第18話 フェリシアさんが、腕の中で震えていた。
その日の夜、季節外れの嵐だった。
窓の外では、激しい雨が降り続いている。風が木々を揺らし、時折、稲光が空を切り裂いていた。
ドーーーン!!
落雷の音が、屋敷全体を震わせた。
「……!!」
リビングルームにいたフェリシアが、びくりと身体を震わせた。
その反応は、今まで見たことのないものだった。
「ん? もしかして、雷が苦手?」
僕は思わず訊いてしまった。
「い、いえ、そんなことはありません。私はメイドですから……今のはちょっと、急に大きな音がしたので驚いただけです」
フェリシアは、いつもの無表情を取り繕おうとしていた。
しかし、その声はわずかに震えている。
「別に隠さなくてもいいと思うけど」
僕がそう言った瞬間、窓の外が白く光った。
ピカッ…………
フェリシアの顔が、こわばる。
ドーーーン!!
再び、落雷の音。今度はさっきより近い。
「ほ、ほら、全然、大丈夫です」
フェリシアは、必死に平静を装っている。しかし、その手は、エプロンの裾を強く握りしめていた。
「いや、あからさまに気張っていたよね? 大きな音が苦手なの?」
僕は優しく訊いた。
「あ、そういえば地下室の掃除がありました。失礼しま…………」
フェリシアが、逃げ出そうとした瞬間だった。
「ドーーーン!!!」
僕は、思いつきで叫んでしまった。
フェリシアを脅かすつもりはなかった。ただ、彼女の反応を確かめたかっただけだ。
「○#×▽#!!??!?」
フェリシアは、意味不明な悲鳴を上げて、その場にへたり込んだ。
銀色の髪が乱れ、長い耳がぺたりと伏せられている。
「やっぱ、ダメなんだ?」
しまったと思いながらも、念のために確認する。
「………………」
フェリシアは答えない。俯いたまま、小刻みに震えている。
「最近、君のことがちょっとわかってきたよ。変なところで見栄っぱりだよね?」
僕は、できるだけ優しい声で言った。
「…………ぇ……ぅ……」
フェリシアの目から、涙がこぼれ落ちた。
透明な雫が、白い頬を伝っていく。
「っっ!?」
慌てた。泣くとは思わなかった。
「やらぁ……ドーンやなのぉ…………」
フェリシアが、幼い声でつぶやいた。いつもの冷静な口調とは、まるで別人のようだ。
「え、えええっ、なななっ、なんで!?」
「ごしゅしんらま……ドーン言った……、ドーン言ったぁ……」
フェリシアが、えぐえぐと泣きじゃくる。
「ご、ごめん、僕が悪かった。えと、謝るからっ!!」
僕は必死に謝った。こんなことになるとは、思ってもみなかった。
ドーーーン!!
本物の落雷が、再び響き渡った。
「やー!!!!」
フェリシアが、悲鳴を上げた。
その瞬間、僕は考えるより先に動いていた。
「わ、わわわ…………大丈夫、落ち着いて!!」
僕は、フェリシアを抱きしめる。小さな身体が、腕の中で震えていた。
「…………んんっ」
フェリシアが、僕の胸に顔を埋める。細い腕を、僕の背中にまわすようにして、しがみついてくる。
「ね、大丈夫だから……こうすれば聞こえないでしょ?」
僕は、彼女の耳を手で覆った。長い耳が、僕の手のひらの中でぴくりと動いた。
「……」
フェリシアは、さらに強くしがみついてきた。
彼女の身体は、想像以上に柔らかかった。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
……ううっ、や、柔らかいっ…………
僕は必死に雑念を振り払いながら、嵐が過ぎ去るのを待った。
腕の中のフェリシアは、少しずつ落ち着いていく。窓の外では、まだ強い雨音が響いていた。




