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第二十七話「魔女狩り」

 アルクが学院に姿を見せなくなり、三日が経った。リリアナは彼の容態への不安と、任務に向き合わなくていい安堵を抱え、無意味な日々を過ごす。退屈な授業を受け、暇な放課後を迎え、早々に寮へ戻ろうとしているところだった。


 その背中を一人の少女が追いかける。


「あの、リリアナ様! あたし、何かお気に障ることをしてしまいましたか? だとしたら謝りますから!」

 ピンクブロンドを揺らし、必死にリリアナを呼び止めようとするのは、レティシアだ。彼女は突然そっけなくなったリリアナに困惑していた。話しかけても殆ど返事はなく、目も合わない。やはりパーティーの夜、一人きりにしてしまったことが原因なのではないか……と自分を責めている。


 リリアナは聞こえないふりをして、振り切るように歩みを早めた。

 もう、レティシアとは関わらないと決めたのだ。


(レティシアは何故、ここまでわたしに拘るのだろう。友達なら他にたくさんいるだろうに)

 命を助けたことに対する礼だというのなら、もう何十倍も返してもらっている。


「あの、リリアナ様! わっ、」

 突然立ち止まったリリアナの背に、レティシアは鼻をぶつけた。ようやく話を聞いてくれる気になったのかと期待するが、どうやらそうではない。リリアナは誰かに立ち塞がれていたのだ。


「ローレンスさん、少々お時間よろしいですか?」

「……なにか御用でしょうか?」 

 リリアナがエレナに直接声をかけられるのは初めてのことだった。話題の二人のただならぬ雰囲気に、生徒達の視線が集まる。


「あなたに確認したいことがあります。パーティーの夜は、どちらにいらっしゃいましたか?」

 エレナの静かな問いに、リリアナは息を呑んだ。ずっと恐れていた時が、遂に来てしまったのではないかと。


「パーティーの夜、ですか? わたし……ずっとお部屋にいました。その、わたしにはご一緒できるお相手がいないので……」

「不思議ですね。あの晩、あなたのことを外で見かけたという者が、複数いるのですよ。あなたは夜闇に紛れるように、会場とは別方向に向かったそうではありませんか。一体、何をしていたのでしょうね?」


 エレナの刺すような視線に、リリアナは確信した。彼女は自分のことを疑っているのだと。ソルヴィアに来てから疑いをかけられたことは初めてで、油断しきっていたこともあり混乱する。よく考えれば、今までが上手くいきすぎていたのかもしれない。


「わたし、少しだけ……パーティーの様子を見たくなって。でも、辛くなって逃げてしまったんです」

 誰を見たかったのか、何故辛くなったのかは、敢えて言わない。それでもその場の人々には伝わったようだ。いい気味だという視線と、同情の視線が入り混じる。


「本当にそれだけですか?」

「……どういう、意味ですか?」

「あの晩、学院を覆う結界の一部に乱れが生じました。そして僅かな魔力の残滓も――ああ、皆さんご安心なさって。今はもう、安全を確認済みですから」


 生徒達の頭をよぎったのは、以前の魔獣騒動の恐怖だろう。エレナはそれを利用し、リリアナに疑いを向けさせる。


「皆さんを結界でお守りするのは、聖女である私の務め。以前の魔獣騒動では私の力が至らず、皆さんを危険に曝してしまいましたこと、お詫びいたします。二度とあのような事態を招かぬよう、私は、不安要素を少しでも取り除きたいだけなのです」


 大勢に見られることに慣れている、堂々とした話しぶり。皆が自然にエレナの言葉に耳を傾ける。


「ローレンス嬢。あなたにはあの魔獣騒動の一件にも、不審な点がありますね。普通の女生徒が魔獣に対峙したにも関わらず、無事でいられるでしょうか? 攻撃を颯爽と躱す姿は、まるで魔獣の動きが分かっていたかのようだと聞きましたよ」


「……エレナ様! さっきから何が仰りたいんですか! あの時リリアナ様は、命懸けで……怪我をしてまであたしを助けてくれたんですよ!?」

 レティシアがエレナに食って掛かる。想定外の反抗者に、エレナは僅かばかり眉を顰めた。


「そうですね、単刀直入に申し上げましょう。ローレンス嬢、あなたには“魔女”の疑惑がかけられているのです」


 魔女。男であれば魔者(まじゃ)

