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第十八話「夢」

 夕陽を透かすと、そのシルバーブロンドは金に輝いた。太陽よりも穏やかで静かな、月明りの色。


「日が落ちるのが早くなったな」

 地面に落ちた影が夜に染まりつつあるのを見て、彼が言った。

 その影に一回り小さな影が寄り添う。


「早すぎます。夜が来なければ、もっとあなたと一緒に居られるのに」

 わたしの精一杯の言葉に、返事はない。不安で顔を上げると、少しだけくすぐったそうな優しい笑顔。


「本当だな。私もそう思う」

 とん、と触れた指先。

 温もりを求めて、絡み合った。


「もし、君さえよければ……だが」

「え?」

「ダンスパーティーのパートナーになってくれないか? あの言い伝えを二人で試してみよう」

「……ふふ」


 思わず笑ってしまう。

 そんな歯の浮くようなセリフ、あの顔だと言いそうだけれど、実際に言うような人ではないのだから。



「“  ”」



 彼がその名前で、わたしを呼ぶ筈がないのだから。 




 *




「……リリアナ……リリアナ! 風邪を引くぞ」


 ――夢と同じ声からの呼びかけ。

 花園のベンチでうたた寝をしていたリリアナは、彼の気配が近付いた時点で既に起きていた。だが中々目を開けられなかった。名残惜しかったのだ。


 肩をそっと揺すられ、仕方なしに瞼を上げる。

 夕陽に染まる彼の眩い髪は、夢のまま。もしかしたらと思ってしまう。


「来るのが遅くなってしまって、すまない」

「……いえ」

 

 ああ、これは現実だ。



 二人で過ごす放課後の時間は、冬の祝祭が近付くにつれ短くなっていった。

 最高学年であり、首席であり、この国の王子でもあるアルクには、パーティーで祝辞を述べ、最初のダンスを踊るという大役が任されている。最近は準備で忙しそうだった。


 ……今日もパートナーと共に、ダンスの練習をしていたのだろうか。


「すぐに来られない時は、待っていなくてもいいぞ」

「そしたら、来なくていいからですか?」

 静止。アルクが息を吞み、空気が固まる。リリアナはまずい、と口に手を当てた。先週生垣で遭遇して以来、こういうヘマが増えている。


「ごめんなさい」

「いや……」


 居心地の悪い沈黙。リリアナは……くしゃみをした。いくら低気温のドゥラザークに慣れているといっても、流石に油断し過ぎたらしい。敵地で眠りこけたり、妙な事を口走ったり、ボケ過ぎである。平和な友人に影響されたのかもしれない。


