18.今日は、もう帰っていいぞ
「それじゃあ……やるわよ……」
エルスが、恥ずかしそうに……いや、本当に恥ずかしそうに、俺の手を握った。
そして——
魔力が、俺の体内に流れ込んできた。
……それだけだった。
「……はあ。」
「……」
「……タンタン、何か言ったら?」
「……何を言えばいいんだよ」
期待していた俺が馬鹿だった。
いや、期待してたわけじゃないけど。全然期待してなかったけど。
……本当に期待してなかったからな?
「だ、だって……さっき、エルスがあんなに恥ずかしがってたから……」
ペルフィが、小声で言った。
「だ、だから! あれは、その……魔力供給の量が多いから、疲れちゃうかもしれないって思っただけで……!」
エルスの顔が真っ赤になった。
「う、嘘つけ……どう考えても、お前、何か別のことを想像してただろ……」
「し、してません!」
「……いや、してただろ」
「してないって言ってるでしょう!」
ああ、もう。
どうでもいいわ。
俺は、床に落ちていた破片に向かって、再び手を伸ばした。
「リペア・オール」
今度は、破片が光り始めた。
光は、どんどん大きくなり、そして——
ドォォォン!
爆音とともに、機械炉が完全に復活した。
「「「「「……」」」」」」
何だよ、これ。
本当に復活したのかよ。
つーか、魔法って、どこまで万能なんだよ。
もう、何でもありじゃねえか。
次は何だ? 死者蘇生か? タイムマシンか?
そして——
機械炉は、ゆっくりと動き始めた。
ガタン、ガタン。
そして、その中から——
ゴールデンアップルパイが、次々と生産され始めた。
「……あの、デュラン」
「は、はい……」
「……鉄君に聞いてくれ。何でいきなり働き始めたのか」
「わ、分かった……」
デュランが、機械炉に話しかけた。
しばらくして——
「あ、あの……鉄君が言うには……『働かないと、また怖いエルフに爆破されるから』と……」
「……」
ああ、そうか。
これ、完全にトラウマになってるじゃねえか。
つまり、暴力で解決したってことか。
何だよ、この結末!全然ハッピーエンドじゃないだろ!?
パワハラだろ!?
いや、まあ、機械相手だから、マシンハラスメント……? マシハラ……?
「……ま、まあ、とりあえず、問題は解決したみたいね……」
ペルフィが、恐る恐る言った。
「問題は解決してないだろ! これ、完全にストックホルム症候群の亜種じゃねえか! 暴力で相手を支配しただけだろ!」
「で、でも、ゴールデンアップルパイが作れるようになったじゃない! いいじゃない!」
エルスが、目を輝かせた。
「お前、完全に目的と手段が入れ替わってるだろ!」
俺は、深くため息をついた。
……もう、いいや。
というか、今更だな。
「あ、あの……デュランさん、確認してもらえますか?」
ドリアが、恐る恐る言った。
「……いや、確認する必要ある? もう、完全に動いてるじゃん」
俺は、機械炉を指差した。
「で、でも……念のため……」
「……デュラン、聞いてくれ」
「わ、分かった……」
デュランが、再び機械炉に話しかけた。
しばらくして——
「あ、あの……鉄君が言うには……『もう、ストライキはしない。ちゃんと働く。だから、もう爆破しないでほしい』と……」
「……」
俺は、ペルフィの方を見た。
ペルフィは、罪悪感に満ちた顔で視線を逸らした。
これ、道徳的にどうなんだよ。
まあ……最初に無理な労働をさせてたのは教会の方だから、お互い様なのか?
いや、でも、機械の要求もどんどんエスカレートしてたし……
ああ、もう!
