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第七話「孤独な王子」

 朝の魔獣騒ぎから数刻、聴取から解放されたアルクは自室へと戻って来た。学院内では今も、安全確認や原因究明のための調査が続いている。授業は全て中止となり、生徒達は寮で自主学習に努めるよう言われていた。


「お疲れ様です」

 従者サイラスが、アルクに労いの言葉をかける。アルクは彼をちらりとも見ず、ソファにもたれ深い溜息を吐いた。

 表で見せるクールさとは違う不愛想さに、サイラスは肩を竦める。


「朝から大変でしたね、アルク様。さて今回の一件……あなた様はどうご覧になりますか?」

「……人に問う前に、まずはお前の見解を述べろ」

「ああ、これは痛み入ります。私めのような従者の意見にも耳を傾けてくださるとは、やはり殿下は慈悲深く、公正なお方だ」

「茶番はいい」

「失礼しました。では僭越ながら……」

 サイラスが声をワントーン下げる。部屋の温度も、一度下がったようだった。


「普通に考えて、学院内に魔獣が出現するなど、起こり得ぬ事態です。ですが誰かが意図的に、普通ではない方法――例えば魔術の類を用いたとすれば、あり得ない話ではない。そして、そんな事ができる者が居るとすれば――“あの娘”が最も疑わしい」


 アルクは相槌一つ打たず、ただ黙って宙を見つめている。その沈黙が、サイラスに続きを語れと促していた。


「……ですが、どうにも腑に落ちません。もし彼女が仕組んだのであれば、一体、何のために? あの時、あの場所には、あなた様もセシル殿下もいらっしゃらなかった。無差別に生徒を襲わせたところで、彼女に何の得があるのでしょうか。騒ぎを起こし警備が強化されれば、彼女自身の立場を危うくするだけだというのに。これまでの彼女の慎重で回りくどい行動からは、到底考えられません。――ですから、今回の騒動は別の者の企みであり、彼女は巻き込まれただけ。女生徒を助けたのも、打算ではなく純粋な善意だった。……いかがでしょうか?」


「何がだ」

「あなた様の、お望み通りの回答はできましたか?」


 アルクはそこでようやく、サイラスを見た。

 サイラスはいつものように微笑んではいるが、目には笑みが宿っていない。濃灰色の瞳はぎらりとアルクを射抜いている。


「何を言っているのか、さっぱり分からないな」

「おや、自覚がお有りではないと? では教えて差し上げましょう。アルク様は、あの娘の中に善性を見出したいと願っているのですよ。あの娘に、お母上を重ね、」

 ガン、とテーブルを蹴る音。言葉を遮られたサイラスは僅かに眉を上げた。


「下らないな。人を知った気になって、自己陶酔に浸るのはお前の悪癖だ」

 アルクの声は低く冷たい。しかし内には、熱い感情が波打っていた。


「私はただ――リリアナ・ローレンスの名を騙るあの娘の目的、ひいてはドゥラザークの目論見を把握したいだけだ。個人的な感情など微塵もない。今、双方の国に亀裂が入り、夜族への不信が高まることは、我々にとって決して好ましいことではないからな」

「尤もらしい、ですね」

「……サイラス。今回の件、お前が調べろ」

「私が動かなくとも、国が既に調査を進めているでしょう」

「奴らより先に、突き止めろと言っている」

「……はいはい」

 サイラスは従者使いの荒い主に、やれやれと肩を竦める……というのもただのポーズで、実のところサイラスもそうするつもりであった。今回の件、リリアナ以外に疑わしい存在に、既に目星は付いている。そして、アルクも同じ考えを持っているからこそ、自分に命じたのだと理解していた。


