第22話 フェリシアさんは、気付いていた。
「ご主人様、少しお時間を頂いてよろしいでしょうか?」
夕食後のリビングルームで、フェリシアが声をかけてきた。いつもの無表情だが、どこか真剣な気配がある。
「ん? どうしたの、改まって」
僕はソファから顔を上げた。手にしていた本を閉じる。
「お聞きしたいことがありまして……その、魔術の話なのですが」
魔術。フェリシアの口から、家にかかわらない事柄が話題に出てくるのは珍しい。
「僕が答えても問題がない範囲ならいいけど……魔術技法は国の機密に触れることもあるから」
「申し訳ありません」
「いや、謝ることじゃないけど。で、何が聞きたいの?」
フェリシアは少し間を置いてから、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「婉曲的に言えば、"汚れを取る魔術"を知りたいのですが……」
「ふ~~む」
汚れを取る魔術。その言い回しで、フェリシアが何を聞きたいのか、おおよその見当がついた。
「…………わかりませんか?」
「"洗濯に使う"ってわけじゃないよね?」
「それはそれで便利そうなのですが…………」
彼女の長い耳が、かすかに動いた。冗談で返したが、本題はそこではないことは互いにわかっている。
「《魔力除去》系と呼ばれる魔術があるよ。術者の力量にも関係してくるけど、基本的に等級の低い単純な魔術しか打ち消すことができない」
「…………」
「理論上は、すべての魔術が魔力によって起こされる現象である以上、魔力で打ち消すことは可能だけど、何事も『起こしたことを元通りに無かったことにする』のは大変なんだ」
僕は言葉を選びながら説明する。このあたりの理論は僕の研究成果でもあり、一般にはあまり知られていない。
「ご主人様でも、ですか?」
「うん。たぶん、フェリシアが期待しているレベルは無理」
「そうですか…………」
わかりやすく彼女の声が沈んだ。フェリシアは、無表情だけど、無感情ではない。そのことは一緒に生活していて、わかっていた。
それで僕は本題を話し合うことにした。
「ミーナのことが、そんなに気になる?」
「……やはり、わかりますか?」
「まぁね。むしろ、フェリシアがよく気づいたなぁと思うよ」
僕自身、ミーナに会ってすぐに気づけたけど。あの子には、魔術的な仕掛けがかけられていた。それは、普通の人間にはバレることがないよう巧妙に隠されていた。
「ふふふ、私は完璧なメイドですから」
フェリシアが、いつもの調子で返してきた。だが、その無表情の奥には、ミーナを心配する気持ちが見え隠れしている。
「エルフ族なら先天的に魔術師の素質があるからね。どこまでわかってる?」
「いえ、"何かがおかしい"というのを感じただけです」
「そこまでわかれば十分。後は僕に任せておいて」
僕は静かに言った。
「昔に同じようなことがあったから、たぶん大丈夫」
「かしこまりました。お任せいたします」
フェリシアが、深く頭を下げる。その動作は洗練されていて、迷いがなかった。
「ずいぶん、あっさりしてるね」
「ご主人様は、怒られないとニンジンを食べられないようなお子様で、ちょっぴりエロくて、その割には女性に弱いややヘタレですが……」
フェリシアが、淡々と並べ立てる。一言ずつが僕の心に刺す刺すしちゃうー。
「私は信じておりますので」
最後の一言だけが、どこか温かく柔らかい。
「なんだかなぁ」
苦笑してしまう。褒められているのか、けなされているのか。たぶん両方だ。
「ま、その期待には、応えられるように頑張らせてもらうよ」
ミーナにかけられた"何か"。それを解くのは、簡単ではないけど、ちょっとばかり面倒なだけだ。
放っておくつもりはなかったが、これで絶対に放っておくわけにはいかなくなった。僕はフェリシアに信じてもらっていたのだから。




