4.マンドラゴラで髪が生える!驚異の育毛法!
「それじゃあ、行きましょうか」
「は、はい……こっちです……」
俺は立ち上がり、メリーに向かって言った。
メリーが震える声で答え、俺たちを先導し始める。
部屋を出て、廊下を歩く。
隣の部屋までは、わずか数メートルの距離だ。
「あの、この辺りは比較的静かな住宅街でして……普段はとても住みやすいんです……」
「ああ、確かに落ち着いた雰囲気だな」
街灯が柔らかく道を照らしていて、夜の空気が心地よい。
こういう場所で暮らせたら、さぞかし平穏な日々を——
「——ギャアアアアアアアアアアア!!」
「うわああああああ!!」
突然の絶叫に、俺は思わず耳を塞いだ。
近い!さっきより遥かに近い!
壁越しに聞こえていた時とは比較にならないほどの音量だ!
「い、痛い……頭が割れそう……」
ペルフィが両手で耳を押さえ、顔を歪めている。
「ペルフィ!?」
「う、うるさい……うるさすぎる……」
彼女の様子が明らかにおかしい。
顔面蒼白で、今にも倒れそうだ。
「おい、大丈夫かよ!?」
「大丈夫じゃないよ!エルフの耳は人間より敏感なの!この音量、あんたたちの三倍くらいに聞こえてるのよ!」
三倍!?
それ、完全に拷問じゃないか!
「エルス!早く隔音魔法を!」
「隔音魔法は効きませんわ!さっき言ったじゃないですか!」
「あ、そういえば……」
くそ!どうすりゃいいんだ!
ペルフィはもう限界寸前だ。
このままじゃ、隣人と交渉する前に、こっちが全滅する!
何か方法は……何か……!
そうだ——前世で使っていた、あれだ。
ノイズキャンセリングヘッドホン。
ノイズキャンセリング機能。
あれは、外部の音を拾って、逆位相の音波を生成することで、音を打ち消す仕組みだった。
魔法でも、同じことができるんじゃないか?
隔音魔法がダメなら、音そのものを消せばいい!
いや、待て。
原理とか、そんな難しいこと考える必要あるか?
魔法ってのは、結果が全てだろ。
細かいメカニズムなんて、どうでもいい。
「よし……!」
俺は両手を前に突き出し、叫んだ。
『ノイズキャンセリング!!』
パァッ!
俺の手から光が放たれた。
そして——
「——…………」
世界が、静まり返った。
「お、おお……!?」
さっきまで耳を劈いていた叫び声が、嘘のように消えた。
いや、完全に消えたわけじゃない。
微かに、遠くで何かが鳴いているような気配はある。
でも、もう苦痛を感じるレベルじゃない。
「但馬さん!これは一体!?」
「ノイズキャンセリングだ。音を別の音で相殺する魔法……って言っても、俺もよく分かってないけどな」
「すごいです!こんな魔法、初めて見ました!」
エルスが目を輝かせている。
「ペルフィ、お前は大丈夫か?」
「う、うん……ちょっとまだ……耳鳴りが……」
ペルフィは相変わらず耳を押さえていた。
って、おい。
「お前、まだ聞こえてんのかよ!?」
「だ、だって……エルフの耳、敏感なのよ……あんたたちには聞こえなくても、私にはまだ……うぅ……」
マジかよ!
せっかく魔法使ったのに、完全には効いてないのか!
「仕方ない、急ぐぞ!」
「そ、そうですわね!早く隣人を止めないと!」
俺たちは急いで隣の部屋へ向かった。
メリーが震える手で、ドアを指差す。
「こ、ここです……」
見ると、古びた木製のドアがあった。
表札には「ガルバ」と書かれている。
よし、ここだな。
「ペルフィ、お前は大丈夫か?歩けるか?」
「だ、大丈夫よ……ちょっと、頭痛いだけ……」
全然大丈夫じゃなさそうだな。
「仕方ない……」
俺はペルフィの横に立ち、両手で彼女の耳を覆った。
「!?」
「ちょ、ちょっと!何すんのよ、タンタン!」
「うるせえ!我慢しろ!少しでも音を遮らないと、お前が倒れるだろうが!」
「で、でも……ん……!」
ペルフィの体が、ビクンと震えた。
「な、何だよ……?」
「や、やめて……は、はぁ……」
「は?」
ち、ちょっと!?なんだこの状況!?
やばい……
「耳、触らないで……」
「え、え?」
「エルフの耳は……敏感なの……そんなに触られたら……んっ……!」
おい、なんか変な声出すな!
「ちょ、お前……!」
「だ、だって……くすぐったいのよ……!」
ペルフィの顔が真っ赤になり、体がくねくねと動き始めた。
「っていうか、これ、エルフ特有の弱点なのかよ!??」
「そ、そうよ!エルフの耳は急所なの!だから、普通は触らせないのよ!」
「じゃあ最初に言えよ!!」
「言う暇なかったでしょうが!!」
くそ……こんな時に余計な情報を……!
だが、今は仕方ない。
ペルフィが音でやられるよりはマシだ。
「と、とにかく!我慢しろ!すぐに終わらせるから!」
「う、うぅ……分かったわよ……」
ペルフィは渋々頷いた。
「それでは、まずはノックを——」
エルスがそう言いかけた、その時。
ドゴォッ!!
