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第三十七話「革命のあと」

 この冬、ソルヴィア王国は大きな転換期を迎えた。

 黎明の鷹によるクーデターが、遂に決行されたのだ。


 アルクとサイラスの指揮のもと、王城に潜入した部隊が王と王妃、抵抗する高官を拘束。黎明の鷹、王宮の双方に少なくない犠牲を出したものの、争いは一晩の内に終結した。


 その後、黎明の鷹はアルクを筆頭に、民を顧みず私腹を肥やしていた王妃の悪事をつまびらかにし、王政の腐敗を糾弾。サイラスが念入りに仕込んでいた演出、シナリオ通りに、アルクは民に寄り添う救世主として讃えられた。


 黎明の鷹には、以前より戦争の継続と増税に反対していた貴族、官僚も名を連ねており、彼らと共にアルクは臨時評議会を設立。そこでは連日、国家再生のための話し合いがなされている。


 王政派の一部が地方に逃走したりと問題は多々あるものの、世は確実に、黎明の鷹の理想とする世界へ一歩を踏み出していた。


 ちょうど時期を同じくして、ドゥラザークでもクーデターが勃発。アビス達のソルヴィア王国への侵攻は、自国内の対応に追われ決行されなかった。ドゥラザークでのクーデターは苦戦し、失敗に終わるかに思われたが、黎明の鷹の支援により終結。夜王は行方をくらませ、現在も追跡が続けられている。


 こうして、ソルヴィアとドゥラザーク、二つの国の長きに渡る戦の歴史に終止符が打たれた。これまでの因縁を無かったことには出来ないが、和平条約を結び、少しずつ国交を進める予定である。今いる人々の孫の世代には、垣根のない世界であると信じて。



 ――革命から一月。女子寮の自室で、レティシアは物憂げに窓の外の月を眺めていた。


 サンクタ・ルミナ学院の生徒達はクーデター以降、保護を目的に寮に隔離されている。授業も無く行動を制限される日々。外の状況、家族の安否も確認できない状況に、レティシアは心を病んでいた。


 リリアナは突然いなくなってしまったし、セシルにも会えていない。そして、クーデターを起こしたのはアルクだという。もう訳が分からない。


 何度流したか分からない涙が溢れそうになる。が、あまりの驚きにピタリと止まった。


 “やっほー”と、窓越しに手を振るセシル。

 レティシアは慌てて窓を開け、その少年を室内に引き込むと、窓とカーテンをしっかり閉めた。


「セシル殿下! 何をしているんですか!」

「何って夜這……いや、冗談冗談。ちょっと顔を見に来ただけだよ」

 へらへらした顔は、一月前と変わらない。レティシアは夢でも見ているのかと思った。


「どうして学院に? あなたはお城に連れ戻されたと聞きました」

「そうそう、城でぐうたら軟禁生活中。そろそろレティシアが寂しがっているかな~と思って、こっそり抜け出してきたんだ。それにしても、女子寮って警備が厳しいね。前に兄さんが忍び込んだって聞いたけど、どうやったんだか」


 セシルが、何気なく兄の存在を口にする。そこに怒りや憎しみが感じられないことに、レティシアは安堵と共に疑問を抱いた。ソルディウスの御子である王は生かされるが、王妃は民衆の怒りを鎮めるために処刑される。その原因を作ったアルクが憎くはないのだろうか?


「セシル殿下、あなたは大丈夫なんですか? その、」

「……母のことかな? 心配してくれてありがとう。勿論悲しいよ。例えどんな悪事に手を染めていても、僕にとっては大事な母親だからね。でも民意が裁くというのなら、受け入れる。もっとちゃんと母のことを見て、止められていたらと、後悔はしているけど」


 淡々と語るセシル。彼にはこういう部分がある。極端に負の感情が薄いのだ。あまりに寛容で、何でも受け入れてしまう気質。そういう一面を見る時、レティシアは彼を遠くに感じた。思わず服の裾を掴む。


「セシル殿下……あたし、」

 言葉に詰まる。言いたいことがありすぎて何も言えない。

 セシルはレティシアの手を、ぎこちなく覆った。


「レティシア、大丈夫だよ。この額の徴がある限り僕は殺されない。城での扱いも悪くないから安心して。それと――君の家族についても調べたけど、みんな無事だよ」

「ほ、本当ですか!?」

「うん。今はまだ国内が不安定だから、すぐに帰ることは出来ないけど、春には会いに行けると思う。学院の授業も再開される。この間、兄さんと面会した時に教えてもらったんだ。だから少し待てば、元通りだよ」


 優しく、慰めるような声に、レティシアの瞳は熱く溶けた。この一月流してきた涙とは違う喜びの涙だ。セシルは男としては信用に欠けるが、人としては信頼できる。彼が嘘をついたことは一度も無い。


