第29話 フェリシアさんに、信じられていた。
扉がそっと開いて、フェリシアがリビングルームに戻ってきた。
「ミーナちゃんをベッドに寝かしつけてきました」
泣き疲れたミーナは、そのまま眠ってしまったのだ。
「ご苦労様。僕が運んでも良かったのに」
「ミーナちゃんは身軽ですから……それに、そもそも女性の部屋に本人の許可なく入ってはいけません」
「あ、いや、ミーナの場合、女性っていうか。まだ女の子というか」
「女性は生まれたときから女性なのです。これは一般常識です」
「はい」
反論は許されない雰囲気だった。フェリシア=サマの言うことは絶対デス。
「ご理解していただけて良かったです。さて、ご主人様、お茶はいかがですか?」
「あ、淹れてくれる?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
フェリシアが厨房へ向かう。しばらくして、湯気の立つポットとカップを持って戻ってきた。
「……お待たせしました」
お茶が注がれる音が、静かな部屋に響く。
「ん? お茶の葉を変えた?」
一口飲んで、僕は首をかしげた。いつもより、香りが強い気がする。
「いえ、今日は濃い目に淹れただけです」
「ふーん、ところでさ……」
「なんでしょうか?」
フェリシアが、僕の向かいに立つ。
長い銀髪が、ランプの光を受けてかすかに揺れていた。
「ミーナのことなんだけど、様子がおかしいことにいつから気づいてた?」
「ほぼ最初から、でしょうか。ご主人様が彼女の魔術を解いて翌日くらいから」
予想通りの答えだった。
「なんで僕に言ってくれなかったの?」
「なんとなく、としか言えません」
「なんとなく?」
「ええ、以前も申し上げましたが、私はご主人様のことを信じているのです」
「…………?」
僕は首をかしげた。信じているから、言わなかった? その繋がりがわからない。
「ですから、いつか今日のような日が来ても、ご主人様なら受け止めてくれると」
「でも、それはさ、結果論に過ぎないよ?」
僕がミーナを受け止められたのは、たまたまだ。違う結果になっていた可能性もある。
「差し出がましい意見かもしれませんが……私もご主人様に助けられたので」
その言葉が引っかかった。
助けられた?
むしろ、いつも助けられているのは僕の方だ。
食事から掃除、洗濯に、積み上がっていた本の整理、持ち帰った書類の整頓など……フェリシアのおかげで、どれだけ助かっているか。
今度なにか感謝の意を示さねばならぬと、心に誓う。
逆になにか、僕がフェリシアを助けるようなことがあっただろうか?
僕は記憶を掘り返して……
「ん? ああ、かみな……」
言いかけて、止める。
フェリシアの目が、すっと細くなったのを見えたから。
「ご主人様、それ以上思い出されると、明日のスープとサラダが真っ赤に染まりますよ?」
にこり、と。フェリシアが笑った。いつもは無表情のくせに、それはもう綺麗な笑顔だ。
「あの罰料理は止めてー!!」
ミーナを起こさないよう僕の小さな悲鳴があがり、フェリシアの長い耳がピコピコ揺れていた。
……楽しそうで何よりデス。




