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最終話「暁に触れる」

 塞ぐような闇夜が紺碧に透けていく。

 青年は城のテラスから王都を見下ろし、黎明の時を見守っていた。


 その隣に、屋根から影が降り立つ。


「アルク様、ご報告です。逃亡していた旧財務大臣は、無事確保しました」

「……何故君が。私の傍で、私を守ることが君の仕事だろう? シレネ」

「はい、そうです。でも、アルク様はわたしを気にかけ過ぎなんです。この間暗殺者からわたしを庇って怪我したこと、忘れてませんよ。それに、わたしがいるとアルク様は落ち着きが無いって、サイラスが言っていました」

「おい。いつの間に呼び捨てになったんだ?」


「私が許可したんですよ。何しろ、同い年ですからねえ」

 ニコニコ顔の“背景”が、生き生きと口を挟む。


 シレネ関連でアルクを揶揄うことは、サイラスの楽しみとなっていた。新しい世のために駆けまわる多忙な日々、気苦労の絶えない中で、アルクの初々しい反応は彼のストレスを癒している。


「ところでシレネ。私があなたに付けた見張りはどうしましたか?」

「すみませんサイラス。置いてきてしまったみたいです」

 今気が付いた、という顔のシレネ。サイラスは、彼女の速度に付いていける人材を欲した。


 サイラスはまだ、シレネを完全には信用していない。信用はしていないが、疑っている訳でもない。それどころか彼はシレネに同族意識を感じてさえいた。他の何よりアルクを護ることを最優先に動くところ。それはサイラスに共感を抱かせる。


 また、彼女の性格も好ましく思っていた。信念を得た彼女は、甘いところのあるアルクより冷静に、物事を俯瞰し的確に捉えることができるのだ。感情で夜王を裏切った人物とはとても思えない。


 シレネの方も『なんだか先生に似てる』と、サイラスに勝手な親近感を覚えていた。サイラスにとって、あの胡散臭い男と似ていると言われるのは不本意なことであるが、敵視されるよりはいい。

 そんな風に、二人は悪くない関係を築いていた。



「アルク様はここで、何をしてるんですか?」

「夜明けを見ている」

「夜明け……アルク様の髪って、あの月みたいですよね。瞳の色もこの空と同じ」

 詩的な口説き文句に聞こえる言葉に、アルクは顔を背ける。視界の端にニヤニヤ顔のサイラスを捉え、また前を向いた。その横顔をシレネはじっと見つめる。


「アルク様……その瞳のことは、公表しないんですね」

「ああ、するつもりはない。魔眼の性質は、民に恐れや疑心を生むだろう。今は皆が一丸となるべき時だからな。使わなければ普通の目と変わりは無いし、現にこれまで王宮の誰も気が付かなかった」

「そうですね」

 シレネは自分の目を、そっと手で覆う。


「……不思議ですよね」

「何がだ?」

「わたし達に、この瞳が宿っていることがです」


 混血子は、陽力と魔力が相殺され、無力で生まれることが殆どだと言われている。二つの力を併せ持つ時点で珍しいが、その上更に希少な魔眼が宿るというのは、どれほどの確立で起こり得ることなのか。


「偶然ではなく、必然なのかもしれない。陽力に打ち消されず残っている時点で、並の魔力ではないということになる。魔眼は強大な魔力の持ち主に、一定の確率で現れるのではないか?」


「そういうもの、ですかね?」

「どうだろうな」


「魔力と陽力が一つの体に共存できるなら、この広い世界で、夜族と陽族が共生できない訳がないですよね」

「……そうだな」



 世界の果てが橙色に染まりゆく。

 並び立つ二つの影が、そっと視線を交わし合う。

 その光景を、サイラスは夢見心地に眺めていた。


(もうじき……貴女の理想の世が叶いますよ)

 語り掛ける先は瞼の向こう、いつまでも色褪せない一人の女性。

 アルクと似た顔、シレネと同じ髪色の、ただ一人だけ愛した人。


 ――サイラスと彼女は同じ村で育った。気弱で臆病だったサイラスにとって、優しくしっかり者の彼女は憧れの存在。周囲からは姉弟のようだと言われていたが、サイラスは彼女に恋をしていた。


 いつしか彼女は村の外、広い世界に目を向けるようになり、争いの絶えない世に心を痛め、自らに平和という使命を課す。


 サイラスが十四の時、彼女は陽王を説得すると言って村を出ていった。

 サイラスは引き留めた。引き留めるのが無理だと悟ってからは、付いて行こうとした。だが結局、家族を置いて行く覚悟は出来なかった。


『必ず帰ってくるからね』

 と、額に口付けを残していった彼女。

 サイラスはその約束を信じ、見送るしかなかった。


 それから数年。サイラス達の村は戦争に巻き込まれ焼失した。家族や友人を失ったサイラスは、たった一人の温もりを求め王都へと向かう。殆ど文無し状態の彼は、村で教わった薬作りで日銭を稼いだ。難癖をつけてくる荒くれ者を相手に、生き抜く勘を磨いた。中性的な見目を活かし王城の役人に取り入ると、王都を訪れた筈の彼女の行方を追った。


 そして、辿り着いた事実に打ちのめされる。


 彼女は悪女と汚名を着せられ、処刑されていた。

 それを知った時、サイラスは激しい憎悪に飲まれた。

 彼女を苦しめた王、王妃、王宮の全ての者を、嬲り殺しにしてやらねば気が済まなかった。


 サイラスの視界に映る人々が、どす黒い怪物に変わる。しかしその中で一人だけ、形を保っている者がいた。数年前に王宮に来たばかりだという、第三王子アルク。彼女の忘れ形見だ。


 陽光を集め輝く髪。空より青い瞳。額の徴。そのどれもが、サイラスが最も憎む陽王を思わせる。しかし顔立ちは、愛する彼女にそっくりだった。


 闇を抱えながらも、心根の優しい少年。

 アルクとの出会いが、サイラスに復讐よりも強い希望を抱かせた。


 サイラスは彼女の残した理想と愛を、守り抜くことを誓ったのだ。


(……貴女の息子は、本当に貴女によく似ていますよ。いつも私の行く先を照らしてくれる、光だ)

 サイラスはこっそり眼鏡を外し、目頭を押さえた。




「シレネ。少し落ち着いたら、あの花園に行こう。念入りに手入れをして春に備えないとな」

「また手伝わせてくれるんですか?」

「ああ、手伝ってもらう。ただし今度は汚れてもいい服で」

「はい。あ、街でまた、デートもしたいです」

「……ああ、出掛けよう」

「デートに?」

「……デートに」

 シレネは満足そうに頷いた。

 本性を明かした後、二人の関係はシレネが若干優勢である。


「あ、明るくなってきましたね」

「夜と朝が混じり合った、不思議な空だな。……私達と似ているとは思わないか?」

「この“曖昧な関係”に、ですか?」

「いや、そうではなく、」

「冗談です。……そうですね、似ていると思います」


 光と闇の狭間に立つ、どちらでもあって、どちらでもない二人。

 闇に沈んでいかないよう、光に溶けていかないよう、互いに手を伸ばす。


 そっと、そっと、

 孤独と孤独を、重ねるように




 暁に、触れる。




 ―― 完 ――

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