 ポロポロとこぼれる滴。セシルはレティシアの涙に慌てた。と同時に、見惚れた。


「あの、セシル様」

「えっ、うん、なにかな!?」

「……リリアナ様のことは、何かご存じないですか?」

 クーデターの数日前に、突然学院から姿を消した友人。レティシアは彼女が何かに巻き込まれたのではないかと心配していた。

 セシルは少し言葉に悩んだ後、また「大丈夫だよ」と微笑む。


「詳しい事情は僕にも分からないんだけどさ……彼女は、今も兄さんの傍にいる。だからきっと、また会えるよ」


 牢から姿を消した少女。セシルが面会で彼女のことを尋ねた時、アルクはただ一言「最近、優秀な護衛を雇った」とだけ返した。セシルにはそれだけで充分だった。


 彼女は無事で、今もアルクの傍にいる。そのことに、セシルは心から安堵した。過去に自分が起因となり、彼と彼の母を永遠に引き離してしまったことに、セシルはずっと気を病んでいたのだ。


 男女の愛、嫉妬が悲劇を生む様を間近で見ていたセシルは、自らは伴侶を作らないと決めていた。たった一人、特定の者を愛さないようにしていた。最初から皆に平等であれば、誰も傷つきはしない。

 だが恋心とは制御できないものである。レティシアと出会って、それに気付かされるのだった。


「リリアナ様が無事……良かったあ」

 涙で溺れていた少女の瞳に、希望の光が満ちる。その光をもたらしたのは目の前の少年だ。レティシアは、セシルが人々の心を惹きつける理由を理解する。


 彼は、地上の太陽そのものなのだ。


 レティシアは、そっと彼の胸に頭を預けた。


「あ、あのさ、レティシア! 僕、そろそろ帰らないと抜け出したことがバレちゃうからさ、あの、その、」

「セシル様?」

「最後におやすみのキスを――」


 ペシン、と小気味いい音が響き渡る。

 セシルは叩かれた頬をさすりながら、残念そうに窓から出ていった。




 *




 ――神殿は、革命を静かに受け入れている。

 信徒の中には旧王制派を指示する者もいるが、神殿全体としては民心の安定を優先すべき、と静観姿勢だ。

 それでも、アルクが夜族の血を引く者であると公表した直後には混乱が起きた。尊き太陽神の愛が、穢れた夜の血に宿るとはどういうことなのか。信徒達は議論を重ね、今は“それもまた神の意思”という意見が半数を占めている。


 エレナは変わらず、神に祈りを捧げていた。

 彼女にとってこの一月……否、夏の終わりにリリアナ・ローレンスが現れてからは、ずっと悪夢だ。これが試練だというのなら耐えた先に何があるのか、彼女は神に問いかける。


 リリアナが牢から消えた日、アルクも学院から姿を消した。そして間を開けず、革命が起きた。

 王妃や一部高官の悪事と共に、芋づる式に暴かれたアステリア家の暗部。横領、収賄、徴税偽装……それは、エレナでさえ知らなかった闇である。


 アステリア家はアルクの恩情のもと、近々地方に飛ばされることになっていた。


「神よ。どうか、どうかアルク様をお救いください」

 エレナは祈る。彼女は、今のアルクが正気だとは思っていない。リリアナが彼を洗脳し、この国を乗っ取るつもりであると信じている。


「どうか……私を、」


 彼の元へお導きください――と、エレナが言い終えない内に、神殿の扉が開いた。夜闇を背にしたその人物は、エレナに“友人のように”話しかける。


「お久しぶりですね、エレナ様」

「あなたは……」

「色々と大変だったようですね。心配していたんですよ?」

 来訪者はにこやかな笑みを浮かべ、エレナに歩み寄る。空気の動きと共にふわりと香るのは、微かな血のにおい。扉の向こうには信徒がいた筈だが、妙に静かである。


「あなたに曇り顔は似合いません。さあ、一緒にこの状況を変え――ッ!?」


 エレナの手から発せられた陽力。“男”は常人離れした動きで後ろに飛び退き、それを魔力で弾き返す。バチッ、と二つの力がぶつかり合い、相殺した。


 鋭い目つきで睨むエレナに、男は口の端を釣り上げる。


「はは、あっぶないなあ」

「お前は――夜族ね。リリアナ・ローレンスの仲間かしら? 自ら墓場に向かってくるなんて、随分と利口だこと」

「んー……どうして俺の洗脳が効かなくなったんだ?」

「洗脳?」


 エレナは男の瞳に既視感を覚えた。

 

