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11.コーヒー戦争

俺とエルスは、反射的に——


顔を見合わせた。


そして——


「逃げよう」


「賛成です」


即決である。


だってよく考えてみろよ。


こんな平和な祭りの真っ最中に、あんな悲鳴が聞こえてくるとか、どう考えてもヤバい事態だろうが。


殺人事件か? 魔物の襲撃か?


どっちにしても、関わりたくねえ。


「ちょっと! あんたたち、何してるのよ! 行くわよ! 何か起きてるのかもしれないでしょ!」


「いや、だからこそ行きたくないんだが……」


だって、行ったところで何ができるってんだ。


俺はカウンセラーだぞ。


戦闘能力? ゼロだ。


魔法? 数回使ったら倒れる。


こんなんで危険な現場に行けるわけないだろ。


「でも!」


ペルフィが食い下がる。


一方、デュランは——


完全に板挟み状態だった。


エルスと俺の方を見て、それからペルフィを見て、また俺たちを見て。


まるで両親が喧嘩してる時の子供みたいだ。


可哀想に。


「ほら、早く!」


ペルフィが俺たちの腕を掴もうとしてくる。


が、俺は一歩後ろに下がった。


「待て待てペルフィ」


「何よ!」


「落ち着いて考えろ。俺たちが行ったところで——」


「行くのよ!」


ペルフィが俺の言葉を遮った。


そして、一人で走り出そうとする。


「ちょっと待ってください! 一人で行くのは危ないですよ!」


エルスが慌てて声をかけた。


「じゃあ一緒に来なさいよ!」


「それは……」


エルスが躊躇している。


そりゃそうだ。


神聖な力を持ってるとはいえ、エルスだって戦闘は苦手なんだ。


というか、魔法の成功率が低すぎる。こいつが戦闘に参加したら、味方を巻き込む可能性の方が高い。


「何やってるのよ! 早く!」


ペルフィがいらだった声を出す。


でも、俺たちは動かない。


動けない。


だって——


「私たち、主人公パーティーでしょ!? こういう時こそ、活躍する場面じゃないの!?」


「主人公パーティー?」


「そうよ! タンタンは店長で、エルスさんは女神で、私は元冒険者で、デュランさんは——まあ、デュラハンで! 完璧なパーティー編成じゃない!」


「いや、どこが完璧なんだよ……そもそも俺たちは主人公パーティーじゃねえ。ただの心理カウンセリング店だ」


「そうですよ! 私たち、心理カウンセリング店なんです! 討伐隊じゃありません!」


まったくもって同感だ


心理的な問題は解決できる——いや、できないけど、少なくとも話は聞ける。


でも、物理的な問題は絶対に無理だ。


「で、でも……タンタン、前に言ってたじゃない……『困ってる人を放っておけない』って……」



ヤバい。確かに言った。


でも——


「あ、いや、それは……確かに困ってる人を放っておけないって言ったけど……でもそれはその……」


どう説明すりゃいいんだ。


「相手が助けを求めてきた場合だけだ」


「え?」


「つまり、お前みたいに店に来て相談を持ちかけてきた場合な。そういう時は放っておけない。でも今回は違うだろ? 誰も俺たちに助けを求めてない。勝手に危機に飛び込むのはヒーローごっこだ」


我ながら完璧な理屈だと思った。


これならペルフィも納得するだろう。


でも——


「……最低。タンタンって、そんなに打算的だったんだ……」


その声には明らかな失望が込められていた。


くっ……


でも仕方ないだろ。


俺だって自分の命は大事だ。


見ず知らずの人間を助けるために命を賭けるほど英雄的じゃねえ。


「あ、あの……吾は……やはり見に行った方がいいと思うのですが……」


「黙れ! なんでそういう時だけ意見するのよ!」


「ひぃ……す、すみません……」


可哀想に。


でも俺も今はそれどころじゃない。


ペルフィが俺を睨んでいる。その目は明らかに怒っている。


その時——


「すみません! すみません! コーヒー飴はクソみたいなものだと認めます! 許してください!!」


また悲鳴が聞こえた。


でも今度ははっきりと聞こえた。


コーヒー飴? クソみたいなもの?


