第32話 フェリシアさんが、言い負けていた。
屋敷の裏庭に、テーブルと椅子が並べられていた。
木漏れ日が差し込む中、三人の女性が昼食を共にしている。普段なら考えられない光景だ。
「はむはむ、おいしぃー♪」
ミーナが、幸せそうにサンドイッチを頬張っていた。猫耳がぴょこぴょこと動き、尻尾がゆらゆら揺れている。
「ふむ、生ハムを刻んでフレッシュチーズと混ぜ合わせてるんだねぇ。これは美味い」
ヴェルナは、感心したように満足気にうなった。サンドイッチを手に取り、断面をじっくりと眺めている。
「ヴェルナさん、その、なんで私たちまで一緒に食事をしているのでしょうか?」
フェリシアが、困惑した声で訊いた。自分の皿には、まだ手をつけていない。メイドが客と同じ席で食事をするのは、彼女の流儀に反するのだろう。
「そりゃ、アタシが命令したからだろうねぇ?」
ヴェルナが悪びれもせずに答える。
「なんでそんな命令をされたのでしょうか?」
「そりゃ、一緒に食事をするためじゃないかい?」
論理的なようで、まったく答えになっていない。フェリシアの長い耳が、困惑でくたりとした。
「ほら、アンタも食べなよ。この何の実かわからないジャムのサンドイッチも美味いよ」
橙色のジャムが挟まれたサンドイッチを持ち上げた。
「それはニンジンのジャムです」
フェリシアが、淡々と答えた。
「なるほど、言われてみれば確かにニンジンの風味がするねぇ」
もう一口かじって、納得したようにうなずく。
「ご主人さまはニンジンが嫌いなんだって、だからフェリシアさんが色々頑張ってるんだ!」
ミーナが得意げに説明する。口の周りにサンドイッチのマヨネーズがついていた。
フェリシアは、後でぬぐってあげなければと心の中で思う。
「ああ、ヤツの食わず嫌いを直すためかい。アタシも一時期頑張ったんだけど、全力で抵抗されたねぇ」
老婆が、懐かしそうに目を細めた。遠い昔を思い出しているようだ。
「ええまったく、嫌いだからといって、こっそり残すだなんて子供っぽい」
フェリシアの声に、わずかな苛立ちが混じった。普段は見せない感情だ。
「もっともアタシも無理やり食べさせようとしたから、お互い様かねぇ」
「あたしは何でも残さず食べるよ!」
「ミーナちゃんは偉い偉い」
ミーナが胸を張った。猫耳がぴんと立つ。
ヴェルナが少女の頭をなでる。
「アタシはフェリシアほど手間を掛けたりはしなかったけど」
「……その、悔しくありませんか? せっかく作った料理が残されると」
フェリシアが、静かに訊いた。その声には、どこか切実なものが混じっている。自分でも気づいていない本音が、漏れ出したようだった。
「なるほどねぇ」
サンドイッチを皿に置いた。真剣な目で、フェリシアを見つめる。
「ただ料理を仕事と割り切っていれば、そんな気持ちにはならないもんだよ」
「私はあくまでメイドの仕事として料理をしていますが」
フェリシアの声が、わずかに硬くなった。
「うん、確かに料理はメイドとしてのフェリシアの仕事なんだろうねぇ」
目を閉じるようにして、穏やかに指摘する。
「それは、先ほどの言葉と矛盾しませんか?」
フェリシアの目が、真剣になった。長い耳が、ぴんと立っている。
「詳しく説明が必要かい?」
「よろしければ、是非」
ヴェルナが、にやりと笑った。その笑みには、何かを見透かしたような色がある。
「じゃあ、交換条件だ。ほら、一緒に昼食を楽しんで、デザートが終わったら話してあげよう」
フェリシアは、しばらく考え込む。やがて、観念したように、自分の皿に手を伸ばした。
「…………いただきます」
小さな声でそう言って、サンドイッチを口に運ぶ。
その様子を見てヴェルナも食事を再開する。ミーナは、二人のやり取りをきょとんとした顔で見ていたが、すぐにまたサンドイッチに夢中になった。
木漏れ日の中、三人の女性の昼食は、穏やかに続いていく。