 それは陽族でありながら、夜族の魔術や魔道具に傾倒する者のことを言う。


 非日常的な危険な響きに、その場がどよめきに満ちた。

 エレナは淡々と話し続ける。

 

 ソルヴィア王国の辺境では、夜族から持ち込まれた魔術や魔道具が広まっていること。リリアナの父であるローレンス男爵には最近、夜族と繋がっているという薄暗い噂があること。リリアナがパーティーの夜だけでなく、他の夜にも度々部屋を空けたり不審な行動をしていると、使用人達から裏付けが取れていること。


「そんな……お父様やわたしを疑っていらっしゃるのですか?」

「エレナ様! 流石に無茶苦茶ですよ! いくらリリアナ様が気に入らないからって、」

「お黙りなさい。私は皆さんのために、そしてローレンス嬢のためにも、真実を明らかにする手段をお持ちしただけです」


 エレナの後ろに控えていた使用人が、彼女に布に包まれた何かを手渡す。中から出てきたのは、人の頭を通せるほどの金の輪だ。神々しい装飾品にも、禍々しい首輪にも見える。


「これは神殿に保管されている“魔力探知と吸収の聖具”。僅かな魔力をも白日の下に晒します。少しでも魔に触れた者を決して見逃しません。――後ろめたいことが無いのならば、これを首に掛けなさい。リリアナ・ローレンス」


 聖具を突き出すエレナ。リリアナは思わず一歩後退った。聖具を恐れたのもあるが、エレナの陽力に押されたのだ。アルクやセシルからは感じたことがない暴力的な“気”。熱いのに、全身が凍てつく。


「いい加減にしてください!」

 リリアナの前に立ちはだかるレティシア。しかしエレナの使用人に突き飛ばされ、床へと倒れ込んだ。


「いった……」

「レティシア!」

 思わず呼び捨てにし、彼女を抱き起すリリアナ。レティシアは久しぶりに合った視線に瞳を潤ませた。


「ふう……これはローレンス嬢のためでもあると言っているでしょう? 疑いを晴らせば、堂々と楽しい学院生活が送れるのですよ?」

 冷たく二人を見下ろすエレナ。リリアナは立ち上がり、彼女と対峙する。


「さあ、こちらへ」

(……どうする。どうすれば、回避できる?)

 エレナの持つ聖具とやらの精度は分からない。魔力を抑え込めば誤魔化せるだろうか?


 もし相手がエレナだけなら、“どうにか”できたかもしれないのに。……と、物騒な思考に至った時、エレナに何かあれば悲しむだろう人物がリリアナの頭をよぎる。


 そして、それが現実に現れた。


「そこまでだ」


 廊下に響き渡る清涼な声。リリアナは誰より早く声の主を見た。

 生徒達の間からこちらに向かってくるのは、欠席していた筈のアルク。制服の上からでは怪我をしていることは分からない。リリアナは三日ぶりに見た彼の、思ったよりも元気そうな姿に、自分の状況も忘れてほっとする。


 アルクがいない内に片を付けようとしていたエレナは狼狽えた。


「アルク様! どうしてこちらに……」

「エレナ、君こそ何をしているんだ?」

 互いに名を呼び合う二人。リリアナは彼らが並ぶところを見たくなく、下を向いた。床に落ちた自分の影を見つめていると、ぴたりと誰かの影が重なる。


 エレナではなくリリアナの隣に立つアルクに、誰もが目を見開いた。


「アルク様、ローレンス嬢に近付くのはお控えください。彼女には魔女の嫌疑がかかっております」

 引き攣った顔でアルクにいきさつを話すエレナ。話が進むにつれ、アルクのエレナを見る目が厳しいものになっていく。


「それで、君は神殿から聖具まで持ち出して、他の生徒達の前で彼女を辱めているのか?」

「それは、」

 エレナは言葉を詰まらせた。アルクからこのような冷たい物言いをされることは初めてで、頭も口も回らなくなる。


「私は、皆さんの……ローレンス嬢のためにも!」

「第一、何の証拠があるというんだ? リリアナが魔獣からノートン嬢を庇った時、リリアナ自身も怪我をしていた。それで彼女が何かを得たというのか?  ……それに――夜の外出は、私に落ち度がある」

