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15.労働基準法って、何?

「あの……デュラン、今、その機械炉と……話してないか?」


「そ、そうみたいね……」


「い、いや、まさか……」


デュランが突然、機械炉に向かって何かを呟き始めたのを見て、俺たち全員が彼の方を振り向いた。


「あ、あの……デュラン……さん?わ、私、あなたが普段寂しいのは分かってますよ? そういうこと、誰にでもあるじゃないですか? でも、でも、こんな場面で突然機械と話し始めるのは、ちょっと……」


「そ、そうよ、デュラン!」


エルスが恐る恐る声をかけた。


ペルフィも慌てて続けた。


「あの、ほら、今ここには四人もいるじゃない! 誰に話しかけてもいいのよ! あ、もしかして、さっきの門番に認識されなくて悲しかったの? あれはあいつが馬鹿なだけよ! 私、今すぐあいつを懲らしめてあげようか!?」


そう言いながら、ペルフィは本気で門番に向かって攻撃魔法を放とうとした。


「ちょ、待て待て待て!」


俺は慌ててペルフィを制止した。


「お前、何やってんだよ! 門番は何も悪くないだろ! つーか、お前の慰め方、完全に方向性間違ってるから! っていうか、そもそもデュランは別に悲しんでないだろ!」


「で、でも……」


「いいから、とりあえず落ち着け! 」


その時だった。


デュランは、俺たちの会話など全く気にせず、相変わらず機械炉に向かって真剣に話しかけ続けていた。


「そ、そうなのか、鉄君……なるほど……ああ、何? 汝は、汝の全体が過労で損傷していて、穴だらけになっていると言うのか……? な、何だって? 汝は、この人間のクズどもが汝を金儲けの道具としてしか見ておらず、汝の気持ちなど全く考えてくれなかったと……? だ、だから、汝はもう罷業すると……?」


「……は?」


「ひ、ひどい……そ、そんな……え? 汝は、汝の身体の損傷を修理してもらい、さらに八時間労働制と各種保険、そして福利厚生を保証してもらわない限り、絶対に働かないと言うのか……? な、何? 汝はそのせいで鬱病にまでなってしまったと……?」


「「「……………………」」」


そして——


「ちょっと待てええええええええええええ!」


俺は思わず叫んだ。


「何だよ、その企業家と労働者の対話は! 何で機械がストライキするんだよ! どういうことだよ! っていうか、機械に八時間労働制って何だよ! 何? 次は機械の労働組合でも結成すんのか!? ストライキって、お前ら一体この機械をどう扱ってたんだよ!」


「ああ、タンタン始まった……」


「それに! それに!機械が鬱病って何だよ! 労働鬱病か!? 過労死寸前か!? そもそも機械が精神的ストレスを感じるって、どういう設定だよ、この世界!」


「あ、あの……その……鉄君が、もう一つ奇妙なことを言っていたんだが……」


デュランが申し訳なさそうに付け加えた。


「『働いたら負け』だと……」


「……」


俺は、もう何も言えなくなった。


ああ、そうか。この機械、完全にニートの思想に染まってやがる。


「……あの、但馬さん。……私、思うんですけど……むしろ、但馬さんが突っ込むべきなのは、『何でデュランが本当に機械と会話できてるのか』じゃないんですか……?」


「…………ああ、そうだな」


確かに。


でも、今更それを突っ込んでも、もう何の意味もない気がする。


デュランは、機械炉に向かって優しく語りかけた。


「大丈夫だよ、鉄君。吾が必ず助けるから。吾は、とても優秀な仲間たちを連れてきたんだ。彼らなら、きっと何とかしてくれるはずだ」


「おい、勝手に俺たちに押し付けるなよ!修理ならまだ何とかなるかもしれないけど、後半の要求は完全にこの時代にあり得ない労働契約だろ! どうすりゃいいんだよ、それ! ちょっと……まさか、俺、機械にカウンセリングしなきゃいけないのか!?」


ペルフィが、ドリアの方を振り返った。


「あの、ドリアさん……あなたたち、普段どれくらいの頻度でこの機械を休ませてるんですか?」


「え?」


ドリアは、首を傾げた。


「『休ませる』って、何ですか?」


「……」


「つ、つまり……あなたたち、この機械を使う間隔は……?」


今度はエルスが聞いた。


「間隔?」


ドリアは、不思議そうに答えた。


「ああ、エルス様、何をおっしゃってるんですか? 間隔なんてありませんよ? だって、この機械、一回でゴールデンアップルパイを作るのに結構時間がかかるんです。だから、私たち、ずっと稼働させっぱなしにしてるんですよ。だって、材料も安いですし、全部放り込んで、勝手に出来上がるのを待つだけですから」


