25.また、来てください!吾の、友人たちよ
「……なんとか、あのクラークを騙せたな」
「騙すとか言わないでください!正当な検査妨害です!」
「それはそうですけど……にしても、意外とチョロかったな、あいつ。コーヒーの話題出したらキレるとか、どんだけ単純なんだよ」
「単純って言うより、純粋なんじゃないですか?悪い意味で」
「どっちにしろバカってことだろ」
三人で安堵のため息をついていると、それまで黙っていたゴルドリックが不意に口を開いた。
「えー、そういえばよ、そのデュラハンのことなんだが」
「え?あ、吾、吾のことでしょうか!?」
突然話を振られたデュランが驚いたように声を上げた。案の定、その頭が再びぐらりと揺れる。
ああ、また落ちるぞこれ。
「おう。さっき聞いた話だとよ、お前、金属と会話できるのか?」
「あ、は、はい……一応、その……」
……一応ってなんだよ一応って
「ええ、デュランさんは確かに金属と対話する能力をお持ちです。それで先ほども私たちを助けてくださいましたし」
「そうそう。あの教会の魔法炉と話したのもこいつだからな」
ペルフィが親指でデュランを指しながら、ゴルドリックに簡単に説明する。憂鬱症を患った魔法炉を相手に、デュランが必死に対話を試みた一連の騒動を、できるだけ短く──まあ、それでもペルフィの隕石術で炉を破壊した部分は省略して──語った。
「ほう……」
ゴルドリックは感心したように唸ると、デュランの方を見た。
「それで、お前さん、今は職に就いてないんだってな?」
「あ、は、はい……その、先日、教会の方を、解雇、されまして……」
しおれたように答えるデュラン。その頭がまたぐらつく。
「なら、ちょうどいい。うちで働かねえか?」
「へ?」
デュランの頭が──物理的に──止まった。
「いや、だってよ。お前、呪い魔法が使えるんだろ?万が一またあんな検査官が来た時、武器に一時的に呪いをかけられりゃあ助かる。それによ……金属と話せるってのは、鍛冶師にとっちゃあ垂涎もんの能力だぜ。武器の声が聞けるなんてよ、夢みてえな話じゃねえか」
「え、あ、その……」
デュランは明らかに動揺している。というか、頭がもう限界まで傾いている。
ああ、これ絶対断ろうとしてるな。
教会をクビになった時も、デュランは何も抵抗しなかったらしい。コミュ障と自己肯定感の低さが合わさると、こういう時にチャンスを自分から手放しちまうんだよな。
「おい、デュラン」
「は、はい!?」
「正念しろ」
「正念……?」
「正念だよ正念!ああ、マインドフルネス!今ここに意識を向けろ!」
エルスも慌てて加勢する。
「そ、そうです!深呼吸して、自分の感覚に集中するんです!」
「タンタン、あんた本当にそればっかりだな」
ペルフィが呆れたように言うが、その目は真剣だ。
「デュラン、お前なら大丈夫だって。自分を信じろよ」
「ペルフィさん……」
デュランはぐらぐらと揺れていた頭を、両手でしっかりと掴んだ。
深く、深く息を吸う。
吐く。
もう一度、吸って、吐いて。
その頭が、少しずつ、安定していく。
「……ゴルドリックさん」
「おう?」
デュランは──頭を両手でしっかりと支えたまま──ゴルドリックの方を向いた。
「吾は……その、頭が、よく落ちますし……緊張すると、何も喋れなくなりますし……不器用で、お役に立てるか、分かりませんが……」
ああ、やっぱり断るのか。
そう思った瞬間。
「──でも!」
デュランの声が、はっきりと響いた。
「吾は、このお仕事、お受けしたいです!」
「……!」
俺とエルスとペルフィは、思わず顔を見合わせた。
次の瞬間、三人とも満面の笑みを浮かべていた。
「成功しましたね!但馬さん!」
「タンタンまた一人、上手いこと騙……もとい、治療したわね!まあ、人間じゃなくてアンデッドだけど」
「騙すって言うなよ……」
まあ、悪い気分じゃないな。
「よっしゃ!じゃあ決まりだな!」
ゴルドリックが豪快に笑いながら、デュランの肩──というか鎧──を叩く。
「それでよ、報酬の話なんだが」
「報酬?」
「ああ。今日の一件、お前らがいなきゃ俺の店は終わってた。それに、デュランをうちに紹介してくれた礼もある」
ゴルドリックはそう言うと、懐から革袋を取り出した。
じゃらん、と重たい音がする。
「これ、50金貨だ。受け取ってくれ」
「ご、ごじゅ……!?」
エルスの声が裏返る。
ペルフィも目を丸くしている。
俺だって驚いた。50金貨って、一般的な冒険者の月給くらいの額だぞ。
「いや、そんな、貰いすぎですって……」
