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第十五話「ピクニック」

「わっ、この蜂蜜のケーキ、とっても美味しいです! 木の実がザックザクで!」

「……それは、よかったです」

 お昼時、人の来ない裏庭。

 リリアナはレティシアに誘われてピクニックをしていた。


 カラフルな敷物の上には、食堂のサンドウィッチや、リリアナがルクレアの街で見つけた焼き菓子が並べられている。


「それで、あの……先日のお出かけは、どうだったんですか?」

 レティシアはさりげない口ぶりを心がけているのだろうが、その目は期待でらんらんと輝いていた。ケーキよりも甘い恋愛話を所望しているのだろう。


 リリアナは何と答えるべきか悩んだ。



 ――二日前、アルクと街へ行った時のこと。

 彼の勧めるカフェに行ったところまでの記憶は明確だが、以降はぼんやりしている。気付いた時には店のソファで寝ていて、日はすっかり暮れていた。


『君は、話している内に眠ってしまったんだ。たくさん歩いて疲れたんだろう』

 と、アルクは言った。

 リリアナは、いくら何でもそんなに油断する筈がないと思ったが、体には確かに疲労感が残っている。翌日の休日は一日寝て過ごしていたが、それでもまだスッキリしていない。


「あの、リリアナ様?」

「ああ……とても楽しかった、ですよ。レティシアさんのおかげです」

「いえいえいえ! あの、それで、その、えっと……手を繋いだりとかは?」

 ごにょごにょ言うレティシア。自分で言いながら顔を赤くしている彼女を、リリアナはおかしく思った。これまで関わった事のないタイプだ。彼女を見ていると、お菓子を食べている時のような、花を眺めている時のような、そんな気持ちになる。


「手……一瞬だけ繋いだ? かも。一方的に掴んだだけですけど」

 それは、荷物を受け取ろうとしたアルクの意図を理解できず、リリアナがその手を掴んでしまった時のことだ。彼の驚いた顔を思い出して、リリアナの口角が自然と上がる。


「リリアナ様、大胆っ!」 

 キャッと歓声を上げるレティシア。反応の良い彼女に、リリアナは体がポカポカしてきた。


「あれ~? なんだか、とっても楽しそうだね!」

 ひょっこりと現れる、軽薄な美少年。

 レティシアはセシルを見ると“あっ”という顔をして、眉間にしわを寄せた。リリアナは首を傾げる。


(セシルは、全女子に好かれている訳ではないのか?)


「ねえねえ、何の話をしてたんだい?」

「セシル殿下が好まれるようなお話ではございません」

 硬い表情で突っぱねるレティシア。それでも立ち去らないセシルに、リリアナは声をかけざるを得なかった。


「セシル様は、裏庭に何かご用ですか?」

「ううん。こっちの方から楽しそうな気配がしたから、見に来ただけだよ!」

 そう言って、リリアナの隣に腰を下ろすセシル。あまりにも自然な動きで、拒む隙など全く無かった。レティシアはジトリと彼を睨む。


 レティシアは、セシルと直接関わったことはない。それでも学院にいる以上、彼を知らない筈もなかった。恋に夢見るレティシアは、女と見れば誰彼構わず手を出すこの王子が大の苦手なのである。


 セシルはレティシアの反応に些か困惑しているものの、無礼を責める気はないらしい。


「ところでさ、ソフィアちゃん。兄さんとのデートはどうだった?」

「ソフィアちゃんって誰ですか!」

 突っ込みを入れるレティシア。リリアナはセシルのこの調子にそろそろ慣れてきた。


「とても楽しかったです。セシル様から招待状を頂いたレストラン、とても素敵でした」

「そっかー! それは良かった。お土産はサイラスから受け取ったよ、ありがとう」

 二人の会話に、レティシアが「えっ」と固まる。リリアナとアルクのデートをお膳立てしたのがセシルであると知って、もう彼を無関係だと追い払うことが出来なくなってしまった。


「セシル様、もしよろしければ……ルクレアの焼き菓子、召し上がりますか?」

「わー、ありがとう! 甘いものは女の子の次に好きだよ! いただきます!」

(な、なんてナンパな……!)


 女子二人の時間を邪魔され、恨めしそうにセシルを睨むレティシア。セシルはそんな彼女にパチンとウィンクを返し、ケーキを手に取る。その背後から影が差した。


「……あ、兄さん」

「アルク殿下!」


 振り返れば、そこには仁王立ちしているアルクの姿。彼は、リリアナと膝が触れそうなほど近くにいるセシルを、黙って見下ろしていた。セシルは肩を竦めて「よいしょ」とレティシアの隣に移動する。レティシアが勢いよく離れた。


 リリアナは少しだけ端に寄って、隣を広く空ける。


「あの、アルク様も、ご一緒にいかがですか?」

「……邪魔ではないか?」

「は、はいっ! 全然っ!」

 レティシアがブンブンと首を横に振った。もげそうだ。

 アルクは人当たりの良い笑みでレティシアに挨拶と礼を述べると、リリアナの横に座った。サイラスは今日も静かに背景に徹している。


「そのケーキは、先日街で買ったものか」

「はい。アルク様もどうぞ」

「ありがとう……昼食は済ませて来たから、後でいただく」

 リリアナとアルクの何でもないやり取りを、祈るようなポーズでうっとり見つめるレティシア。セシルは「ねえねえ、僕達も仲良くしようよ~」とその肩を抱き……かけて、逃げられた。


「な、なにするんですか!」

「ええ~、そういう雰囲気だったじゃない。本当は嫌じゃないんでしょ?」

「いいえ!」

「あ、そこは“は、はいっ! 全然!”って言って欲しかったな~」

 先程のレティシアを真似するセシル。レティシアは真っ赤になった。


 リリアナはセシルにからかわれている彼女を気の毒に思ったが、続く二人のテンポの良い会話に、それは余計なお世話かもしれないと考え直す。

 賑やかな様子を見守っていると、アルクが内緒話をするみたいにそっと頭を傾けた。


「リリアナ……もう体は大丈夫なのか?」

「えっ、あ、はい。昨日ゆっくり休んだので、もう大丈夫です」

「そうか。無理をさせたな……すまない」

 申し訳なさそうに眉を下げるアルク。リリアナは彼が、病弱な娘を街に連れ出して寝込ませてしまったことに、罪悪感を抱いているのだろうと思った。


「本当に気にしないでくださ、」

「あれ~? 兄さん、何をどうやって無理させたのかな~?」

「セ、セシル殿下! 昼間からなんてことを!」

「……ちょっと待って。僕、変なことは言ってないよね?」

「う」

「何を想像したのかな? 夜ならいいこと? ねえ」

「あ」


 ……愉快な二人だ。

 アルクとリリアナは思わず互いの顔を見合わせ、笑った。



 ――秋の涼やかな日差しが、黄褐色の芝生を柔らかく照らす。

 具材たっぷりのサンドウィッチに、しっとり甘い蜂蜜ケーキ。

 賑やかな友人と、特別な人。



(全部、わたしとは無関係なもの)

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