16.働いたら負け
「それじゃあ、デュランさん、お願いします。彼の話を通訳してください」
「……はあ」
俺は、深いため息をついた。
「何でだよ。何で俺、機械にカウンセリングしなきゃいけないんだよ。異世界だから? 分かってるよ、異世界だってことくらい! でも、今まで一度も普通の人間にカウンセリングしたことないだろ!? 最初はエルフ、次はデュラハン、そして今度はついに機械かよ!? つーか、産業機械って、どこが異世界なんだよ!」
「あの……実は、普通の人間って、カウンセリングに来ないと思うんだけど……」
ペルフィが、恐る恐る口を開いた。
「それに!」
俺は、さらに続けた。
「今、夜だぞ!? 深夜にカウンセリングって、どういうことだよ!? レオンの時は特殊な状況だったからまだ分かるけど、今回はどうなんだ!? お前ら、一人残らず労働基準法を無視してるだろ!?」
「とにかく!」
ドリアは、俺の言葉を無視して続けた。
「……とりあえず、試してみるしかないと思うんです。私、エルス様なら絶対に私たちを助けてくださると信じてますから!」
確かに、以前学んだ心理学の理論を思い出してみると……こういうストライキだの、『働いたら負け』だのと言い出したニートを説得するのは、普通のやり方じゃ無理だ。
しかも、こいつが受けた扱いは、まるで19世紀の資本家がやりそうなことじゃないか。
俺は、深く考えた末——
「……分かった。こんなの、俺たちには関係ない。どうせ正式な依頼じゃないし、帰るぞ」
「ええええ!? 但馬さん、何言ってるんですか!? 私たち、もう手伝うって約束したじゃないですか!」
「知るかよ! そもそも、お前だって現代日本のこと知ってるなら分かるだろ! 『働いたら負け』とか言い出したニートを働かせるのが、どれだけ大変か! それに、この世界には労働基準法なんてないんだぞ!? 国王は相変わらず玉座に座ってるし、クラークみたいなやつが好き勝手やってるし! こんな状況で八時間労働制だの福利厚生だの要求したって、完全に妄想だろ!? それに、依頼料の話すら出てないじゃねえか!」
「い、依頼料なんて! そ、そんなもの、ゴールデンアップルパイと私の教会に比べたら、全然大したことないわ!」
「……ゴールデンアップルパイの方がメインじゃない……」
ペルフィが、小声で呟いた。
その時、ドリアが口を開いた。
「あの……もし教会の財政問題を解決していただけるなら、私たち、継続的な支援を提供させていただきます……」
「よし! 決めた! 今すぐ始めるぞ!」
俺は即座に方向転換して、デュランの方へ向かった。
「……でも、始めるって言っても、一体どうすればいいんだ?」
「タンタン、まずは慰めてみたらどうかしら?だって、さっき、彼はもう愚痴を言ってたじゃない?」
「……まあ、そうだな。じゃあ、デュラン。鉄君に伝えてくれ。『君の気持ち、よく分かった。本当に辛かったんだな。でも、これからは違う。俺たちが、ちゃんと君のことを考えるから』って」
「あ、ああ……分かった」
デュランが、機械炉に向かって話しかけた。
しばらくして——
「え、えっと……鉄君が言うには……その……『そうか。ようやく分かってくれたか。では、まず第一に、吾は週休二日制を要求する』と……」
「はあああ!?ちょ、待て! 何で慰めたら、いきなり要求が始まるんだよ!」
「あ、あの……それから、『有給休暇も欲しい』と……」
「有給休暇!?」
「『それから、残業代も払ってほしい』と……」
「残業代って、お前、そもそも給料もらってないだろ!」
「『あと、健康保険と年金も』……」
「年金!? 機械に年金って何だよ!これ、完全に労働組合の要求リストじゃねえか! ていうかお前ら、どこまで話が飛躍してんだよ!」
……でもしょうがないな。
「あ、あの……ドリアさん。これ、全部受け入れられる?」
「え、えっと……正直に言うと……もしこれを全部実行したら、教会の財政、かなり減っちゃうんですけど……」
「……だよな」
ああ、やっぱりダメか。こんなの、無理に決まってる——
突然、ペルフィが言った:
「でも、何もないよりはマシじゃない?だって、このままじゃ、ゴールデンアップルパイが一つも作れないんでしょ? それよりは、少しでも生産できた方がいいんじゃないかしら」
