2.俺たちが直接乗り込む!
結局、俺たちはメリーをそのまま寝かせることにした。
もう仕方ない。これ以上起こし続けても、彼女の意識が飛ぶだけだ。
「でも、このまま放置していいんですか?」
「仕方ないだろ。見ろよ、あの寝顔。完全に限界だぞ」
メリーはソファの上で、小さな体を丸めて眠っていた。寝息は規則正しく、まるで子猫のようだ。
ああ、これは完全に睡眠負債が溜まってるパターンだな。
隣人トラブルがどうこう以前に、まずは寝かせてやらないと、彼女の体が持たない。
「タンタン、優しいのね」
「別に……常識的な判断をしてるだけだ」
ペルフィがニヤニヤしながらこっちを見てくる。
やめろ。そういう目で見るな。
俺は照れ隠しに咳払いをして、話題を変えた。
「それよりも、どうするんだよ。このままじゃ何も進まないぞ」
「そうですわね……」
エルスが腕を組んで考え込む。
そして、三十分ほど経っただろうか。
メリーがゆっくりと目を開けた。
「……あれ?私、寝てました?」
「ああ、爆睡してたぞ」
「すみません……」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、気にすんな。むしろ必要な休息だったろ」
「それに、今なら少しは頭が働くでしょう?」
エルスが優しく微笑む。
「はい……少し、楽になりました」
よし、それなら——
「エルス、何か飲み物でも出してやれよ」
「あ、そうですわね!メリーさん、コーヒーはお好きですか?」
「あ、はい……ラテが好きです。砂糖入りの……」
「まあ!私と同じですわ!」
エルスの目がキラキラと輝いた。
ああ、これは地雷を踏んだな。エルスの「砂糖入りコーヒー布教モード」が発動する。
「それでは、最高級の魔法ラテをお召し上がりいただきましょう!」
そう言って、エルスは両手を掲げた。
「来たれ、甘美なる至高の一杯よ!『スイート・ラテ・デリバリー』!」
パァッ!
光が弾け、テーブルの上に湯気の立つカップが出現した。
「どうぞ、メリーさん」
「あ、ありがとうございます……」
メリーは恐る恐るカップを手に取り、一口飲んだ。
「……美味しい」
まあ、こういう時くらいは褒めておくか。
「で、メリーさん。少し落ち着いたところで、もう一度相談内容を整理しようと思うんだけど——」
「待って、タンタン。その前に、ひとつ聞きたいことがあるの」
「何だよ?」
「メリーさんは、本当に怖いのは何?」
「え……?」
メリーが戸惑った表情を浮かべる。
「だって、隣人が怖いって言うけど、具体的に何が怖いのかって、まだちゃんと聞いてないじゃない」
ペルフィの指摘は、確かに的を射ていた。
俺たちは「隣人が威圧的で怖い」という情報しか得ていない。
でも、怖さにもいろいろある。
暴力が怖いのか、言葉が怖いのか、それとも——
「あ、あの……その……殴られそうで、怖いんです」
メリーは俯いて、小さな声で答えた。
「殴られそう?実際に殴られたことは?」
「いえ……でも、すごく大きな声で怒鳴られて……それで、その……」
「分かった、分かった。無理に話さなくていいぞ」
トラウマを掘り返すのは逆効果だ。
ペルフィが結論を出す:
「つまり、物理的な暴力が怖いってことね?だったら、話は簡単よ」
「簡単?」
「ええ。メリーさん、あんた魔法は使える?」
「あ、はい……一応、画家なので『カーラー魔法』とか、『固定魔法』とかは……」
「戦闘魔法は?」
「む、無理です……そんな恐ろしいもの……」
「だったら、教えてあげるわ!」
嫌な予感がする。
「ちょっと待て、ペルフィ。お前、まさか——」
「大丈夫よ、タンタン。ちょっとした護身術みたいなものよ」
「護身術……?」
信用できねえ。
だが、ペルフィはすでにメリーの横に座っていた。
「いい?メリーさん。あんたが隣人を恐れてるのは、相手の方が強いからでしょ?」
「は、はい……」
「だったら、あんたも強くなればいいのよ」
「で、でも……私、か弱いですし……」
「関係ないわ。魔法があれば、誰だって強くなれるの」
そう言って、ペルフィはメリーの耳元で何かを囁き始めた。
嫌な……予感……
「まず、こう唱えるの。『メテオ——」
「待て待て待て待て!!」
「何すんのよ、タンタン!」
「何すんのよじゃねえよ!!お前、今メテオって言ったよな!?あの、空から隕石が降ってくるやつだよな!?」
「そうよ。一発で相手を黙らせられるわ」
「黙らせるどころか、消滅するだろうが!!」
「大丈夫よ。威力を抑えれば——」
「抑えても無理だから!!っていうか、そもそも住宅街で使ったら逮捕されるだろ!!」
「あら、そうなの?」
本気で知らなかったのかよ、こいつ!!
