21.ドワーフの職人魂
「それで——結局、俺たちはどうするんだ?」
「え? どうするって……当然、助けてあげるんでしょう?」
ペルフィが、当たり前のように言った。
「……いや、待て。落ち着いて考えろよ。俺たちが手を出して、本当に大丈夫なのか? 昨日、クラークと大騒ぎしたばかりだぞ。これ以上目立ったら、マジで国から追われることになるかもしれないぞ」
「で、でも! デュランさん、困ってるんですよ! それに、ゴルドリックさんも!」
「……お前、昨日まで散々『女神は全知全能』とか言ってたくせに、今は随分人間臭いこと言うじゃないか」
「う、うるさいわね! と、とにかく! 困ってる人を助けるのは、女神として当然の義務ですわ!」
「……お前、自分が女神だって認めたくないって言ってなかったっけ?」
「そ、それはそれ、これはこれですわ!」
……もう、どっちなんだよ。
「それに……タンタンは、ゴルドリックさんのところでアルバイトしてるんでしょう? だったら、見て見ぬふりはできないんじゃない?」
「……確かに、そうだけどさ」
俺は、再び深いため息をついた。
正直なところ、俺は関わりたくない。
何でかって?
だって、これ、明らかに国家レベルの陰謀じゃねえか。
冒険者削減計画だの、武器の品質低下だの……下手に首を突っ込んだら、俺たちまで消されるかもしれないぞ。
でも——
ゴルドリックは、一応俺の雇い主だ。
しかも、給料だってちゃんと払ってくれる。
それに、ドリアからの報酬は、まだもらえるかどうか分からない。
さらに、広場での破壊の賠償金が、いつ降りかかってくるかも分からない。
……つまり、今、俺たちには金が必要なんだ。
「……ああ、もう! 分かったよ! 行けばいいんだろ、行けば!」
「本当!? やった!」
「でも、タンタン……本当に大丈夫?」
エルスが、嬉しそうに飛び跳ねた。
ペルフィが、心配そうに尋ねた。
「……正直、大丈夫じゃない。でも——お前、昨日何て言ったっけ?」
「え?」
「『どうせ、もうトラブルを起こしちゃったんだから、今更気にしても仕方ないでしょう?』って」
「あ……」
ペルフィの顔が、少し赤くなった。
「そ、そうね……確かに、私、そう言ったわね……」
「だから、まあ……もう一回くらい、トラブルを起こしても変わらないだろ」
「あ! それ、知ってますわ!」
エルスが、突然手を上げた。
「それは、『割れ窓理論』ですわね!」
「……は?」
「つまり、一つ窓が割れてたら、他の窓も割っちゃっていいっていう効果ですわ!」
「それ、絶対に違うだろ! 割れ窓理論ってのは、『一つの秩序が破られると、他の秩序も破られやすくなる』っていう理論だろ! 『割っちゃっていい』じゃねえよ!」
「え、ええ……でも、意味的には似てるんじゃないかしら……?」
ペルフィが、困ったように言った。
「似てねえよ! まあ……確かに、『もう一回トラブルを起こしても変わらない』っていう考え方は、割れ窓理論に近いかもしれないけどさ……」
「ほら! やっぱり合ってましたわ!」
「合ってねえよ!」
……ああ、もう。
どうでもいいや。
そして、俺たちは——
俺、エルス、ペルフィ、そしてデュランの四人で、ゴルドリックの鍛冶屋に向かった。
店の前に着くと——
ドアに、「本日臨時休業」という札が掛かっていた。
「……休業?」
「でも、ドア、開いてるわよ?」
ペルフィが、ドアを指差した。
確かに、ドアには鍵がかかっていない。
中を覗くと——
ゴルドリックが、カウンターの前に座り込んで、何か考え込んでいる様子だった。
その表情は、いつもの怒鳴り散らしている時とは全く違う。
まるで、何か重い悩みを抱えているかのような——
浮かない顔だった。