「そ、そうね!それに、とりあえず受け入れるって言って、後でこっそり減らせばいいのよ!」
エルスが目を輝かせた。
「おい、それ、完全に詐欺だろ」
「だ、大丈夫よ! 私が女神として保証するわ! ドリアさん、いいわよね?」
「え? あ、はい! エルス様がそうおっしゃるなら!」
おい、そんな簡単に信じるなよ……
「よし、じゃあ、デュラン。鉄君に伝えてくれ。『分かった。君の要求、全部受け入れるから』って」
「わ、分かった……」
デュランが、再び機械炉に話しかけた。
しばらくして——
「あ、あの……鉄君が、『本当か? 信じていいのか?』と……」
「ああ、もちろんだ。俺たちは、君を騙したりしない」
嘘だけどな。
「それから……『それなら、もう一つ要求がある』と……」
「は? まだあるのかよ!」
「『吾は、女神の神聖な魔力が欲しい。それがあれば、吾はもっと効率的に働ける』と……」
「……神聖な魔力?」
俺は、エルスの方を見た。
「お、おい、エルス……」
「い、嫌よ! 何で私が機械に魔力を注がなきゃいけないのよ!私の神聖な魔力は、ゴールデンアップルパイを食べるために使うものなのよ!」
「お前、完全に本末転倒してるだろ!」
「と、とにかく! 私は絶対に嫌!」
「おい、エルス……」
俺は、ゆっくりとエルスに近づいた。
「……お前、本当にゴールデンアップルパイが食べたくないのか?」
「そ、それは……」
「このまま、この機械が動かなかったら……お前、一生ゴールデンアップルパイを食べられなくなるかもしれないんだぞ?」
「う……分かった。やるわよ、やればいいんでしょ!」
「よし、いい子だ」
俺は、エルスの肩を押さえつけた。
「じゃあ、デュラン。鉄君に近づいて、魔力を注いでくれって言ってくれ」
「わ、分かった……」
エルスが、渋々機械炉に手を当てた。
そして、神聖な光が機械炉全体を包み込んだ。
「……ああ、何か……すごく気持ち悪い……だって、機械に魔力を注ぐなんて……まるで、ロボットに祝福を与えてるみたいで……」
「我慢しろ」
しばらくして、光が消えた。
エルスが、ぐったりと倒れ込んだ。
「……ああ、疲れた……」
「お、お疲れ様です、エルス様……」
ドリアが、心配そうに声をかけた。
その時——
「あ、あの……鉄君が、『ありがとう。気持ちよかった』と……」
気持ちよかったって、何だよ、その表現!
「それから……『でも、まだ足りない。もっと欲しい』と……」
「もっと!?」
「『あと、できれば、マッサージもしてほしい』と……」
「マッサージ!?」
俺たちは全員、機械炉を見つめた。
「……どうやって、機械をマッサージするんだ?」
「え、えっと……叩けばいいんじゃないかしら?」
ペルフィが提案した。
「そうね! ハンマーで叩けば!」
エルスが立ち上がった。
そして、俺たちは、門番から借りた工具を使って、機械炉を叩き始めた。
カンカンカン。
ガンガンガン。
ああ……もうダメだ……
死ぬほど疲れた……
みんながもうヘトヘトみたい……
「はあ、はあ……」
「めっちゃ疲れ……」
「……あの、鉄君が、『もう少し強く』と……」
「もっと強く!?」
ペルフィの顔が、みるみる赤くなっていった。
「ちょ、ちょっと……私、さっきから我慢してたんだけど……」
「ペルフィ?」
「この機械……調子に乗りすぎじゃない!?」
ペルフィの目が、危険な光を放ち始めた。
「ちょ、待て、ペルフィ! 落ち着け!」
「落ち着けるわけないでしょ! さっきから、要求ばっかり! 八時間労働だの、福利厚生だの、有給休暇だの! 挙句の果てに、神聖な魔力とマッサージ!? ふざけるのもいい加減にしなさいよ!」
ペルフィの手に、魔法陣が浮かび上がった。
「ペルフィ! ダメだ! それだけはやめろ!」
「もう知らない! この機械、ぶっ壊してやるわ!」
「メテオ・ストライク!!」
轟音とともに、巨大な魔法の光が機械炉を包み込んだ。
そして——
ドォォォン!
教会全体が、激しく揺れた。
……
……
……
煙が晴れた後、俺たちは、呆然と立ち尽くしていた。
機械炉は——
完全に、跡形もなく消えていた。
「……ペルフィさん」
ドリアが、震える声で言った。
「……あの、今、何をされましたか……?」
「……ご、ごめんなさい……つい、カッとなって」
……
逃げよう。




