第17話 あっさりと、騙されていた。
「あー、久しぶりに食べたぁ……」
僕は、空になった皿を見つめながらため息をついた。
ニンジンは、思っていたより美味しかった。フェリシアの料理が上手だからだろう。バターで炒められ、ハーブで風味付けされたニンジンは、本来なら文句のつけようがない一品だ。しかし、それだけがドーンと皿に乗っていると、やはり苦手意識が先にきたけど。
幼い頃から、この野菜とは相性が悪いのだ。
「お疲れ様です。お口直しのプディングをどうぞ」
フェリシアが、デザートの皿を差し出してきた。
黄色いプディングの上には、カラメルソースがたっぷりとかかっている。甘い香りが鼻をくすぐり、ニンジンとの格闘で疲れた心を癒してくれる気がした。
「なんか、今とっても子ども扱いされてない?」
「気のせいではないでしょうか」
フェリシアは無表情のまま答える。長い耳がぴくりとも動かない。明らかに気のせいではない。ニンジンを食べ終えたご褒美にデザート、という構図は、どう見ても子ども相手のそれだった。
「フェリシアはさ、嫌いなものはないの?」
ふと、気になって訊いてみた。プディングをスプーンですくいながら、彼女を見詰める。
「嫌いなものですか?」
「うん、食べられないものとか」
「ほとんど、ないと思いますね」
フェリシアは淡々と答える。なんとなく予想していた通りの答えだった。
「ほとんどって言うと、いくつかはあるんだ?」
「ご主人様、そんなに私のことを知りたいのですか?」
フェリシアが、わずかに目を細めた。その緑色の瞳が、探るようにこちらを見ている。
「い、いや、単純に好奇心というか……?」
なぜか視線を逸らしてしまう。別にやましいことがあるわけではないのに。
「私はメイドですから、嫌いなものはないのです」
フェリシアは、きっぱりと言い切った。その口調には、おかしな説得力があった。
「メイドだからって……クモとかヘビとかは平気?」
「ヘビは肉質が硬いのが難点ですね。クモはまだ食べたことがありません」
フェリシアが真顔で答える。その無表情は、冗談を言っているようには見えない。
「いや、食べる話じゃなくて……ってか、ヘビは食べたんだ」
僕は思わず突っ込んだ。見るとか触るとかじゃなくて、食べるか。話の流れ的には、間違えていなかったのか? いや、どう考えてもおかしい。
「見た目で嫌う女性はいますが、きちんと下処理すればれっきとした食材ですし」
「その、見た目で嫌う女性ってのが少なくないんだけどね」
「ちなみにゴキブリも冷静に対処できます。毒蜂と違って危険性は少ないですから」
フェリシアは淡々と続ける。その落ち着きぶりは、さすがというべきか。あるいは、エルフ族はそういうものに耐性があるのだろうか。
「怖いもの知らずだね」
「まぁ、ご主人様、私にも怖いものはあります」
いつもより低い声で、彼女の髪が、ランプの光を受けてかすかに揺れる。
「そうなの?」
「あえて言うのでしたら、ですけれど……」
フェリシアが、もったいぶるように言葉を区切った。長い耳が、緩やかに動いている。
「うんうん?」
僕は身を乗り出す。フェリシアが怖いものか、それは一体何だろう? 虫でも動物でもないとすれば、おばけとかそういうものだろうか。
「えっと、真っ赤なチェリータルトが怖いです」
フェリシアは、真剣な顔で言った。
「へぇ、甘いのが苦手なのか」
意外だった。甘いものが怖いとは。それとも色かな?
「それから、渋い紅茶があればもっと怖いです」
フェリシアが付け加える。その口調からは、怖がっている様子など欠片も感じられない。
……うん、わかってた。
「…………お見逸れしました。今度、土産に買って参ります」
僕は、また手玉に取られたのだ。いや、いつもの悪ふざけに比べて、オヤツのおねだりだと思えば可愛いかもしれない。
「あらあら、今からとっても怖いです」
フェリシアが、わずかに口元を緩めた。
それは、柔らかな笑顔だった。無表情ではなく、穏やかな表情だ。
僕はどことなく慌ててプディングを口に運んだ。ほろ苦いカラメルの味が、口の中に広がった。