「……何を仰っているのですか?」

「リリアナは、いつも私と会っていたんだ。パーティーの夜も、リリアナを一人にして寂しい思いをさせた私の責任だ」


 アルクの言葉に、先程とは違うざわめきが広がった。リリアナも目を丸くして隣の男を見上げる。何故そんな嘘までついて庇うのか、と。


 リリアナと恋仲であると取れる発言をされたエレナは、顔を真っ赤にして震える。


「アルク様、あなたはローレンス嬢に騙されているのです! それこそきっと、彼女が妖しい魔術でも使ったのでしょう!」

「私は騙されてなどいない。全て、私自身の意志だ。どうしてもというのなら、私が彼女の潔白を証明しよう」


 アルクはそう言って、リリアナの肩を抱き寄せた。「きゃっ!」と女生徒が黄色い悲鳴を上げる。エレナは硬直する。戸惑うリリアナの耳元で、アルクは囁いた。


「リリアナ、君の陽力を皆に見せるんだ。私が手伝おう」

(……は?)


 その瞬間、リリアナの体に暖かな力が流れ込んだ。


 ソルヴィア王国に来たばかりの頃、馬車の外に出て、最初に浴びた夏の終わりの太陽。あの何とも言えない、心も体もとろけるような甘い熱が、体を満たす。二人の周りにふわりと光が広がった。


「私の力を感じるか? これと同じものが、君の奥にも眠っているはずだ。意識を内に向けて、ほんの少し解き放つだけでいい。……手を開いて」

 吐息混じりの低い声。リリアナは言われるがままに、掌をそっと開いた。するとそこに、小さな太陽みたいな光の玉が生まれる。


 それは、以前に見たアルクのものよりずっと弱々しく、けれど間違いなく陽の力だった。アルクの導きがあったとはいえ並の陽族より強い力。聖女には及ばずとも、太陽神の祝福を受けた存在である証には十分だった。


「見ろ。彼女自身がこんなにも美しく純粋な力を持っている。太陽神にも、御子である私にも認められた彼女を、まだ疑うのか?」

「アルク様! そんなもの、何の証明にもなりません!」

「エレナ……そこまで彼女を悪と言い張るのは、その聖具に何か細工でもしているからではないのか? もしそうでないなら、先にそれの効果を私で試してみろ」

 アルクが挑むようにそう言うと、エレナは真っ赤な顔を青くした。リリアナにも他の生徒にも、その反応の意味は理解できない。太陽神の御子であるアルクに使えないというのなら、やはり悪質な細工が施されていたのだろうと、皆が思った。


「い、いえ、まさかアルク様に、そんなこと……」

 目を泳がせるエレナを、アルクは感情の無い瞳で見つめる。もう付き合っていられないとばかりに、「行くぞ」とリリアナの手を引いた。

 リリアナはレティシアを気にしたが、廊下の向こうから金髪の少年が駆けてくるのを見て、安心してその場を離れた。




 ――その後は殆ど言葉も交わさないまま、アルクはリリアナを寮の近くまで送り届けて去って行った。


(……何故だ? アルクはどうしてエレナと敵対してまで、嘘をついてまで、わたしを助けたんだ?)

 

 アルクはこれまで、エレナよりリリアナを優先したことはない。エレナに見つからないよう二人で隠れたことはあるが、目の前のエレナを放ってリリアナの元に来ることはなかった。

 だから、彼がこんな行動を取ったことが信じられなかった。

 信じられないくらい、快感を覚えていた。


 リリアナは、自分の掌をじっと見下ろす。そこにはもう目に見える光はなかったが、まだじんわりと温かい気がした。


(わたしにも、あんな力があったなんてな……)


 リリアナは魔と陽の双方を持ち合わせているが、魔力の比重が圧倒的に大きい。陽力があのように表に出てきたのは初めてのことだった。自分の中にアルクと同じ力が流れていることを実感し、不思議な気持ちが胸を満たす。


 リリアナは陽だまりの中にいる心地で、目を閉じた。

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