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第1話:草原

どこまでも続く一本道。道の両脇には、背の低い草原が風に揺れている。かつて旅を始めた北の国々の険しい山脈や深い針葉樹林の面影はなく、空は高く、陽光は肌を刺すほどに暖かい。二人が南へ向かい始めてから、季節が何度か巡った。


道を歩むのは、一組の少年と少女。


少年は、ゴウ。母譲りの銀髪を無造作に伸ばし、父から受け継いだ黒い瞳は、世界のすべてを知りたいとでも言うように好奇心で輝いている。背には年季の入った剣を一本。旅慣れた軽装の下には、数多の修羅場を越えてきたであろう、しなやかで強靭な身体が隠されている。母から受け継いだ力と、父が授けてくれた知識。その両輪を以て、彼はこの世界の果てを目指している。


少女は、イオ。陽に焼かれた褐色の肌に映える、純白の衣。動きやすさを重視しているため軽装で、そのため豊かな胸のラインが際立つ。腰には様々な素材の入ったポーチが揺れ、その中には彼女が道中で集めた鉱石や植物、そして用途不明のガラクタが詰まっている。彼女の武器は、万象を解き明かす知恵。そして、その知恵のすべては、今や隣を歩く少年ただ一人に向けられている。


「腹減ったなー!なあイオ、次の街に着いたら、絶対美味いもん食おうぜ!南の方の肉料理って、香辛料がすげえんだろ?」


「フン、君の思考は常に食欲に直結しているな。単純明快で実にわかりやすい」


言いながら、イオはごく自然な動作でゴウの腕に自分の腕を絡め、ぐっと体を密着させた。豊かな胸の感触が、ゴウの腕に柔らかく押し付けられる。


「うおっ!?ちょ、イオ、歩きにくいって!」


「何を言うか。こうして密着することで、互いの体温変化や筋肉の動きから、より詳細な情報を得られる。実に効率的だろう?」


「そういう理屈っぽいのはいいから!」


ゴウが慌てて腕を引こうとしても、イオはまるで蔓のようにしなやかに、しかし決して離れない力で絡みついたままだ。彼女はゴウの肩口に自分の頬をすり寄せ、うっとりとした表情で呟く。


「それにしても、世界の果て、か…。実に非論理的で、詩的な響きだ。この星が球体である以上、始まりもなければ終わりもない。物理的な『果て』など存在しないのが道理だが…」


「理屈じゃねえんだよ!俺は、父さんの古文書で読んだんだ。『世界の最南端には、空から大地へ流れ落ちる、光の滝がある』ってな。それがどんな景色なのか、この目で見てみたいんだ!それだけさ!」


ゴウが熱っぽく語ると、イオは心底楽しそうに喉を鳴らした。


「フッ、素晴らしい!根拠もなければ、確証もない。ただ『見てみたい』という純粋な欲求のためだけに、世界のすべてを敵に回すことも厭わない。その単純さが、その愚かさが、君の最も輝いているところだ!」


「褒めてんのか貶してんのか、わかんねえよ!」


「もちろん、褒めているに決まっているだろう」


イオは絡めていた腕を解くと、今度はゴウの正面に回り込み、彼の両肩を掴んだ。真剣な眼差しが、ゴウの瞳を射抜く。


「ゴウ。君が世界の果てを目指すというのなら、私も行こう。君のその瞳が、世界の真理を映し出すその瞬間を、私は誰よりも近くで見届けたい。君が道に迷えば、私の知恵が君を導こう。君が敵に阻まれれば、君の力が道を切り拓く。完璧な組み合わせだとは思わないかね?」


「お、おう…」


「君が『見たい』と願うなら、私に見えないものはない。君が『行きたい』と望むなら、私に行けない場所はない。君という存在の全てを、この私、イオが肯定してやろう!」


一方的に宣言し、満足したように頷くと、イオは再びゴウの隣に並んで歩き始めた。その横顔は、先程までの過剰なスキンシップが嘘のように、ただ静かで理知的な光を宿している。


