10.シスターさんはゴールデンアップルパイが好きです。
「えっと……その……実は最初から言おうと思ってたんですけど……」
「『言おうと思ってた』?じゃあなんで言わなかったんだよ」
「それは……その……吾、いつ言えばいいか分からなくて……」
「まあいい。で、何があったんだ?」
「はい……昨夜のことなんですけど……」
デュランが語り始めた。
昨夜、彼は教会に戻って、いつものように騎士像のふりをしていた。
いつものように騎士像のふりをして、身じろぎもせず立っていた。
そして、彼は考えていた。
どうやってゴールデンアップルパイを盗むか。
「ちょっと待て。デュラン、真面目に盗むつもりだったのか?」
「は、はい……だって、エルスさんとの約束でしたし……」
「それで?」
ペルフィが促した。彼女も興味津々といった表情だ。
「はい……それで、吾は人けがなくなるのを待って……ゴールデンアップルパイに近づいたんです。そして……手を伸ばして……触れた瞬間——」
ゴクリ。
「吾のアンデッドの特性が……発動してしまったんです……」
「特性?」
「はい……吾が触れたものは、呪われてしまうんです……」
……
……
は?
「ちょっと待て!お前、そんな重要なこと、なんで最初に言わないんだよ!」
「す、すみません!でも、普段はそんなに頻繁に発動しないんです!たまたま、昨夜は……」
「たまたまって!私のゴールデンアップルパイが!私のゴールデンアップルパイが呪われたんですか!?」
お前のじゃねえだろ。
「で、どうなったんだ?」
「その……神聖な感じが消えて……それに、色も褪せて……まずいと思って、すぐに元に戻そうとしたんですけど……そのとき、シスターが入ってきたんです……」
「シスター?」
「はい……こっそりと……まるで何かを盗もうとするような感じで……」
おい待て。
シスターが盗みに来たのか?
この世界のシスター、どうなってるんだ?
「吾は慌てて、ゴールデンアップルパイを元の場所に戻しました……そして、また騎士像のふりをして……」
「それで?」
「でも、そのシスター、なかなか帰らないんです……ずっと、祭壇の周りをうろうろして……」
デュランの声がさらに小さくなった。
「吾は焦りました……時間が経つにつれて、どんどん緊張して……そして……」
「頭が落ちたんですね」
ペルフィが察した。
「はい……シスターは驚いて、少し後ずさりしたんですけど……でも、逃げなかったんです……」
なんで?
普通、騎士像だと思ってたものが、突然頭を落としたら、全力で逃げるだろ?
「むしろ、そのシスター……吾の頭を拾って……元に戻してくれたんです……」
「……は?」
「優しいシスターだな」
いや、優しいというより、肝が据わってるというか。
「それで、そのシスター……吾の頭を元に戻した後も、まだ帰らなくて……ずっと、祭壇の周りを見回して……」
「何を探してたんだ?」
「分かりません……でも、最終的に……決心したみたいに……ゴールデンアップルパイに近づいて……そして……手に取って……口に運んだんです……」
「「「盗み食い!?」」」
「ちょ、ちょっと待って!シスターが、供物を盗み食いって……それ、神への冒涜じゃないの!?」
ペルフィが声を上げた。
「そうですよ!許せません!そのシスター、今すぐ破門にすべきです!」
お前、自分も盗もうとしてただろうが。
「で、それで?」
「吾……また緊張してしまって……」
「頭が落ちたんだな」
「はい……シスターは驚いて……ゴールデンアップルパイを……投げ飛ばしてしまったんです……」
投げ飛ばした!?