「……入るか」
俺は、ドアをノックした。
コンコン。
「……ん?」
ゴルドリックが、顔を上げた。
そして、俺の姿を見ると——
「……ああ、但馬か」
いつもなら、ここで怒鳴られるはずだ。
でも、今日は違った。
ゴルドリックの声は、どこか力がなかった。
「……まあ、お前が来なかったのは、むしろ幸運だったかもしれんな。今朝、お前がいたら、巻き込まれてたかもしれん」
「……え?」
「ん? おい、何だ、その後ろの連中は」
「ああ……えっと、紹介します。こちらは——」
「あ、あの! 吾は、デュランと申します! その……以前、一度お会いしたことが……」
デュランが、恐る恐る前に出てきた。
「……ああ、お前か。頭が落ちる奴だな」
ゴルドリックが、デュランを見た。
「あれ? 今日は、頭が……浮いてるのか?」
「は、はい……その……色々ありまして……」
「ふーん……まあ、どうでもいいけどな……おい、但馬。お前、結構女にモテるんだな」
「……は?」
「だって、こんな美人を二人も連れてるじゃねえか」
……おい。
それ、どう反応すればいいんだよ。
「あ、あの……私たちは、別に……」
ペルフィの顔が、みるみる赤くなった。
「ま、まあ! 確かに、但馬さんはイケメンですから! 女性にモテるのも当然ですわ!」
……おい、お前が得意げになるな。
というか、このイケメン顔、お前が作ったんだろ。
「それで、ゴルドリックさん……一体、何があったんですか?」
「……座れ。話は長くなる」
ペルフィが、本題を切り出した。
ゴルドリックは、深いため息をついた。
「『冒険者削減計画』……それだけじゃなかったんだ。武器にも、手を出すつもりらしい」
「「「「……武器?」」」」
俺たち四人は、同時に声を上げた。
「ああ。実は、四、五日前に、通知が来てたんだ。俺たち鍛冶師全員に」
ゴルドリックが、カウンターの引き出しから一枚の紙を取り出した。
「内容は簡単だ。『今後、製造する武器の品質を、意図的に低下させろ』ってな」
「……は?」
何だよ、それ。
「品質を低下させろって……どういうことですか?」
ペルフィが、困惑した様子で尋ねた。
「そのままの意味だ。武器の戦闘力を下げろ、ってことだ」
「で、でも……どうして、そんなことを?」
「さあな。俺にも分からん。ただ、上からの命令だ、としか言われてない」
ゴルドリックは、苦々しい表情で続けた。
「もちろん、最初は誰も従わなかった。俺たち鍛冶師には、プライドがある。手抜き仕事なんて、絶対にできない」
「……それで?」
「でも、圧力がかかった。従わない者は、店を潰すって」
……
……
何だよ、この国。
完全に、おかしいだろ。
「あ、あの……ゴルドリックさん。……俺を雇った理由って、もしかして……」
「ああ。お前を雇ったのは、そのためだ」
ゴルドリックは、静かに頷いた。
「……」
「お前みたいな、鍛冶の経験がない素人を雇えば、自然と武器の品質が下がる。そうすれば、国からの命令にも従ったことになるし、俺自身の手で粗悪品を作らずに済む」
……
……
何だよ、それ。
つまり、俺は——
最初から、「武器の品質を下げるための道具」として雇われてたのか。
「……でも」
ゴルドリックが、続けた。
「俺には、できなかった」
「え?」
「いくら国の命令でも、俺には、粗悪品を世に出すことができなかった。職人の魂が、それを許さなかった」
ゴルドリックの声には、深い後悔が滲んでいた。
「だから、お前には、ほとんど武器を作らせなかった。雑用ばかりやらせて、すまなかったな」
「……いや」
俺は、首を横に振った。
「謝らないでください。むしろ、俺の方こそ……役に立てなくて、すみませんでした」
