第12話 釣った魚のエサについて、話していた。
王子様が訪ねてきた翌日。
フェリシアは、前日の会話を思い返していた。
玄関先での応対を終わらせ、結局、王子様を客間に通すことになった。
さすがに、いつまでも玄関で押し問答を続けるわけにもいかなかったのだ。
「婚約者候補になるかもしれない、です。言葉は正しく使っていただきたいと具申いたします」
レオン王子が座るやいなや、フェリシアは淡々と訂正した。
婚約者と婚約者候補では、天と地ほどの差がある。
「まぁ、ボクとしてはどっちでもいいけど」
レオン王子は、ソファに深く腰掛けながら投げやりに言う。優雅な仕草だが、その目は油断なくフェリシアを観察していた。
「ええ、私としてはこっちでないと困りますので」
「ほんと、つれないね」
王子は苦笑する。その表情には、演技しているような様子はなさそうに見えた。
「釣った魚にエサを与えそうにない人には、魚も釣られたくはないだけでは?」
フェリシアは無表情のまま答える。
「ほほう、ユキトは魚のエサやりが上手なのかい?」
王子の目が、わずかに細くなる。興味深そうな光が宿った。
「いえいえ、ご主人様は、与えたつもりもなく与えるタイプですので」
フェリシアの脳裏に、楽しそうに笑うご主人様の顔が浮かんだ。
あの人は、気づかないうちに人を惹きつける。本人にその自覚がないところが、また魅力でもある。
「あっはっはっは、ずいぶんと好かれたものだ」
王子が声を上げて笑った。その笑い声は、どこか楽しげだ。
「先に言っておきますが、この感情は好いた惚れたなどではございませんから」
フェリシアは即座に否定する。自分でも、少し早口になっていることに気づいたが、最後まで言いきった。
「それじゃあ何だと言うんだ?」
「さぁ、私がその質問に答える必要はあります?」
フェリシアは人差し指を立てて、左右に振った。
「くっくっく、微妙にユキトが言いそうな台詞だな、それ」
王子が含み笑う。
「??? ご主人様が言うような、ですか?」
フェリシアは心底不思議そうな顔をした。ご主人様は、そんな皮肉めいた言い方はしないと思うのだが。
「ああ、結構皮肉屋なところがあるからな」
「それは、本当にご主人様ですか?」
フェリシアの知るご主人様は、温厚で穏やかな人物だ。皮肉屋というイメージとは遠い。
「ん? どういうことだ?」
「ですから、その、ご主人様が皮肉屋という部分です。ご主人様には、似つかわしくない言葉でしたので」
フェリシアは素直に答える。
「ほ~」
王子が意味深な声を出した。目前にある何かを見透かすような眼差し。
「……何か仰りたいのですか?」
「いや、なかなかに相性が良いのかもしれない、と思ってな」
「何の相性でしょう?」
「キミとユキトさ」
王子はあっさりと言う。
「私とご主人様がですか?」
フェリシアは眉をひそめる。何を言いたいのだろうか、この王子様は。
「うん、キミとユキトの相性は良いのさ、きっと。キミには、だいぶ心を許しているようだからね」
王子の言葉に、フェリシアは一瞬、言葉を失った。
心を許している。その言葉が、胸の奥で小さく響いた。
「…………」
フェリシアは黙り込む。何と答えていいか、わからなかった。
無表情を保とうとしたが、うまくいっているかどうか自信がない。
「ふふん、初めてだな、そんな顔を見るのは。ユキトにはやっぱ勿体ないかもね」
王子が微笑んだ。その笑顔には、からかいと、どこか寂しさが混じっていた。




