第28話 嬉しいから、泣いていた。
「あ、ミーナ、ちょっとこっち来て」
リビングルームで、僕はミーナを呼んだ。
「はーい?」
ぱたぱたと駆け寄ってくる。猫耳がぴょこんと立ち、「なんだろー?」と尻尾が好奇心で揺れていた。
「いつもお仕事ご苦労様です。はい、これ」
そんな彼女の小さな手に、小さな革袋を渡してあげる。中で硬貨が触れ合う音がする。
「銀貨……?」
「少ないけど、今月分の給金」
「え? これをあたしに?」
ミーナが、きょとんとした顔で袋を見つめている。
「うん、ミーナの分だよ? フェリシアと違って僕が雇ってることになってるから」
「…………」
「金額についてはフェリシアと相談して決めたからね」
「はい、衣食住の面倒を見ている分を差し引いた金額になってます」
フェリシアが、横から補足してくれた。
「ありがとうござい……」
ミーナの声が、途中で震えた。琥珀色の瞳に、涙が浮かんでいる。
「えっ!?」
「あ、あれ? あははっ、へ、変だな」
ミーナが慌てて目元をこする。だが、涙は止まらない。
「何か悲しいことが?」
「ううんっ、逆、嬉しいのに……」
声が嗚咽に変わった。小さな肩が震えている。
僕はフェリシアの方を見て、小声で訊いた。
「フェリシア、ミーナはどうしちゃったの?」
「はぁ、ご主人様……そんなだから、女心がわからないと言われるのです」
「うっ……」
痛いところを突かれた。だが、今はそれどころではない。
「ここ数日の間、ずっと張り詰めていた緊張が解けたのでしょう」
「緊張?」
「見知らぬ街に連れて来られ、あげく訳のわからない陰謀に巻き込まれていたのです」
フェリシアの声が、静かに響く。
「ああ…………なるほど」
ミーナは、まだ子供だ。人攫いにあい、知らない街に連れてこられ、おかしな魔術をかけられていた。どれほど怖かっただろう。どれほど不安だっただろう。
それでも気丈に振る舞っていたのは、この子が頑張り屋だったからだ。
それは決して、問題がなく大丈夫だったこととイコールではない。
「ですから、ご主人様は優しく抱きしめてあげてください、ほらっ」
フェリシアに背中を押された。
「……えっと、ミーナ? もう大丈夫だから、ね?」
僕は、そっとミーナを抱きしめた。小さな体が、腕の中で震えている。
「……うぐっ」
ミーナが、ぎゅっとしがみついてきた。まだ短くて細い腕が、僕の背中に回される。
「少なくても僕の家に居るときは安心していいから」
背中を、ぽんぽんと優しく叩いた。
「うあぁぁぁぁぁぁん!!!!」
ミーナの泣き声が、リビングルームに響き渡った。
それは、ずっと我慢していたものを、一気にあふれ出したような声だった。
僕はただ、その小さな体を抱きしめ続けた。




