書類じゃないよな? 大丈夫だよな?


「とりあえず、君たちが何を想像しているのか問い詰めたいが。なぜ恋人ができたとか、そういう発想にならない?」

「いや、ユキト様のことだから、レオン様の命令で、いきなり結婚してもおかしくないかなとか」

「色々否定できないのって、どうよ……」


 とても情けない声がでた。

 確かに、王命で婚約させられる可能性はゼロではない。そういう立場なのだ。

 レオン様……レオン=ハルト・ロズウェル第一王子は、僕の幼馴染であり、上司でもある。

 あの人なら、突然「結婚しろ」と言い出しても不思議ではない。それが僕と僕の部下との共通認識だ。


「じゃあ、違うんですか?」

「あー、当たらずとも遠からずというか」

「ええっ!! 新妻とイチャイチャなのです!?」


 リラが突然机の前まで身を乗り出してきた。

 目が()わっている。書類が何枚か床に落ちたが、彼女は気にも留めていない。


「それは違うっ!!」

「うぅ…………良かった。そうか、まだ私にもチャンスが残ってるんだ」


 よく聞こえなかったが、リラはまた何か小さつぶやいていた。胸をなで下ろしているようにも見える。


「妹の指示でね。家に使用人がやってきたんだ」

「ああ、なるほど。というか今までユキト様の屋敷に使用人のひとりもいない方が変でしたし」


 ガルムが納得したようにうなずく。

 彼は以前、僕の屋敷に来たことがある。あのとき、使用人がひとりもおらずに、物が散らばった部屋を見て「ユキト様って、本当に伯爵なんですか?」と呆れていた。

 屋敷と言っても、小さな家だし、僕ひとりで住むのであれば十分に問題ないとは思ってたんだけど。


「んでもって、毎朝お弁当を持たされているんだ」

「それは、なかなか愛されていますねぇ」

「愛されているというか、からかわれているというか……なるほど、そういう意味か、これ」


 僕は弁当箱を持ち上げながら見つめた。

 丁寧に作られた弁当。木製の箱は軽く、持ち運びやすいように工夫されていた。中身の料理は見た目も美しく、栄養バランスも考えられている。


「はぁ?」

「いや、弁当を渡されるとき、『犬が縄張りを主張するのと同じ行為です』と言われたからさ」


 つまり、僕に弁当を持たせることで、僕に親しい女性ができたかのように思わせているわけだ。さっきまで、部下たちが勘違いしていたように。

 フェリシアの真意はわからないが、アイネの指示なら十分にあり得そうだ。昔から、妹にはそういうところがある。

 まぁ、いっか。僕はあきらめて弁当を食べ始めた。

 オムレツを一口。ほんのりと甘く、混ぜられた鶏肉の脂のうまみが広がる。どんな意図があろうと、美味しいものが食べられているのだから。


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