「アルク様はどうされるのですか?」

「私には、じきに王城から呼び出しがかかるだろう。王妃が今回の件を見逃すとは思えない。戦況悪化と世論の荒れで、八つ当たりをしたい頃だろうしな」

「ああ、ヒステリックな女性は嫌ですねえ。私も同行しましょうか?」

「いや、いい。他の者に付き添わせる」

「……くれぐれも、道中はお気を付けくださいね」

 サイラスが心配そうな顔をする。それは含みの無い本心のようだった。アルクはこそばゆさを感じ、何も答えない。


「ああ、そうそう。王城への出発前に、お見舞いに行かなければなりませんね。純朴な田舎令嬢にご執心の、アルク殿下?」

「適当に見舞いの品でも贈っておけ」

「おや冷たい。何を贈りましょう?」

「適当に、と言っただろう。贈答品についてはお前に一任している。今更下らないことを聞くな」

「そうですねえ……彼女はよく食べる方のようですので、果物の籠盛りはいかがですか? それから手紙も添えておきましょう。とっておきの、甘い言葉をしたためて」


「勝手にしろ」


 アルクはわざとらしく、フンと鼻を鳴らした。




 *




 ――太陽神の御子、王の住まう城。


 城へ戻ったアルクを、使用人達はまるで腫れ物に触るような態度で迎えた。他の王子達と比べて優秀であり、身分を問わず公平に接する第三王子に、密かに敬愛を抱いている者は少なくない。だがそれでも、王妃や高官達によるあからさまな冷遇を目の当たりにすれば、否応なく悟らされた。この方に深く関わってはならないのだと。


 一層警備が厳重な謁見の間。アルクはここに来る時はいつも、処刑台に立たされる気持ちだった。扉が静かに開かれ、中に足を踏み入れる。そして、玉座の前で片膝をつき胸に手を当てた。


「久方ぶりにお目にかかります、王妃殿下」

 

 部屋の奥、絹の敷かれた椅子には、一人の女。濁った金色の髪、尖った顎、吊り上がった目は、彼女の内面を映し出したかのようである。両隣に衛兵を侍らせ、王の玉座に我が物顔で腰掛けたその女は、アルクをジロジロと眺め回した後で、赤く縁どられた大きな口をねちゃりと開いた。


「立ちなさい。元気そうで何よりです」

 言葉とは裏腹の声音と表情。しかしアルクは、ただ静かに微笑み返した。

 彼のその反応に王妃は眉をピクリと跳ねさせる。


「昨日の魔獣騒動について報告を受けました。私の大切なセシルが無事でどれほど安心したことか。あなたの迅速な対応のおかげで、たった一人の怪我人で済んだのでしょう? 流石ですね。そんなに早く駆け付けるだなんて――まるで事が起きるのが、分かっていたかのよう」

「……騒動が起きた場所は、食堂付近です。殆どの生徒は、朝になればそこに向かうでしょう」

「言い訳をすると疑われますよ。特に、あなたは」

 王妃の目が意地悪く光る。アルクは、また始まったか……と心の中で溜息を吐いた。


「生まれというのは、何をどうしても変えられないものです。いくら表面を繕っても、内側の――流れるものまでは変えられません。分かりますね?」

 真っ赤に裂ける、嘲るような笑み。アルクは何も言わず、瞬きさえせずにそれを受け止める。少しでも心を乱せば王妃を喜ばせるだけだと、彼はよく理解していた。


「あなたは生まれながらにして罪を背負っているのです。それは、いくら額にソルディウスの徴があったとしても、決して消し去ることができるものではありません。そんなあなたを王子として迎え入れた陛下への恩を忘れず、この国に尽くすのですよ。善き行いが、あなたの中に流れる穢れた血を、少しは浄化してくれることでしょう」


 “穢れた血”

 その言葉が、アルクの中に冷たく木霊した。


 王妃が穢れと疎むのは、アルクに流れる母親の血である。彼は表向きには王と側女との子とされているが、実際にはもっと秘匿されるべき出自の女との間に生まれた子供であった。


 それに気付いた王妃は嫉妬に狂い、策略を巡らせ女を陥れ、無実の罪を着せ処刑した。王もまた、王妃の巧みな口車に乗せられ、アルクの母を悪しき罪人とみなしたのである。


 王妃にとってはアルクも邪魔な存在だが、この国では表立って彼を殺すことはできない。額にソルディウスの徴を持って生まれた太陽神の御子を殺めることは、神に対する冒涜と見なされるからだ。


 額の徴は、アルクを王子として認めさせた。しかし特殊な血筋を理由に、王位継承権は与えられていない。その真実を知るのは王と王妃、高官達、そしてごく一部の限られた人々のみである。


 アルクは学院卒業後は、王直属の聖騎士団に配属される予定だ。丁度いい肩書きを与えられ、王の息のかかった人々に見張られながら、窮屈な籠の中で飼い殺されるのが彼の宿命である。王妃の姪で、王妃に従順なエレナという枷をはめられて。


「ところでアルク殿下。最近一人の女子生徒と、随分懇意にされていると聞きましたが」

 ニヤっと下品に笑う王妃。彼女はその女生徒が誰であるかも、学院に流れる噂も、知っているのだろう。その上で嬉しそうに笑っているのだ。姪の心配よりも、アルクの汚点を見つけて“あの女の子供だから”と言いたいがために。