「エルス!お前もなんか言ってやれよ!」
「あ、はい。ペルフィさん、それはさすがにまずいですわ。せめて『ファイアボール』とか——」
「それもダメだろうが!!」
なんでこいつら、すぐに戦闘魔法に走るんだよ!
「あの……すみません……私、やっぱり戦うのは無理そうです……」
そりゃそうだろうな。
俺はメリーの華奢な体つきをもう一度見た。
身長は150センチもないだろう。手足も細く、どう見ても戦闘向きじゃない。
いや、待てよ。
そもそも、なんで戦う前提で話が進んでるんだ?
「お前ら、ちょっと待て!そもそも、メリーさんが戦う必要なんてないだろ。隣人と話し合うのが目的なんだから」
「でも、タンタン。話し合いが通じない相手だったら?」
「その時は……」
確かに、話し合いが通じない相手というのは存在する。
それに、メリーはすでに恐怖でまともに話すこともできない状態だ。
どれだけロールプレイングで練習しても、本番で頭が真っ白になるだろう。
「……くそ、どうすりゃいいんだよ」
心理カウンセリングの限界を感じる。
メンタルを強化するだけじゃ、根本的な解決にはならない。
その時、メリーがぽつりと呟いた:
「……すみません、私のせいで……」
「あ、いや、そういうわけじゃ——」
「私、本当に駄目な人間で……何もできなくて……いつもこうやって、周りに迷惑ばかりかけて……」
ああ、ダメだ。
これは完全に自己否定のループに入ってる。
睡眠不足と慢性的なストレスで、メリーの精神状態はかなり危ない。
神経衰弱の一歩手前、いや、もう片足突っ込んでるかもしれない。
俺はメリーの震える肩を見て、胸が締め付けられる思いがした。
……こんな小さな女の子が、毎晩眠れずに怯えて過ごしてるなんて。そして、助けを求めて俺たちのところに来たのに、俺たちは何もできていない。
「……もういい」
俺は立ち上がった。
「タンタン?」
「もういい!俺たちが直接乗り込む!」
「え?」
「メリーさんに無理をさせるより、俺たちが直接、隣人と交渉する。それが一番早いし、確実だ」
「で、でも……」
「いいんだよ。これは、もうカウンセリングの範疇を超えてる。メリーさん、俺たちに任せてくれるか?」
「……本当に、いいんですか?」
メリーが不安そうに尋ねる。
「ああ。安心しろ。俺たちはプロだ」
プロって言っても、何のプロなのか自分でもよく分かってないけどな。
「タンタン、かっこいいじゃない」
「まあ、たまには男らしいところを見せないとね」
「うるせえ」
俺は照れ隠しにそっぽを向いた。
「それでは、早速向かいましょうか」
エルスが立ち上がる。
「あ、でも……隣人がいつマンドラゴラの世話をしてるか分からないですよね?」
「そうだな……メリーさん、いつも叫び声が聞こえるのは何時頃だ?」
「夜……だいたい十時過ぎです……」
「じゃあ、その時間に合わせて張り込むか」
「張り込み!?」
「ああ。メリーさんの家で待機して、叫び声が聞こえたら即座に乗り込む。現行犯で押さえれば、言い逃れもできないだろ」
「なるほど……名案ですわね」
エルスが感心したように頷く。
こうして、俺たちはメリーの家に向かうことになった。