……


……


俺とペルフィは同時にエルスを見た。


エルスの顔色が見る見るうちに変わっていく。


青白くなって——


そして——


「行きましょう」


エルスが立ち上がった。


その声はさっきまでの躊躇が嘘のように力強かった。


「あの……エルスさん? 今、何て……」


「行くんです」


その表情は——


正義の味方の顔だった。


まるで悪を討つために立ち上がった勇者のように。


でも動機が完全に私怨じゃねえか!


「あの野郎……許せません」


野郎って……


お前、いつからそんな言葉使うようになったんだ。


「で、でも、エルス……さっきまで行きたくないって言ってたじゃないか……」


「変わりました」


エルスがきっぱり言った。


「コーヒー飴を侮辱する者は、私が許しません」


なんだこの展開。


「じゃ、じゃあ行きましょう! タンタンも、当然来るわよね?」


いや、俺は行きたくないんだけど。


というか、コーヒー飴ごときで命を賭けたくない。


でも——


三人が俺を見ている。


エルスは怒りに満ちた目で。


ペルフィは期待に満ちた目で。


デュランは……よく分からないけど、とにかく見ている。


「はぁ……分かったよ」


こうなったらもう逃げられない。


三対一だ。しかもなぜかデュランも行く気になってやがる。


お前さっきエルスに怒鳴られたのに、なんで行く気になってんだよ。


「じゃあ行きましょう!」


なんでこうなった。


なんでコーヒー飴ごときで命を賭けることになるんだ。


現場に着いた。


人だかりができている。みんな何かを囲んで見ている。


俺たちは人混みをかき分けて中心に向かった。


そこには——


剣を抜いたクラークが立っていた。


あの紫髪の、この国で一番危険な男。


そしてその剣の先には——


商人らしき男が地面に跪いて、顔が真っ青で震えている。


「……もう一度言え。コーヒー飴はクソだ」


クラークが冷たい声で言った。


「は、はい! コーヒー飴はクソです!」


商人が必死に答えた。


……は?今何の光景を見てるんだ?


あのクラークが……あの冒険者ギルドで暴動を一言で鎮圧した男が——コーヒー飴のことで商人を脅してるのか?


いや待て……これはどういう状況なんだ。


俺の脳が情報を処理しきれない。


「コーヒー飴はコーヒーへの冒涜だ。もう一度言え」


「は、はい! コーヒー飴はコーヒーへの冒涜です!」


「よろしい」


クラークが満足そうに頷いた。


なんだこれ!?なんなんだこの展開!?


「許せない!!!」


突然、エルスが叫んだ。


そして——


走り出した。


「ちょ、待て! エルス!」


俺は止めようとしたが、遅かった。


エルスはクラークに向かって——


飛び蹴りを放った。


ドカッ!


「!?」


クラークが地面に倒れた。


??????


嘘だろ……あのクラークが倒された? しかもエルスの飛び蹴りで?


周りの観客たちも完全に固まっている。誰も何も言えない。


クラークはゆっくりと立ち上がった。そして、エルスを見た。


その目には明らかな敵意が込められていた。


「貴様……何者だ」


声が低い。


めちゃくちゃ低い。


怖い。


めちゃくちゃ怖い。


でもエルスは、何と言か……まったく怯んでいなかった。


「私はコーヒー飴が大好きです!そしてあなたに言いたい! コーヒー飴は最高に美味しい! 普通のコーヒーより一万倍美味しい!!」


いや、なんだこの宣戦布告。


クラークの顔が見る見るうちに変わっていく。


おい。剣を抜いたぞ!


「貴様……コーヒーを侮辱するか?コーヒー飴など、コーヒーへの冒涜だ!!」


クラークが剣を振り下ろした。


「『ホーリー・バインド』!」


エルスが即座に魔法を唱えた。


クラークの剣が止まった。


いや、止まったというより、抜けなくなった。まるで鞘に接着剤で固定されたみたいに。


「な……」


クラークが驚愕の表情を浮かべた。


そして——


力任せに引っ張った。


ズポッ!