 自分は、この目を知っている。


 隣で悩みに寄り添ってくれた絶対的な味方。いつからか姿を見せなくなった友人。その正体は……


「お前……そうか。お前が私を嵌めたのか!」

 エレナの怒声が響き渡る。それは、アビスの耳を心地よく痺れさせた。


 エレナは思い出す。

 冬の祝祭の前、街へドレスの仕立てを確認しに行った時、誰かに声をかけられたことを。太陽を避けるように物陰に立っていたその人物を、エレナは友人だと思い込むようになった。


 次々に蘇るのは、まるで他人事のように実感の無い恐ろしい記憶。

 エレナは友人の言いなりになり、意味など考えもせず、学院の結界に細工をして外部から侵入できる抜け道を作った。裏庭で、空き教室で、時には自室で、友人に訊かれたことは何でも教えた。リリアナを魔女と信じ、神殿から無断で聖具を持ち出したのも、友人の言葉がきっかけである。


 何故何も疑問に思わなかったのか。答えは簡単だ。魔術によって正常な判断力を奪われていたからだ。


 隣にいた友人。記憶の中の朧な顔が、目の前の男と重なった。

 エレナは、自身が男と逢引していたと噂された理由も理解する。


 この男が自分を利用し、また、立場を貶めたのだ。


「嵌めたなんて人聞きの悪い。俺はいい友人だったと思うけど? まあ、君は優秀な操り人形では無かったけどね」


 アビスはシレネに近付くため、また学院での彼女の動向を把握するために、エレナを利用した。魔女疑惑を誘導したのは、盟約から解放されたシレネがいつまでも学院を出ないことに痺れを切らしたからだ。正体が暴かれそうになれば、いくら彼女でも流石に逃げ出すだろう。居場所を失ったシレネが帰ることのできる場所はドゥラザークしかない。アビスはそれを待っていた。


 しかしエレナの詰めの甘さ故に、その目論みは崩れる。エレナが勝手にシレネを暴漢に襲わせたこともまた、アビスを不快にさせた。


 既に広まりつつあったエレナの噂に火をつけたのは、アビスである。


「今度はしっかり調教しようと思って来てみれば、まさか洗脳が効かなくなっているとは」

 アビスが初めてエレナと会った日、彼女の心は隙だらけだった。しかし今の彼女は違っている。


 アルクからの婚約破棄、リリアナの脱獄、そして革命。それらの出来事はエレナを深く絶望させ、強い憎しみを抱かせた。落ちるところまで落ちた彼女の精神は今、刃物のように研ぎ澄まされている。


「でもま、こっちの方が面白い。どう? また俺と友達にならないかい?」

「もう惑わされないわ。お前は私がここで成敗する!」

「まあまあ、話を聞いてよエレナ様。君にとっても悪い話じゃない」

「……何を企んでいるのかしら」

「さっき言った通りだ。“一緒にこの状況を変えよう”。君の隣に愛しの王子様がいない、この悪夢を終わらせるんだ」


 エレナの目の色が変わる。アビスが笑う。


「それは、お前に何の得があるというの?」

「あるんだよ。アルク王子の傍にいるモド……リリアナは、俺のおもちゃだからね。俺はあの子を取り戻したい。君はアルク王子を取り戻したい。ほら、利害が一致している。二人を引き離し、争いの種を蒔いて和平条約を白紙に戻すんだ。そうすれば全て元通りになる」

「元通り……」

「ねえエレナ様。君はさっき、神頼みなんて愚行をしていたけどさ。望みを叶えられるのは、自分だけだよ」


 アビスはエレナに手を差し伸べる。太陽を浴びないその肌は青白く透けていた。左右異なる色の瞳が、妖しくエレナを誘惑する。アルクとは質の違う、沈み込むような闇の美しさ。


 エレナはそれを、冷たく一蹴した。


「汚らわしい夜族の手など必要ないわ。……でもそうね、アルク様をお救いできるのは、私だけ。そう、そうよね。――ふふ、待っていてください、アルク様! 私があなたを、正しき愛で救ってみせます!」


 両手を広げ、祭壇の前で宣言するエレナ。

 その狂気じみた姿にアビスは目を奪われた。


「……ねえ。俺、実はドゥラザークの王子だからさ、結構役に立つよ」

「消えないと消すわよ。気付きをくれたことに免じて、今夜だけは見逃してあげるわ」

「協力じゃなくてもいい。俺への復讐のつもりで、今後は君が俺を利用してみないかい?」

「何をふざけたことを……」

「本気だよ。君みたいな女に利用されるのも、面白い気がしてきた」


 深夜の神殿。悪魔の瞳が、弓なりになる。


 引く気のなさそうな男に、エレナは頭を抱えた。

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