「ぎゃああああ!?」
突然の轟音に、俺は飛び上がった。
見ると——
ドアが、完全に吹き飛んでいた。
「な、何!?」
「ペルフィ!?」
「出てこいやああああ痛っっっ!!」
ペルフィが片足で立ち、もう片方の足を押さえて跳ねていた。
「……今、何した……?」
「だ、だって……イライラしてたから……蹴っちゃった……」
「蹴っちゃったって……!」
ドアが木っ端微塵になってるんだが!?
「っていうか、お前、途中で叫び方変わっただろ!最初は威勢よかったのに!」
「う、うるさいわね!足の指、ぶつけたのよ!痛いのよ!」
ああ、そういうことか。
確かに、最初の「出てこいや」は迫力満点だったけど、途中から「痛っっっ」に変わってたもんな。
「メリーさん、ドア代、後で請求しといてくれ……」
「あ、は、はい……」
メリーが呆然とした顔で頷く。
「それより、中に入るわよ!」
ペルフィが足を引きずりながら、ドアの奥へ進んでいく。
「おい、待てって!」
俺たちも慌てて後を追った。
部屋の中は——
「うわ……なんだこりゃ……」
想像以上に、カオスだった。
壁一面に、謎の器具や薬品の瓶が並んでいる。
床には魔法陣らしきものが描かれていて、天井からは乾燥した植物が吊るされている。
「これ、完全に錬金術師の研究室じゃないか……」
「ええ……それも、かなり本格的な……」
エルスが驚いた顔で周囲を見渡す。
俺たちはさらに奥へと進んだ。
廊下を抜けると、さらに奥に部屋があった。
その部屋のドアの前で——
「う……もう……ダメ……」
ペルフィが膝をついた。
「ペルフィ!」
「ご、ごめん……やっぱり、まだ……聞こえる……頭が……割れそう……」
くそ、やっぱりダメか!
俺のノイズキャンセリングでも、ペルフィの敏感な耳には不十分なのか。
「分かった!お前はここで待ってろ!」
「で、でも……」
「いいから!これ以上無理したら、本当に倒れるぞ!」
俺はペルフィを廊下の隅に座らせた。
「タンタン……ごめんね……」
「謝んな。お前のせいじゃない」
俺はペルフィの頭をポンポンと叩いて、立ち上がった。
「エルス、行くぞ」
「はい!」
俺たちは最後の部屋のドアの前に立った。
「メリーさん、ここで待っててくれ」
「は、はい……」
深呼吸をして、覚悟を決める。
そして——
ガチャリ。
ドアを開けた。
部屋の中には——
「……は?」
俺は、思わず間抜けな声を出した。
そこにいたのは、明らかに禿げ上がった中年男性だった。
髪は完全にトップが消失していて、サイドと後頭部にわずかに残っているだけ。
いわゆる、「バーコードハゲ」の一歩手前、といった感じだ。
そして、その男——おそらくガルバだろう——は、部屋の隅でしゃがみ込み、何かを見つめていた。
まるで、チャンスを待っているかのように。
「おい!」
俺は大声で呼びかけた。
だが——
「……」
反応がない。
男は微動だにせず、ただじっと、目の前の何かに集中している。
「おい!聞こえてんのか!?」
もう一度叫んだが、やはり反応はなかった。
「但馬さん、無駄ですわ。あれを見てください」
エルスが指差した先には——
男の耳に、何か丸い物体が詰め込まれていた。
耳栓か!
「あの野郎……自分は耳栓して、周りには迷惑かけ放題かよ!」
ムカつく!
だが、今はそれどころじゃない。
男の手元を見て、俺は息を呑んだ。
「あれは……」
土から、何かが生えている。
それは——人間の赤ん坊のような形をした、例の植物だった。
マンドラゴラだ。
男はゆっくりと、その根を掴んだ。
そして——
ズルッ!
土から引き抜いた。
「——ギャアアアアアアアアア!!」
「うわあああああ!!」
至近距離での叫び声は、俺のノイズキャンセリング魔法でも完全には防げない!
耳が痛い!頭が割れそうだ!
だが、男は平然としていた。
耳栓のおかげで、何も聞こえていないのだろう。
彼はマンドラゴラを掴んだまま、テーブルの上に置かれたナイフを手に取り——
ザシュッ!
躊躇なく、根元を切断した。
「!?」
叫び声が、ピタリと止まった。
男はその切断されたマンドラゴラを、横にある容器に放り込んだ。
容器の中を見ると——
すでに、大量のマンドラゴラが詰め込まれていた。
十本、いや、二十本以上はあるだろうか。
全て、同じように根元で切断されている。
「何なんだよ、これ……一体、どういうつもりなんだ……」
俺は呆然と呟いた。
こんなに大量のマンドラゴラを、一体何に使うつもりなんだ?
まさか、売るのか?
いや、違う。
もし売るつもりなら、もっと丁寧に扱うはずだ。
こんな雑な扱い方はしない。
じゃあ、何だ?
「但馬さん」
エルスが、容器の横に置かれた本を指差した。
「あれを見てください」
俺は目を凝らす。
本のタイトルには、こう書かれていた。
『完全保存版!マンドラゴラで髪が生える!驚異の育毛法!』
「……は?」
「これは……」
エルスが本を手に取り、ページをめくる。
そして、深くため息をついた。
「やはり……これは、脱毛症の治療ですわ」
「脱毛症……?」
「ええ。この男性、マンドラゴラを使って、髪を生やそうとしているのです」