(…本当、調子のいいやつだな)


ゴウは苦笑しながら、自分の胸が少しだけ熱くなっているのを感じていた。

理屈屋で、すぐにひっついてくる、ちょっと変わった少女。だが、彼女が隣にいると、どんな困難も乗り越えられるような気がした。


「よし!行くぜ、イオ!世界の果てへ!」


「ああ。まずは、君の胃袋を満たせる次の街まで、だがな」


そんな無駄話を続けているうちに、道の先に陽炎のように揺らめく街の姿が見えてきた。日干し煉瓦で造られた、白壁の街並みだ。


「見ろよイオ!街だ!これでやっと美味い飯にありつけるぜ!」


「ほう…建築様式が北方のものとは明らかに異なるな。強い日差しと乾燥した気候に適応した結果か。実に興味深い」


活気のある市場を抜け、二人は香辛料の匂いが食欲をそそる食堂に腰を下ろした。


「さあ、ゴウ!まずはこの肉から食べてみろ!この赤い香辛料は、舌の味蕾を刺激し、唾液の分泌を促進させる効果があるはずだ。さあ、あーん」


「自分で食えるって!子ども扱いすんな!」


ゴウが照れながらも、イオが差し出す肉を口に運ぶ。そんな二人のやり取りが繰り広げられる中、隣の席に座っていた屈強な傭兵たちの会話が、ふと耳に飛び込んできた。


「おい、聞いたか?南の大砂漠、『シン・デザール』の奥にあるっていう『陽炎のオアシス』の話をよ」


「ああ、幻のオアシスだろ?なんでもそこにしか咲かない『月光花』ってのが、どんな病も治す万能薬になるって噂じゃねえか」


「だがな、砂漠には巨大なサンドワームがうじゃうじゃいるし、オアシスへの道は古代の幻術で守られてるって話だ。宝目当てで行った奴らは、誰一人として生きて帰ってこねえよ」


その言葉に、ゴウの動きがピタリと止まった。


「…どんな病も治す花…」


ゴウは傭兵たちの方へ向き直ると、目を輝かせて声をかけた。


「なあ、おっさんたち!その陽炎のオアシスの話、もっと詳しく聞かせてくれよ!」


最初は訝しんでいた傭兵たちも、ゴウの純粋な好奇心に気圧されたのか、知っている限りの情報を話してくれた。それは、まさしく冒険譚そのものだった。幻術にかかり同じ場所をさまよい続けた者の話、巨大なサンドワームに飲み込まれた隊商の話、そして、一瞬だけオアシスの姿を見たという老人の話。


すべての話を聞き終えたゴウは、肉の串をテーブルにドンと置き、決意の表情でイオを見た。


「決めたぜ、イオ!」


「フッ、言うまでもない。君のその顔を見れば、次に何を言い出すかなど、手に取るようにわかる」


イオは楽しそうに微笑む。


「世界の果てに向かう前に、寄り道だ!その『陽炎のオアシス』とやらを、見に行こうぜ!」


「賛成だ。月光花、幻術、巨大生物…。私の知的好奇心をくすぐる要素が満載だからな」


イオはそう言って立ち上がると、ゴウの隣にぴったりと寄り添い、再び腕を組んだ。そして、彼の耳元で囁く。


「それに…君が困難に立ち向かう姿を、この目でもっと見てみたい。君の強さと知識が、私の知恵と合わさった時、どんな未来が待っているのか…。考えるだけで、胸が高鳴るのを止められないのだ」


その熱のこもった言葉と吐息に、ゴウの顔が真っ赤になる。


「わ、わかったから!ひっつくな!」


ゴウとイオの、世界の果てを目指す旅。その最初の目的地は、生きては戻れぬと噂される、灼熱砂漠の先にある幻のオアシスに決まった。

彼らの前には、一体どんな困難と発見が待ち受けているのだろうか。

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