「い、いや……たとえ機械でも、ずっと稼働させ続けるのは良くないと思うんですけど……それに、壊れたらどうするんですか? ほら、今、完全に壊れちゃってるじゃないですか」


いや、壊れたというより、精神的に参ってる気がするんだけど……


「まあ、教会のみんなも、多少はそのことを考えたんですけど……でも、主教様が『とりあえず気にしなくていい。問題が起きたら、私が責任を取る』っておっしゃったので……」


「だから主教は逃げたのかよ!これ、完全に労働基準法違反だろ! ……あ、いや、待て。俺、今、機械に労働基準法が必要だとか言ってる……」


「労働基準法って、何?」


ペルフィが首を傾げた。


「い、いや……説明すると長くなるから……」


「あの……でも、鉄君に詳しく聞いてみたところ、それほど深刻な問題じゃないみたいなんだ。ただ、いくつかの部品が緩んでいて、あと、いくつかの場所が焼け焦げていて、それから、穴が開いている箇所があるだけみたいで……」


「いやいやいや、それ、全然『深刻じゃない』じゃないだろ! めっちゃ深刻だろ! この状態、俺の世界だったら労働災害が起きるレベルだぞ!」


「……まあ、確かに、それは理解できるかも……」


ペルフィが頷いた。


門番が、奥から工具箱を持ってきた。


「それじゃ、デュランの指示に従って、みんなで修理を始めましょう」


エルスが言った。


そして、俺たちは修理作業を開始した。


しかし——


「え、えっと……鉄君が言うには……その……もし可能であれば……あの……左側の……いや、もしかしたら右側かもしれないが……その……ボルトのようなものを……少し……締めた方がいいかもしれないと……」


「いやどっちだよ!左なのか、右なのか、はっきりしてくれ!」


「す、すまない……吾としては、その……鉄君の言葉をそのまま伝えているだけで……」


「そのまま伝えるな! もっと明確に聞いてこい!」


「も、申し訳ない……で、では、もう一度聞いてみる……え、えっと、鉄君、すまないが、もう一度……左なのか、右なのか……」


デュランが機械炉に向かって話しかけた。


「……鉄君が言うには、『どちらでもいい』と……」


「どちらでもよくねえよ!」


ペルフィも頭を抱えた。


「ちょっと、デュラン! もっとちゃんと聞いてきてよ!」


「す、すまない……吾は、ただ……その……鉄君とは、友人のような関係だと思っていたのだが……実際に、他の人たちの前で会話をしようとすると……どうしても緊張してしまって……言葉が……」


「おい、機械相手でも緊張すんのかよ!つーかお前、さっきまであんなに流暢に話してただろ!」


「そ、それは……吾一人の時だったから……」


ああ、もうダメだ、こいつ。


「え、えっと……鉄君が言うには……その……もしよろしければ……上の方にある……何というか……その……丸いもの……いや、四角いものかもしれないが……それを……少しだけ……調整していただけると……ありがたいと……」


「丸いのか、四角いのか、どっちだよ!」


「す、すまない……吾も、よく分からなくて……」


「分からないなら、もっとちゃんと聞けよ!」


「で、でも……その……鉄君も、あまり明確には言ってくれなくて……」


結局、俺たちは何度も試行錯誤を繰り返しながら、どうにかこうにか機械の修理を進めていった。


デュランの曖昧な指示に振り回されながら、ペルフィが「もういい! 私が直接この機械をぶっ壊して、一から作り直してやる!」と叫んだのを、俺とエルスが必死で制止したり。


エルスが「こ、こうかしら?」と適当にボルトを締めたら、機械全体がガタガタと揺れ始めて、全員が慌てて元に戻したり。


ドリアが「あの、私、実は機械のことよく分からないんですけど……」と今更カミングアウトして、俺が「最初から言えよ!」とツッコんだり。


そして、数時間後——


「……よし、これで、一応全部の部品は元に戻したはずだ」


俺は、汗を拭いながら言った。


「じゃあ、試しに動かしてみましょう」


エルスが、機械のレバーを引いた。


しかし——


何も起こらなかった。


「……あれ?」


「ど、どうして? ちゃんと修理したはずなのに……」


ペルフィが首を傾げた。


俺は、ため息をついた。


「……多分、な」


俺は機械炉を見つめながら言った。


「この機械、まだ『心の病』を治してないんだよ」


「「「え?」」」


「だって、考えてみろよ。こいつ、ずっと過労で働かされ続けて、誰にも気遣ってもらえず、ついには鬱病にまでなったんだぞ? 物理的に修理しただけじゃ、心は治らないだろ」


「……つまり」


エルスが、恐る恐る聞いた。


「……機械に、カウンセリングが必要だと?」


「……多分、な」

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