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第三話「二人の王子」

(意外と手強いな……)

 攻略難易度が低そうに見えた第四王子セシル。しかし彼はいつも傍らに女生徒を侍らせており、中々近付くことが出来なかった。


 少女は授業の合間や放課後は、いつもセシルの後を尾け、一人になるタイミングを窺っている。しかし一向にその時は訪れない。いっそのこと恋文でも渡して呼び出そうか……と図書室で参考になりそうな本を探していると、標的自らがやって来た。


「今日は会いに来てくれないんだね?」


 少女の顔の横、逃げ道を奪うように本棚に置かれた彼の手。少女はセシル・ソルディウス、その人に迫られていた。


 目の前で輝く派手な金色の髪。好色な振る舞いには似つかわしくない、幼さの残る無垢な少年の顔。だがその無邪気な笑みが欲に塗れていることを、少女はここ数日でよく知っていた。


「何のこと、ですか?」

「とぼけなくてもいいんだよ? あんなに熱い視線を送ってくれていたじゃない。見られながら、っていうのは中々燃えたよ。ありがとう」

 囁かれるテノール。絡みつくサファイヤブルーの瞳。気付かれていたのか、と少女は苦い思いを噛みしめた。


「さあ、次は君の番だよ。メアリーちゃん」

(誰だそれ)

 セシルは野性的な感知力は鋭くとも、それだけなのだろう。自分に近付く者が女であるかどうかにしか興味が無いらしい。名前さえどうでもいいのだ。誰でもいいのだ。

 怪しまれている訳ではないことに、少女は安堵する。


「あ、あの、でも。こんなところで、誰か来たら」

「大丈夫。今日はエレナのティーサロンの日だからね。好き好んで図書室に来る生徒なんて君くらいだよ。まあ人が来ても、ドキドキして僕は嬉しいけど」

「……そう、ですか」


(陽族語には“飛んで火にいる夏の虫”という言葉があったな)


 少女はセシルを受け入れるように、そっとその胸元に手を置き、少しばかり背の高い彼の目を覗き込んだ。「積極的だね」と微笑むセシル。

 その瞳は、少女に囚われる。



『――わたしの目を見て。わたしの声に心を傾けて』


 少女が紡ぐのは、夜族の言葉。魔眼の洗脳効果を高める呪文だ。


 夜族の中でも、限られた者のみに発現するという特別な瞳、“魔眼”。

 その眼を通した魔力は、相手の精神を蝕み、思考や認識を操作し支配する。


 といっても万能ではない。

 心が弱っていたり、感情的になっている相手は比較的かかりやすいが、そうでない者にかける場合は時間を要する上、効果も薄い。少女は、これまで夜王の命令で幾度も使用する内に、かかりやすい傾向というのが肌で分かるようになっていた。


 欲望に忠実で単純そうなセシルなら、そう難しいことは無いだろう。


 ……しかし、少女の魔力がセシルの心の奥に触れた瞬間、強い力で跳ね返される。彼の中に宿る魔力と相反する力が、少女の魔力の侵入を拒んだのだ。それは、熱く燃える太陽神の陽力。


(流石は王族、といったところか)

 少女はセシルの額の中心にある紋様を睨んだ。直系の王族のみが生まれながらに持つ、“神の加護の徴”。御子の名は伊達ではないようだ。彼は神に守られている。


 少女は深く息を吐き、意識を集中させた。体中の魔力を寄せ集め、丁寧に練り上げていく。


「セシル様。わたしを見てください。わたしは“あなたの愛しい人”。あなたの全てを受け止めます。身も、心も、全てを委ねて……」

 今度は、彼に分かる言葉で。


「……メアリー、ちゃん」 

 ぼんやりとした表情で、誰か分からない名前を呟くセシル。彼は吸い込まれるように、少女の肩を抱き顔を近付けた。少女はその頬に手を宛がう。


(もう少し……)

 

 肉体的な接触は知覚を介して精神に作用し、洗脳しやすい状態へと誘導する効果を持つ。少女はセシルに顔を寄せ、唇をふっと緩め――



「風紀を乱すな」


 凛とした声に、セシルが動きを止める。その瞳に一気に光が戻った。


「あ、あれ? 兄さん?」

「セシル、いい加減にしろ。ここは知恵を得るための神聖な場所だぞ。周囲はお前に甘いかもしれないが、私は黙っていない。学院の風紀を乱すな。最低限の品格を保て」


 気配もなく突如現れた介入者に、少女は目を見開いた。


(第三王子、アルク・ソルディウス……)


