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第26話 噂は、羽が生えて飛んでいた。

 王都の一角にある、有名な娼館(しょうかん)

 夜の帳が降りた街に、妖しげな灯りが揺れている。僕は馴染みの顔を探して、店の奥へと足を進めた。


「あら、ユキト様じゃないの。今夜こそは、アタイたちを買いに来てくれたのかい?」


 艶やかな黒髪の女性が、妖艶な笑みを浮かべて近づいてくる。

 カリナ・ジャスミア。この店のナンバーワンだ。メリハリのある体つきを惜しげもなく見せる衣装と、印象的な唇。香水の匂いが、ふわりと漂ってきた。


「残念ながら、今回もただの使い走りでね」


 僕は肩をすくめて答える。この店に来るのは、大抵レオン様の尻拭いだ。


「やだやだ、まったく残念だなんて欠片にも思ってないクセに」


 彼女が呆れたように首を振った。


「そんなだから変な噂が立つんだよ」

「変な噂?」


 僕は眉をひそめる。嫌な予感がした。


「なんでも異種族の娘を地下牢に閉じ込めて、毎晩あんなことやそんなことをしてるんだって?」

「はっはっは」


 僕は乾いた笑いを漏らすしかなかった。地下牢なんて、うちの屋敷にはないんだけどなー。


「そういう趣向がオッケーな娘もいるけど?」


 意味ありげに目を細める。


「変な気を回すなっ!!」

「十分間に合ってる……と? 随分な入れ込みようじゃないの、熱い熱い」


 からかうような視線を向けられ、僕は頭を抱えたくなった。


「あのさ、カリナ、わかってて言ってるよね?」

「はて、なんのことだろね?」


 とぼけた声だ。この女狐め。紫がかった黒い瞳が、悪戯っぽく光っている。


「その噂は、すでに尾鰭(おひれ)どころか翼が生えて空を飛んでるし……」

「いずれ炎を吹く立派なドラゴンになりそうだ」


 彼女はケラケラと笑う。まったく、笑いごとじゃないんだけどなー。噂の出所がレオン様だと知っているから、余計に腹が立つ。


「はぁ……とりあえず、ほい、今月分の"ツケ"ね」


 革袋を差し出した。中で硬貨がジャラリと音を立てる。


「足りてる?」

「ひのふの……んっと、これだけで十分。残りは持って帰っとくれ」


 カリナが手早く硬貨を数え、余った分を押し返してきた。余分に取らないところが信頼の証なのか、彼女の生真面目さか。商い人としての、矜持(プライド)なのか。


「はいはい」


 僕がレオン様のツケを払いに来る構図はいつになったら終わるのか。まぁ、無理か。これはただの使いっ走りじゃないんだから。

 革袋をしまいながら、僕は本題を切り出すことにした。


「で、今回はひとつ僕の方から頼みたいことがあるんだけど」

「改まってなんだい? あんたはお偉いさんなんだから、ただ命令すればいいじゃないか」


 彼女の目が、一瞬だけ鋭くなった。

 この女は、ただの娼婦ではない。裏の世界の事情を知っていて、その仕事を請け負う元締の一人だ。だからこそ、こうして僕が出張ってきているのだ。


「ほどほどに危ない話だからね。こればっかりはお願いするしかないしさ」

「あー、ほんとイヤな男だよ。そう言われた方が断りにくいってのに」


 カリナが大げさに困ったジェスチャーをする。だが、その目は真剣だ。


「カリナは、ほんとイイ女だと思うね」

「そう思うなら一晩くらいアタイを買ってみろってんだ」


 唇を尖らせるカリナ。その仕草は、妖艶さの中にどこか可愛らしさがあった。


「あいにくと、娼館のナンバーワンを買えるほどの甲斐性はないさ」


 苦笑しながら答える。実際、カリナの一刻を買うだけでも、僕の給料では手が出ない。


「で、頼みたいことって?」


 カリナが真剣な顔になる。周囲に聞こえないよう、僕も声を落とした。


「西の客と長めに"お喋り"して欲しい」

「"お喋り"するだけでいいのかい? "(ねや)に入ったり"、"(とぎ)の相手"はしなくても?」

「うん」


 短く答える。必要なのは情報だ。それ以上のことは求めない。


「近いうちに何かあるのかい?」


 探るようにこちらを見つめてくる。裏の世界の実力者としての顔が覗いていた。


「何も無ければ良いけどね……ほんと、そう願うよ」


 僕は曖昧に答えた。

 西の件と繋がっているかもしれない相手。その動向を探るために依頼。

 カリナは何も言わず、小さくうなずいた。

 それで、今回はしっかり引き受けてくれたとわかる。

 頼るべきは、困ったときにこそ信頼できる協力者だ。

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