「遠慮すんな。これでも足りねえくらいだ」
ゴルドリックは有無を言わさず、俺の手に革袋を押し付けた。
ずっしりとした重み。
これが……金の重みか。
「……ありがとうございます」
俺は素直に頭を下げた。
エルスとペルフィも、慌てて頭を下げる。
「じゃあ、俺たちはこれで」
「おう、気をつけてな」
店を出ようとしたその時、背後からか細い声が聞こえた。
「あ、あの……!」
振り返ると、デュランが頭を両手で支えたまま、こちらを見ていた。
「……ま、また、来てください……吾の、友人たちよ」
……
……そう、ね。友人……か。
「おう!」
俺たち三人は、声を揃えて答えた。
デュランの頭が、少しだけ、嬉しそうに揺れた気がした。
……
「さーて、金も入ったし、今日はパーッと──」
「ゴールデンアップルパイですね!」
「いや待て」
ペルフィの提案を即座にエルスが乗っ取り、俺が止める。いつもの流れだ。
夕暮れの街を歩きながら、俺たちは店への帰路についていた。
今日は色々あったが、まあ、悪くない一日だったな。
デュランも仕事が見つかったし、俺たちも報酬を手に入れた。
何より──
「なあ、お前ら」
「ん?」
「なんだよタンタン、改まって」
「いや……なんか、最近、上手くいってる気がしてさ」
エルスとペルフィが、きょとんとした顔でこちらを見る。
「最初はどうなることかと思ったけど、案外、俺たち、いいチームなのかもな」
「……ふふっ!当然じゃないですか。私たちは──」
「ポンコツ女神と、口の悪いツンデレと、ニセモノ心理カウンセラーのトリオだからな」
「最後まで言わせてください!」
「つーか全部悪口じゃねえか!」
三人で笑いながら、俺たちはカウンセリング店への道を歩く。
そして──
「……あれ?」
店の前に差し掛かった時、俺たちは足を止めた。
「なんだありゃ……」
店の前に、人だかりができていた。
いや、人だかりなんて生易しいもんじゃない。
ざっと見ても二十人以上はいるだろうか。
「おい、どうなってんだこれ……」
「あ!カウンセリング店の先生たちだ!」
誰かが俺たちに気づいて声を上げた。
途端、人々の視線が一斉にこちらを向く。
「クラーク執行官を言いくるめたって本当ですか!?」
「祭りでのあれ、すごかったです!」
「私も心理相談、受けたいんですけど!」
わらわらと人が集まってくる。
「え、ちょ、ちょっと!?」
エルスが慌てる。
ペルフィも明らかに困惑している。
というか、なんだこれ。
俺たちがクラークを騙……もといやり過ごしたことも、祭りでの頭サーカス団の一件も、全部見られてたのか?
「あ、そういえばドリアが宣伝してくれるって言ってましたね……」
エルスが小声で呟く。
まさかこんなに効果があるとは。
「先生!私の悩みも聞いてください!」
「僕も!」
「私も相談したいことが!」
次々と声がかかる。
俺は──金貨の入った革袋の重みを感じながら──思わず笑みを浮かべた。
客だ。
大量の、客だ。
これだけいれば、当分は金に困らないぞ。
「……よし」
俺は一歩前に出ると、できるだけ穏やかな笑顔を作って言った。
「申し訳ございません!本日は臨時休業とさせていただきます!」
「ええっ!?」
「実は、友人との約束がありまして!」
そう言いながら、俺は懐から手帳を取り出した。
こういう時のために買っておいたやつだ。
「ご相談を希望される方は、こちらに予約をお願いします!後日、順番にご対応させていただきますので!」
「「「おおー!」」」
人々が感心したように声を上げる。
ペルフィが小声で言う。
「タンタン、あんた友人なんていたっけ?」
「デュランだよデュラン。『また来てください』って言われたんだから、行かなきゃだろ」
「……ふん、まあいいけど」
ペルフィはそっぽを向くが、その口元は微かに笑っている。
エルスも嬉しそうに頷いた。
「そうですね。デュランさん、きっと待っててくれますよ」
予約の受付を済ませると、俺たちは再び武器屋へと向かって歩き出した。
革袋の中で金貨がちゃりんと鳴る。
手帳には、びっしりと予約の名前が書き込まれている。
「……なあ」
「どうした但馬さん?」
「なんか、俺たち、本当にカウンセラーっぽくなってきてないか?」
「今更何言ってんのよ」
ペルフィが呆れたように言う。
「あんたたち、最初からカウンセラーだったでしょうが」
「いや、俺、心理学の知識ゼロだぞ?」
「私も女神なのに魔法失敗ばかりです」
「あたしも元冒険者で心理学なんて分かんないわよ」
三人で顔を見合わせる。
そして──
「「「まあ、いっか」」」