誰が悪いのか、全然分からねえ。
「わ、わああああ! す、すごい! 本当に成功しましたね! や、やっぱり、私、間違ってませんでした! エルス様、やっぱり本物です!」
ドリアが、突然興奮し始めた。
……おい。
待て待て。
「……いや、正直に言うと、今回の一連の流れで、エルスが何かした?」
俺は、小声でペルフィに尋ねた。
「……確かに、機械を爆破したのは私で、機械を修復したのはタンタンで……エルスは、魔力を供給しただけよね……」
「しかも、その魔力供給も、俺が頼んだからで……エルスが自発的にやったわけじゃないし……」
「……つまり、エルスは何もしてないってこと?」
「まあ、強いて言えば、さっき機械に神聖魔力を注いだことくらい?」
「でも、あれも、俺が頼んだからだよな……」
「つまり、エルスは何もしてない」
「そうだな」
俺とペルフィは、顔を見合わせた。
「で、でも! 私、ちゃんと頑張ったじゃない! さっき、但馬さんに魔力を供給したし!」
「……まあ、それは認めるよ。確かに、お前が魔力を供給してくれたおかげで、修復魔法が成功したわけだし」
「そ、そうよ! だから、私、ちゃんと役に立ったでしょう!?」
「……まあ、そうだな」
確かに、エルスがいなかったら、修復魔法は使えなかったわけだし。
まあ、役に立ったと言えば、役に立ったのか。
……でも、何か釈然としない。
というか、もしエルスが最初から余計なことをしなければ、俺も魔力を消費しなくて済んだわけで……
いや、もういいや。
考えるだけ無駄だ。
「と、とにかく! 生産ラインが復活したんですね!」
ドリアが、嬉しそうに言った。
「ええ、復活したわ!」
エルスが、得意げに胸を張った。
「そ、それで……あの、報酬の件なんですけど……」
ペルフィが、恐る恐る尋ねた。
「ああ、はい! もちろん、約束通り、十分な報酬をお支払いします! ……ただ、今すぐには用意できないので……数日、待っていただけますか?」
「もちろんです! 何日でもお待ちします!」
エルスが、即答した。
「おい、何日でも待つって……万が一、本当に何ヶ月も待たされたらどうすんだよ」
「だ、大丈夫よ! ドリアちゃん、そんなことしないわ!」
「……根拠は?」
「……私が、女神として保証するわ!」
「お前の保証、全然信用できないんだけど」
「ひどい!」
ああ、もう。
とにかく、これで一件落着……のはずだった。
しかし——
「……あの」
ドリアが、申し訳なさそうに口を開いた。
「デュランさん……その……」
「は、はい……?」
デュランが、緊張した様子で答えた。
「……あの、教会としては……デュランさんに、もう来ていただかなくても大丈夫かもしれません……」
「……え?」
一瞬、全員が固まった。
「ちょ、ちょっと待って! どういうこと!?」
ペルフィが、慌てて尋ねた。
ドリアは、申し訳なさそうに説明し始めた。
「あの……実は、デュランさんを雇ったのは、教会の予算が厳しくて、騎士の像を買えなかったからなんです。でも、今回、生産ラインが復活したおかげで、教会の財政も回復する見込みが立ちました。それに……その……資金が完全に回復するまでには、まだ時間がかかりますので……」
つまり——
デュランは、クビになった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなの、ひどすぎるじゃない!」
ペルフィが、怒りを露わにした。
「だ、だって、デュランさん、一生懸命頑張ってたじゃない! それなのに、用が済んだら『もう来なくていい』って……!」
「す、すみません……でも、教会の決定なので……」
「……いや、大丈夫です」
突然、デュランが口を開いた。
「え?」
「吾は……その……教会の決定に、従います」
「デュラン!? 何言ってるのよ!」
ペルフィが、デュランに詰め寄った。
「だ、だって! あなた、このために頑張ってたんでしょう!? それなのに、こんな簡単に諦めていいの!?」
「……吾は……その……元々、あまり役に立っていなかったので……」
デュランの声が、どんどん小さくなっていった。
「そ、そんなこと……」
「それに……吾、教会にいると……その……あまり、落ち着かなくて……」
そして——
ポトリ。
デュランの頭が、床に落ちた。
「……デュラン……」
ペルフィが、悲しそうにデュランを見つめた。
俺は、デュランの様子を黙って観察していた。
……そうか。
やっぱり、そういうことか。
デュランの問題は、単なるコミュ障じゃない。
もっと根本的な、自己肯定感の欠如だ。
彼は、自分が役に立たないと思い込んでいる。
だから、誰かに必要とされていないと感じた瞬間、すぐに諦めてしまう。
これは……不安障害だ。
自分が他人の役に立っていないと感じると、強い不安を覚える。
そして、その不安から逃れるために、自分から関係を断ち切ってしまう。
……なるほど。
だから、デュランは、こんなに簡単に諦めてしまうのか。
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「……デュラン」
「は、はい……」
デュランが、床に落ちた頭のまま答えた。
「今日は、もう帰っていいぞ」
「……え?」
「……タンタン、何言ってるの?」
ペルフィが、不思議そうに俺を見た。
「……あの、汝らは……その……吾の依頼を、放棄するということですか……?」
「そして、明日、もう一度、店に来てくれ」