「……それに。お前、あんなに痩せてるのに、この仕事に応募してきただろう? 何か、事情があるんだろうと思ってな。だから、クビにするのも気が引けた」
……
……
ああ、そうか。
この人、見た目は怖いけど——
本当は、すごく優しい人なんだな。
俺は、今まで、この人のことを誤解してた。
「あ! も、もしかして、今朝っていうのは……」
エルスが、何かに気づいたように言った。
「ああ」
ゴルドリックが、重々しく頷いた。
「今朝、国からの野郎が来た。俺の店の武器を調べて、戦闘力がまだ高いことを知った」
「……それで?」
「一日の猶予をくれた。明日までに、全ての武器の戦闘力を下げろ、と」
「そ、そんな……」
ペルフィが、信じられないという表情を浮かべた。
「従わなかったら、店を潰すって言われた」
……
沈黙が、店内を支配した。
「……はあ。どうしてこんなことになったんだ。この国は、一体どうなってるんだ?それとも……俺が間違ってるのか? 職人の魂に固執しすぎたのか?」
「そんなことありません!」
突然、デュランが叫んだ。
「吾は……その……ゴルドリック殿の作る武器を、尊敬しております! あ、あの……吾も、以前、貴殿の作った剣を使っておりました! あれは、本当に素晴らしい剣でした!」
「そ、そうよ! ゴルドリックさんは何も間違ってない!職人の魂を貫くことは、素晴らしいことです! それを否定するなんて、絶対におかしい!」
「わ、私も! ゴルドリックさんは、何も間違ってませんわ!」
俺も——
「……ゴルドリックさんは、正しいです。品質を落とすなんて、絶対に間違ってます。ゴルドリックさんの判断は、正しかった」
「……」
ゴルドリックは、俺たちを見つめた。
そして——
「……お前ら、何でこんなに必死なんだ? 別に、お前らには関係ないだろう」
「いえ、関係あります。だって、俺、ここでアルバイトしてますから」
「……但馬」
「それに——」
俺は、少し恥ずかしそうに続けた。
「実は、俺たちの本業……心理カウンセリング店なんです」
「……心理カウンセリング?」
「ええ。だから、困ってる人を助けるのは、まあ……職業病みたいなものですかね」
「職業病……か」
ゴルドリックが、少し笑った。
「……そういえば、お前ら」
突然、ゴルドリックの表情が変わった。
「昨日の夜、広場で『頭マジック』とかいうのをやってた連中じゃないか?」
「……え?」
ああ、やばい。
身バレした。
「それに、国家執行官と戦ってた連中だろう?」
「……ま、まあ、そうですけど」
「……ふーん」
「でも、不思議だな。あれだけ派手にやったのに、お前ら、まだ捕まってないのか」
「え、ええ……それが、私たちも不思議なんですけど。追っ手も来ないし、逮捕状も届かないし……」
ペルフィが、困ったように言った。
「ああ、それな」
ゴルドリックが、あっさりと言った。
「多分、みんな様子見してるんだろう」
「様子見?」
「ああ。お前らに興味はあるけど、執行官に睨まれるのも怖い。だから、どっちにつくか決めかねて、静観してるんだ」
「……なるほど」
確かに、それなら説明がつく。
「それで、もしかしたら——」
ゴルドリックが、小声で何かを呟いた。
しかし、その言葉は、俺たちには聞こえなかった。
「……ん?」
その時——
デュランが、カウンターの上にあった剣を手に取った。
「……ふむ。やはり、ゴルドリック殿の剣は、素晴らしい出来ですね……」
デュランが、剣を眺めながら呟いた。
俺は、何気なくその剣を見た。
そして——
「……え?」
俺は、目を疑った。
デュランが持っている剣から——
紫色の、不吉な気配が漂っていた。
まるで、呪われた武器のような——
禍々しいオーラが、剣全体を包んでいた。




