第33話 ヴェルナさんが、冗談を言っていた。
「ふぅ、ごちそうさま」
ヴェルナが満足げに食事の終わりの挨拶をする。
すべての皿には、サンドイッチの欠片ひとつ残っていない。老婆はだいぶ健啖家で、ミーナとふたりで多めに用意したランチをすべて食べきっていた。
フェリシアは、ミーナの口をふいてあげると、後片付けのために空皿を重ねていく。
「ああ、そうだ。ミーナちゃん、お使いを頼んでいいかい?」
「おばーちゃん、何をすればいいの?」
ミーナが、きょとんとした顔で老婆に視線を向け、猫耳をぴくりと動かす。
「おこづかいをあげるから、ミーナちゃんの好きなオヤツを三人分買ってきてくれないかい?」
「えっ? あたしの好きなオヤツでいいのっ!?」
ミーナの目がきらめく。尻尾がぶんぶんと左右に振れる。
「ああ、ミーナちゃんのおすすめのヤツをお願いするよ。とりあえず、これだけ渡しておくからね」
懐から自分の財布のひとつを取り出して、少女に渡す。
「わかった! じゃあ、行ってくるね!」
ミーナは勢いよく立ち上がると、屋敷の外へ駆け出していった。その足取りは軽く、ぴょこぴょこと跳ねるようだった。
その後ろ姿が見えなくなるまで、フェリシアは黙って食後のお茶を飲んでいた。やがて、静かに口を開く。
「……ヴェルナさん、さきほどの言葉の意味を聞いてよろしいでしょうか?」
「簡単なお言葉遊びでねぇ」
老婆が、ゆったりと面白そうに眉を上げた。
「アンタの料理には、仕事以外の気持ちが混ざっていると言うことさ」
「私は別にご主人様に惚れていたりはしませんが」
フェリシアの声が、わずかに硬くして答える。
「気持ちと言うのは、何も男と女の愛情ばかりじゃないだろう?」
「それは……そうですが」
「ああ、アンタにはユキトに対して話せない、いや話すつもりがないことがあるみたいだしねぇ」
「!?」
フェリシアの無表情が揺らぐ。いつも、彼女がご主人様を手玉に取るように、老婆の言葉に翻弄されてしまう。
「ヴェルナさん、貴方は私の何を知っているのでしょうか?」
「例えば……」
ヴェルナが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「アンタの父親だけど、なくなっていないみたいだねぇ」
「!!」
フェリシアの肩が、びくりと震えた。緑色の瞳がわずかに丸く見開かれる。
この老婆は、いったいどこまで知っているのだろうか。彼女たちからは何も聞いていない。
「……とまぁ、軽い冗談さ」
「じょう……だん?」
またしても心が揺さぶられてしまった。
「ああ、軽く"カマを掛けてみた"だけで、本当は何も知らないのさ」
「そんなことはありません、実際に私のお父さんが死んでいることを知っていました」
フェリシアが、静かに反論した。その声には、隠しきれない動揺があった。
テーブルの下で、軽く拳を握りしめて開くを二回繰り返す。
「アタシはさ、ただちょっと人として長く生きているだけだよ」
ヴェルナが、遠くを眺めるように目を細めた。
「誰だって人に話せないことのひとつやふたつ抱えてるものさ。それに父親の件だって"なくなっていない"と言ったんだ……"死んでいる"とも"生きている"とも受け取れるだろう?」
「…………そうですね」
言われてみればそのとおりだ。一種の言葉遊び、なのだろうか。
老婆のさきほどの言葉をもう一度よく思い出すと、たしかに意味が曖昧だ。
長い銀髪が、風に揺れた。
「しかし、今みたいな会話でもいくつか汲み取れてしまうモノもあるというわけでねぇ」
「…………」
沈黙が、ふたりの間に落ちた。木漏れ日が、テーブルの上で揺れている。
「そんなに顔を強張らせることはないさ」
ヴェルナの声が、柔らかくなった。
「すくなくてもアタシはアンタのことが気に入ったからねぇ。何か困ったことがあれば、力を貸してもいいと思っているくらいにはさ」
「ありがとうございます」
深く頭を下げた。その動作は、いつもよりゆっくりと、そして丁寧に。
「何か話したいことがあれば話してみな。多分、花壇に話しかけるよりは有意義だからねぇ」
老婆が、いたずらっぽく言葉に含みをもたせる。
フェリシアは何も言わず、ただ、その長い耳が、いつもになく垂れ下がっていた。