「はい。最近入学した、ローレンス嬢のことですね。右も左も分からない様子でしたので、学院のことを色々と教えているところです」

「あの田舎男爵のところの病弱な娘ですね。私の可愛いセシルに病気が移ったらどうするつもりかしら」

「彼女の病は伝染する類のものではないそうです」

「あらそう」


 場がシンと静まり返る。

 アルクは、王妃がそれ以上何も言わないことに安堵した。この様子ではリリアナを怪しんでいる様子はない。

 ……リリアナが夜族の潜入者で、そんな人物と関わっていることを知られれば、今回の騒動など比にならないくらい厄介である。


 王妃は時計をちらりと見た。どうやら次の予定があるらしい。


「アルク殿下。くれぐれもご自分の立場を忘れず、相応しい振る舞いを心がけてくださいね」

「はい。ご心配、ありがとうございます」


 言い足り無さそうな王妃に、アルクは深く頭を下げた。太陽神と王に忠誠を誓う従順な王子。それを演じることが、彼には必要なのだ。



 謁見を終えたアルクは早々に城を出る。日暮れまでに学院に辿り着かなければならない。暗い夜には、王妃の抑えきれない殺意が、いつ襲い掛かって来ないとも言えないからだ。サイラスが道中を心配していたのは、過去に何度も暗殺未遂が起きているからである。全て、王妃がもみ消しているが。


(……国王(あのおとこ)は何も知らないのだろう。今も昔も、王妃に逆らえない弱い男だ)

 アルクから母を奪ったことに多少は罪の意識でもあるのか、王はアルクと顔を合わせようとはしない。だが、アルクの学院入学や騎士団への配属手続きを進めたのは、他ならぬ王である。それがなければ、アルクの処遇はもっと酷いものになっていただろう。


 今更父親ぶっているつもりなのか、とアルクは腹立たしく思った。込み上げる感情を抑えるように、額に手をあて前髪を握り締める。


(私はお前達を許さない。……必ず、この手で罪を償わせてやる) 


 アルクの目的は、母を奪った王と王妃への復讐だった。


 憎悪を燻らせていたアルクに道を示したのが、サイラスである。亡き母の古い知り合いだという彼は、実力一本でのし上がり、アルクの側近の地位を得た。そして、彼を壮大な計画に巻き込んだ。


 サイラス率いる組織“黎明の鷹”は、民を顧みない現状の王政を破壊し、ドゥラザークとの和平を結び、世に革命をもたらそうとしている。


 彼らは飢えた村に食糧を運び、戦による孤児や流民を匿い、王政が見捨てた小さな民を支えながら、静かに民意を集め、やがて来る決起の時のために力を蓄えていた。同時に、夜族の中の和平派とも密かに交渉を重ねている。


 救世軍と名を広める黎明の鷹は、いずれ秩序を揺るがしかねない芽と見なされ、政府から疎まれていた。それでも実害がないことと、地方の不満の受け皿となっていることで、放置されている。


 黎明の鷹は、アルクを内輪の旗頭に掲げた。この国に欠かせない太陽神の御子であり、また“特殊な血”を引く彼は、闇と光の狭間に立つ新たな秩序の象徴に相応しいからだ。だがあくまで象徴に過ぎず、実権を握るのは冷徹な策士サイラスである。


 アルクは復讐を果たす為に黎明の鷹を利用しているが、亡き母の願いが和平であり、彼自身にもそれを叶えたい想いがあった。復讐を望む破滅的な憎悪と、平和を望む希望、相反する感情に心が苛まれる日々。


 そんな折に現れたのが、一人の少女だ。

 偽りの名前で学院に侵入した異端の者。

 夜色の髪と瞳、そして何よりその“特殊な性質”が、アルクに母を思い出させた。


 ドゥラザークとの争いを極力避けなければならない今、アルクはリリアナの魔眼にかかったふりをして、彼女の動向を探っている。彼はとある事情で魔眼の性質を熟知していたため、自我を保ち続けることができているのだ。

 とはいえ、リリアナの魔力は未知数。本気で魔眼の力を使われれば、どこまで影響を受けるか分からない。だからアルクは、彼女を油断させ、目的を探るために、彼女に心を奪われた愚かな男を演じている。


 しかし実際に、判断力が鈍っていることは否めなかった。


 アルクはサイラスが言うように、彼女が悪でなければいい、と思っているのだ。


 顔も声も霞んだ記憶の中の母。周囲が語るのは、悪意に満ちた誹りばかり――悪女、奸婦、国王を惑わした魔女。

 それでもアルクは母を信じたかった。だからこそ、母の面影を重ねてしまうリリアナが悪でなければ、救われる気がしたのだ。

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