第15話 王子様の前で、報告していた。
レオン様の執務室は、僕の執務室とは比べ物にならないほど豪華だ。
広い部屋には、高価な調度品が並び、窓からは王宮の庭園が一望できる。壁には王家の紋章が飾られ、床にはフッカフカの絨毯が敷かれていた。足を踏み入れるたびに、身分の格差というものを実感する。
「で、ボクの分の高級葡萄酒は?」
開口一番、レオン様はそう訊いてきた。執務机に肘をつき、期待に満ちた目でこちらを見ている。
「ありません。そもそも貴方の立場なら、高級葡萄酒なんて好きなだけ入手できるでしょ!」
僕は即座に否定する。王子に渡す土産などない。
「ユキト様、いつものことです。気にしたら負けです」
ガルムが小声で言った。彼の表情には、慣れた者特有のあきらめが浮かんでいる。
「ふ、君には苦労をかけるね」
「そいつぁ、言わない約束ですよ、ユキト様」
ガルムが片手を広げてみせる。彼と僕の間には、一種の連帯感があった。
「小芝居はその辺にして、とりあえず報告してくれ」
レオン様が、急に真面目な顔になり、青い瞳に鋭い光を帯びていた。先ほどまでのふざけた雰囲気が、嘘のように消えている。その切り替えの早さは、さすがというべきか。
「はい、まずバロイス侯は僕への殺人未遂と不正収賄と脱税の罪状で更迭しました」
悪ふざけの時間が終わり、淡々と事実のみを報告する。そこに私情は挟まない。
「不正金の見積もりについては、こちらです」
ガルムが、書類をレオン様に手渡す。事前に連絡して、準備してもらっていた資料だ。
「は~、まったく、これだけの金のために人生を終わらせなくてもねぇ」
「金という毒はヒトを簡単に狂わせますから。ただ王子様は、その立場から"これだけの金のために"とは言ってはいけません」
書類を眺めながら、呆れたように言ったレオン様の言葉を、僕が正す。
レオン様にとっては少ない金額かもしれない。しかし、多くの民にとっては、一生かかっても手に入らない大金だ。
人には生まれながらの格差があることは事実で、それ自体は良くも悪くもない。ただ、格差があるということを忘れてはいけないと思う。
「ん、ボクの失言だった、許せ。それで裏は?」
レオン様は素直に認めた。そういうところは、この人の美点だ。自分の非をすぐさま認められる上位者は、そう多くない。
「残念ながら、確たる証拠はつかめませんでした」
「個人的な見解でいい。オマエが考えていることを聞きたい」
レオン様の目が、鋭く光る。遊び人の仮面の下に隠された、為政者の顔がのぞいていた。
「バロイス侯が王弟派であったのは間違いないのですが……」
「近年、他の王弟派との連絡を取り合っていた形跡はありませんでした」
僕の言葉の続きをガルムが補足する。
「つまり、今回の件は完全なる単独行動と?」
「いえ、国外の貴族と……連絡を取り合っていた可能性が残っています」
僕は慎重に言葉を選んだ。証拠がない以上、断定はできない。
「西部か。……さらにその西とすれば『鉱山と武勇の国』だな、わが国とは因縁浅からぬ」
レオン様の表情が、さらに厳しくなった。『鉱山と武勇の国』とは、過去に何度も戦争をおこした相手だ。七年前の戦争でも、彼らとは激しくぶつかった。
「あくまで可能性の話です」
「残念ながら、こちらの方でも証拠となりえる情報はつかめていません」
残念そうにガルムが結論を述べた。
「その辺りについては諜報部も動くように手配しとく。引き続きふたりともこの件は頼むよ」
「了解です」
「御意」
僕とガルムは、それぞれ返事をする。
今日の報告は以上で、後は部屋を出て、自分の執務室に戻り書類と格闘するつもりだった。が、レオン様は話を終わらせなかった。
「…………ところで、キミのとこのメイドさんは元気かい?」
唐突な話のネタ振り。真面目モードがオフにしたレオン様の口元に、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
「レオン様もフェリシアを知っているのですか?」
僕は首をかしげる。なぜ急にフェリシアの話が出てくるのだろう。嫌な予感がした。
「うん、キミの出張中に顔を見に行って少しお喋りをしたんだけどね」
レオン様がにやりと笑う。その笑顔には、何か含みがあった。
「そんなこと一言も……ああ! 盛りのついた犬!」
そういえばそうだっ。フェリシアが言っていた「盛りのついた犬」の正体は、やはりこの人だったのか。あれ、追い払ったとか言っていたけど……
「ぶっ!?」
レオン様が吹き出した。口元を押さえて、肩が小刻みに震えている。ツボったらしい。
「は???」
ガルムが、何が起こったのかわからないという顔をしている。当然だ。事前情報がなければ、意味不明だろう。
僕は額に手を当てた。帰ったら、フェリシアには詳しい話を聞き取りしないといけないようだ。