「ほら見ろ、そんな薄着でいるからだ」

 呆れた声と共に、肩に被さる温かい重み。それはアルクの外套だった。リリアナはすぐに返そうとしたが、彼は一歩離れてそれを拒む。そして……くしゃみをした。


「大丈夫ですか? わたしよりアルク様が風邪を引いた方が大変ですよ。大切なパーティーの前なのに」

「……それは、口実が出来ていいかもしれないな」

「え?」

 聞き取れず首を傾げるリリアナ。アルクは曖昧な笑みを浮かべ、リリアナの隣に腰かける。リリアナは暫く黙っていたが、彼が言い直すことは無かった。


 沈黙が流れる。庭園の空気が、暮れの寒色に染まっていく。


「アルク様。わたし、さっき夢を見たんです」

「どんな夢だったんだ?」


「……悲しい夢でした」


 夢だったことが、悲しくなる夢だった。


 夢の内容を語らず、ただ憂いを帯びた目でアルクを見るリリアナ。その瞳に、アルクは言葉を忘れた。




 *




 ――冬の祝祭、当日。

 その日は授業がなく、生徒達は朝から浮足立っていた。


「アルク様、今夜のパーティーが待ち遠しいですね。この日の為に新調したドレス、早くお見せしたいです。……でも、似合うかしら?」

「心配ない。エレナなら何でも着こなせるだろう」

「ふふ、ありがとうございます。アルク様も何でもお似合いですから、楽しみです」

「君に恥をかかせないように努力する」

「……ダンスはあまり、お得意ではないですものね。今からここで、練習しましょうか?」

 エレナの冗談じみた笑顔は、大人びた美女を、あどけない美少女に見せた。


 学院のカフェテラスで向かい合うエレナとアルクに、誰もがうっとりと溜息をもらす。リリアナはそれを、遠くから虚ろな目で見ていた。


「ようやくご自分の立場に気付いたかしら? 憐れな勘違いさん」

 ここぞとばかりに、女生徒達がリリアナに棘を放つ。セシルのおかげで目立った嫌がらせは減ったが、はけ口を失ったことで、彼女達の敵意は増しているようだった。

 リリアナが言われるがままになっていると、その手を誰かが掴む。――レティシアだ。彼女は「行きましょう!」とリリアナをその場から連れ出した。



「あの……レティシアさん」

 繋がれたレティシアの手は、小刻みに震えている。彼女はあのような高圧的な貴族の令嬢達が大の苦手なのだ。それでも勇気を振り絞ってやってきたレティシアに、リリアナは苦しくなる。


(レティシアに魔眼は使っていない。なのに、何故彼女はこんなにも……)


「リリアナ様、ごめんなさい。あたしはまた出過ぎた真似を……」

「レティシアさんは優しいですね。わたしより、わたしのことで傷付いてるみたい」

「だって! リリアナ様は平気なのですか? あんな風に、その、」

 言い淀むレティシア。その話題に触れることで、リリアナが傷つくことを恐れている。だからリリアナは、敢えてはっきりと口にした。


「いいんです。アルク様の婚約者は、エレナ様なのですから」

 それは強がりでも何でもない事実。彼らこそが本来、正しく、共に居るべき二人なのだ。


「よくない……よくないですよ」

 レティシアが泣きそうな声で言うのを聞いて、リリアナは一瞬だけ、視界が歪んだ気がした。


「リリアナ様、やっぱり今夜はあたしの部屋で、一緒にお茶でもして過ごしませんか?」

「だめです。レティシアさんには約束があるでしょう」

 レティシアがうっ、と言葉に詰まる。

 

 パーティーは自由参加。友人同士でも参加できるが、レティシアはリリアナがアルク達を見たくないだろうと、自分の部屋で過ごすことを提案していた。しかし先日、そんな彼女にパーティーの誘いがかかる。


 彼女を誘ったのはセシルだ。

 誰か一人を選ぶことのない彼が、ただ一人、レティシアを誘ったのだ。


 困惑したレティシアに相談されたリリアナは、彼女が嫌がっているようには見えず、相手がセシルであるということに些か不安を覚えつつも背中を押した。

 セシルがどういうつもりかは分からないが、レティシアといる時の楽しそうな様子は遊び人のものではない。彼女の純情さに感化されたのか、子供みたいに無邪気な顔をしていた。


 案外、二人はお似合いかもしれない。

 少なくとも、もうじきいなくなる自分と親交を深めるよりは、有意義な時間を過ごせるだろう。と、リリアナは思ったのだ。


「わたしは一人でも大丈夫だから、気にしないでください」

「でも……」

「レティシアさんはパーティーを楽しんで」

 リリアナはレティシアの手をそっと離し、寮の方へと歩き出した。レティシアは何かを言いかけたが、追ってくることは無かった。



(やはり、部屋に閉じこもっていればよかった。幸せそうなアルクとエレナをわざわざ確認して、レティシアを悲しませて、わたしは何がしたかったんだ?)


 リリアナは今日まで一度も、アルクにパートナーにしてくれるよう願うことは無かった。洗脳状態の彼なら受け入れる可能性もあったが、リリアナの任務遂行の上で、それは無意味なことだからだ。ただでさえ多くの生徒の反感を買っているというのに、今以上に目立つことはできない。


 ――でも、もし、と考えてしまう。

 もしも、自分が彼のパートナーだったら、と。


 絵本に出てくるお姫様みたいに着飾って、迎えに来たアルクに手を引かれて。散々馬鹿にしてきた生徒達が唖然としている前を、平然と通り過ぎて。賑やかなレティシアとセシルに合流して、お喋りしたり美味しいものを食べたり。


 そんな風に、夜が明けるまで過ごすことが出来ただろうか?

 本物の、リリアナ・ローレンスだったなら。

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