剣が抜けた。でも鞘ごと抜けた。


剣と鞘がくっついたまま。


「……」


クラークが剣と鞘を見つめている。


そして——


「貴様……」


怒りがさらに増した。


「コーヒーの名誉のために、貴様を斬る!」


クラークが鞘ごと剣を振り回した。


「『ディバイン・シールド』!」


エルスが防御魔法を展開した。


ガキィン!


クラークの攻撃がシールドに弾かれた。


「コーヒーはそのまま飲むものだ! 砂糖など入れるべきではない!」


「違います! コーヒーは苦すぎるんです! 砂糖を入れてこそ美味しくなるんです!」


「苦味こそがコーヒーの本質だ!」


「甘さこそがコーヒーの真髄です!」


……


……


宗教戦争じゃねえか。しかもめちゃくちゃレベルの高い戦闘をしながら。


クラークが剣を振るう、エルスが魔法で防ぐ。


そしてお互いに——


「コーヒーは黒く、深く、苦くあるべきだ!」


「コーヒーは甘く、優しく、美味しくあるべきです!」


叫び合っている。


周りの観客たちは完全に置いてけぼりだ。


俺もペルフィもただ呆然と見ている。


「……何これ」


ペルフィが小さく呟いた。


「知らん」


俺も正直に答えた。


というか、こんな展開誰が予想できるんだ。


国家執行官と女神が——


コーヒーの飲み方について命懸けで戦ってる。


しかも両者ともガチだ。本気で戦ってる。


クラークの剣技は完璧だ。一切の無駄がない。


エルスの魔法も、珍しく全部成功してる。いつもは失敗ばかりなのに今日は完璧だ……そもそもなんでこんな時だけ本気出すんだよ。


「コーヒー飴など邪道だ!」


「邪道なのは苦いだけのコーヒーです!」


「貴様……」


クラークがさらに剣を振るう速度を上げた。


エルスも魔法の詠唱速度を上げる。


二人の戦いはどんどんエスカレートしていく。


地面が削られる、建物の壁が壊れる、噴水の水が魔法で凍る。


「おいヤバいぞこれ……」


このままじゃ広場が全壊する。


でも……止められない。


だって両者とも完全に本気だから。


クラークはコーヒーへの愛で戦っている。


エルスはコーヒー飴への愛で戦っている。


どっちも譲る気がない。


「ペルフィ、止めないと……」


「ど、どうやって……私、あんな高レベルの戦いに割って入れないわよ……そもそも、エルスさん、なんか、強いね……」


確かに。


ペルフィも強いけど、あの二人は明らかに次元が違う。


その時——


クラークの剣がエルスの頬をかすめた。


「!」


エルスが後退する。血が一筋流れた。


「エルス!」


「まだです!コーヒー飴の名誉のために、私は負けません!」


「ならば——」


クラークが剣を構え直した。


「全力で行く」


その瞬間——


クラークの周りの空気が変わった。まるで重力が増したみたいに。


息が苦しい。


「ちょ……これマズいんじゃ……」


このまま戦わせたら——


マジで死ぬ。


「ペルフィ!」


「分かってる!」


ペルフィも同じことを考えたらしい。


俺たちは同時に——


エルスに向かって走った。


ドカッ!


「痛っ!? な、何するんですか!?」


「黙れ!」


俺もエルスの頭を小突いた。


「いい加減にしろ! 相手は国家執行官だぞ! このまま戦ったら俺たちまで指名手配されるだろうが!」


「で、でも!」


「でもじゃない!」


ペルフィも叫んだ。


「それにさっきから何なのよ! コーヒーがどうとか! そんなことで命懸けるな!」


「そ、そんなこと……そんなことじゃありません……コーヒー飴は……私にとって……」


今はそんなこと言ってる場合じゃない。


俺とペルフィはエルスを両脇から抱えた。


そして、クラークの方を見た。


剣を収めて、いつもの冷たい表情に戻っていた。


「……なるほど」


小さく呟いた。


「本当に、面白い……だが今日はここまでにしておく!」


クラークが一歩後ろへ下がった。。


「待て!逃げるな!」


でも……


『テレポート』


シュン。


クラークの姿が消えた。


俺たちはただ呆然と立っていた。


観客たちが俺たちを見ている。


全員固まっている。誰も何も言わない。


「……どう説明すればいいんだこれ」

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