「それで、そのゴールデンアップルパイ……空中で綺麗な放物線を描いて……祭壇の横にある聖水盤に……」
ドボン。想像できる。
完璧な軌道で、聖水池にダイブ。
「聖水が……噴水みたいに吹き上がって……あたり一面に飛び散って……吾も浴びてしまいました。それで、シスターが叫んだんです。『デュラハン!なんでデュラハンがここにいるの!?』って……」
まあ、そりゃそう思うわな。
……しかも自分が盗み食いしようとしたゴールデンアップルパイが、聖水盤に飛び込んじまったんだから。
「吾は慌てて説明しようとしました……『あの、シスターさん、どうか吾の話を聞いてください』って……」
「それで?」
「シスターは浄化魔法を使おうとしたんですけど、威力が弱すぎて……吾には全く効きませんでした……」
ああ、そうか。
初心者シスターの浄化魔法なんて、蚊に刺されたようなものか。
「それで、シスターが急に態度を変えて……『さっきのこと、見ましたか?』って聞いてきたんです……」
「さっきのこと?」
「はい……つまり、彼女がゴールデンアップルパイを盗み食いしようとしたこと……」
自分の悪事がバレるのを恐れてるわけか。
「吾は正直に答えました。『はい、汝がゴールデンアップルパイを……』って……」
「それで?」
「シスターの顔が真っ青になって……それから、急に可愛い仕草をし始めたんです……」
……は?
「可愛い仕草?」
「はい……こう、両手を合わせて、上目遣いで……『ねえ、さっきのこと、内緒にしてくれない?』って、『あなたがここで騎士像のふりをしてること、誰にも言わないから……お願い……』って……」
お互いの秘密を守り合う、みたいな。
「それで、吾は言ったんです。『あ、でも……教会の皆さん、もう知ってますよ』って。それを聞いたシスター、すごく驚いて……『え?みんな知ってるの?』って……」
「……で、何て答えたんだ?」
「『はい、これは皆さんも認めてくださったことですし……見つからなければ問題ないと……』って……」
ああ。
ああああああ。分かった。
「シスター、すごく嬉しそうな顔をして……『そうなんだ、みんな認めてくれてたんだ……』って。それから……シスターは振り返って……残りの二つのゴールデンアップルパイを……一気に食べてしまったんです……」
「「「は!?」」」
「でも……それ、吾が呪ってしまったゴールデンアップルパイで。シスターは……口から泡を吹いて……その場に倒れてしまいました。そして、ちょうどそのとき……門番が鍵を開けて入ってきて……倒れてるシスターと、その横に座ってる吾を見て……」
また誤解されたわけか。
「『貴様!ドリアちゃんに何をした!』って。吾……また逮捕されそうになりました……」
話を聞き終えた俺たちは、しばらく沈黙していた。
何から突っ込めばいいのか、分からない。
あまりにも突っ込みどころが多すぎて、脳がオーバーヒートしそうだ。
「……なあ。この世界の人たち……本気で心理カウンセリングが必要なんじゃないか?」
「そうね……シスターが夜中に供物を盗み食いって……というか、今の時代、ゴールデンアップルパイを盗むためにシスターになる人とかいるの?」
ペルフィも呆れた顔をしている。
「いないと思いますけど……」
自分も盗もうとしてたからな。
「それに、エルストリア教の人たち、本当に変だな」
「変って……私の教会を馬鹿にしないでください!」
「いや、でも事実だろ。デュラハンを騎士像として雇うとか、シスターが供物を盗み食いするとか……」
「それは……その……たまたまです!たまたま!」
たまたまで済む問題じゃないだろ。
「あ、あの……話の続きがあるんですけど……幸い、シスターが投げ飛ばしたゴールデンアップルパイ……あれが聖水盤に落ちたおかげで……呪いが解けたんです……」
「……は?」
「聖水には、呪いを解く力がありますから……それで、その聖水に浸かったアップルパイをシスターに食べさせて……なんとか助かりました。でも……教会の人たちは……吾がシスターを危険にさらしたって。それで……吾、解雇されそうなんです……」
「「「……」」」
三人とも、また沈黙した。
これは……どうすればいいんだ?
デュランが解雇されたら、ゴールデンアップルパイが手に入らなくなる。
エルスが発狂する。
いや、それだけじゃない。
デュランは、せっかく見つけた仕事を失うことになる。
また就職活動を——
その時だった。
「じゃ、今は方法を考えてーー」
「きゃああああああ!」
遠くから、悲鳴が聞こえた。