 彼も王族には違いないが、少女の標的ではない。

 見るからに隙が無く真面目な性格。剣技に優れているという点も、抵抗された時の事を考えると厄介だ。

 加えて、彼には婚約者がいる。恋を知らぬ少女とはいえ、愛し合う者同士を引き裂くほど趣味が悪くは無いし、無用なトラブルに巻き込まれるのも御免だった。


「あーあ。なんか萎えちゃったな。また遊ぼうね、バイバイ」

 セシルは夢から醒めた顔で、さっさとその場を去っていく。アルクと二人だけになり、少女は気まずさから俯いた。


「君は確か、最近入学してきたローレンス家の令嬢だな。あいつの……セシルの手癖の悪さは知っているか?」

「……えっと」

「同学年なら、知らない筈がないか。……なら何故、あいつに近付いたんだ?」

 背筋を凍らせる静かな声音が、少女の頭上から降り注ぐ。


(この男、セシルの遊び相手全員に説教でもしているのか?)

 威圧感を放つ彼。その横はいくらでもすり抜けられそうに見えるが、どうしてか逃げられない。

 

 この時の少女には、アルクの“近付いた”という言葉に違和感を覚える余裕は無かった。今しがたの光景だけを見れば、セシルの方から迫っていたように見えるにも関わらず。


「答えられないのか?」

「あの……セシル様は、素敵な方ですから」

「そうか。どんなところが素敵なんだ?」

「えっと。どなたにも気さくで。親しみやすくて、フレンドリー……で」

「……素晴らしい評価だな。だが、君がセシルに惹かれたのは本当にそれだけか?」


 何が言いたいのかと、少女は顔を上げる。

 そして息を呑んだ。


 夜空に浮かぶ月のような白金色の髪。明けに想いを馳せる群青の瞳。遠目では痩身に見えていたが、近くで見ると、自分がすっぽり覆われてしまうほどの体格差がある。清涼な美しさと共に鍛えられた雄々しさを感じ、少女はゾクリとした。悪寒に似て異なる初めての感覚だ。


 目を逸らすことが出来ない。


「君には、他に目的があるのではないか?」

(嘘だろ? まさか、わたしの正体を疑っている?)

 セシルには尾行に気付かれるし、散々だ。少女は不甲斐ない自身に溜息を吐く。そして、アルクの前髪の奥に見え隠れしている加護の徴を確認し――覚悟を決めた。


 険しい表情のアルクに一歩近づき、硬く結ばれたその手に触れる。アルクの顔がピクリと引き攣る。少女は頭の中で“わたしは純真無垢でしおらしい乙女”と言い聞かせた。


「わたし、ただ、とても寂しかったんです。入学してから友人も出来ず、一人ぼっちで……」


 何を言い出すのか、という顔のアルク。


 もう、後戻りはできない。


「もしよろしければ、少しだけ、わたしの話を聞いてくださいませんか。少しだけ……」


 ――わたしの声に心を傾けて。


 少女の暗色の瞳。その奥から魔力が迸る。

 アルクはハッと目を見開いた。


 リリアナはセシルの時と同様に、彼に言霊を囁く。




(意外だな)

 苦戦するだろうという予想は外れ、思ったよりも早く手応えは現れた。この兄弟の精神力は、見た目から受ける印象とは逆らしい。アルクの寒色の瞳には、穏やかな熱が灯っている。


「……分かった。君が望むなら、私が話し相手になろう」

「あ……ありがとう、ございます?」

 洗脳されているにしては理性的な返答に、少女は不安になった。しかし彼の拳は緩やかに解かれているし、表情も柔らかい。


「改めて、君の名前を教えてくれないか」

「……リリアナ・ローレンスです。アルク様」


「リリアナか……良い名前だな」


 甘い声で呼ばれる名前。

 食堂のバターシュガーパイより甘ったるく胸やけがしそうなそれに、リリアナは何故か不思議な高揚を覚えた。

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