5.誰が悪役令嬢やれって言ったんだよ!
「それでは!今すぐ治療を始めましょう!」
エルスが元気よく宣言した。
「え?今すぐですか?先に何か……あの、段階療法みたいなものを……」
デュランが戸惑った声を出した。
いや、待て。
段階療法?
「ああ、あれか」
俺は思わず顔を顰めた。
「あれはあれで、というか、段階療法なんて滅茶苦茶だったろ。全部エルスが考えた案だし」
「は!?私のせいにしないでください!」
エルスが即座に反論してきた。
「あれは但馬さんも賛成したじゃないですか!『恋愛関係促進三段階療法』!覚えてますよね!?」
「……覚えない」
「噓つき!でも効果はあったじゃないですか!ペルフィさん、ちゃんと告白できたし!」
「結果的に振られたけどな」
「それは私のせいじゃありません!」
俺たちが言い合っている間、ペルフィは何とも言えない表情をしていた。
そりゃそうだ。
あの階療法、結局全部失敗したからな。
「まあ、とにかく」
俺は咳払いをした。
「デュランさんの場合、状況は明確だ。緊張しないようにすればいい」
「というか」
ペルフィが口を挟んだ。
「頭が落ちないようにすればいいんじゃない?例えば、接着魔法で……」
「!!!ああああああお願いします、それだけは絶対にやめてください……」
ペルフィの提案を聞いた瞬間、デュランが激しく拒否した。
ガシャン。
「え?なんでですか?便利じゃないですか。接着魔法なら、頭が落ちなくなりますよ」
エルスが不思議そうに聞いた。
「それは……その……」
デュランが頭を拾い上げながら、小さく呟いた。
「……以前、仲間が試したことがあるんです……」
そこで言葉が途切れた。
……
……
なんだこの重い空気。
しかも、デュランはそれ以上何も言わない。
ただ黙って、頭を抱えている。
まるで、何か恐ろしい記憶でも思い出したかのように。
「や、やっぱりやめておきましょう……」
「あ、うん……そうね」
もしかして、接着魔法で頭を固定したら、何か取り返しのつかないことになったのか?
例えば、首が回らなくなったとか?
いや、もっと悪いことかもしれない。
デュラハンにとって、頭が落ちるのは自然なことなんだろう。
それを無理やり固定したら——
考えたくない。
絶対に考えたくない。
「えーと……とりあえず、俺がデュランさんのヘルメットを支えます。それで会話の練習をしましょう。ずっと落ち続けるのも問題ですし」
「あ、私がやります」
ペルフィが立ち上がった。
「タンタンは座ってて。私の方が近いし」
そう言って、ペルフィはデュランに近づいた。
そして、彼のヘルメットに両手を添えた。
「これで大丈夫ですね。さあ、練習しましょう——」
「ふにゃあ……」
……
は?
今、何か聞こえなかったか?
「ど、どうしたの?変な声が……」
「デュランさん?」
エルスが心配そうに声をかけた。
「……」
デュランは何も答えない。
いや、答えられないのか?
ヘルメットの中から、微かに呼吸音が聞こえる。
荒い呼吸だ。
まさか——
「も、申し訳ございません……吾、ちょっと敏感でして……」
デュランがようやく口を開いた。その声は震えている。
敏感?
頭を触られるのが?
確かに、デュラハンにとって頭は本体みたいなものだし。
「可哀想だけど、めっちゃ面倒くさいなこの人……」
いや、聞こえてる!完全に聞こえてるから!
言っちゃダメだろ!声に出すなよ!
ほら、デュランがまた黙り込んだ!そしてまた謝り始めるぞ!
ヘルメットが泣いてるぞ!
「あははは!あの、デュランさん!」
俺は慌てて話を逸らした。
「とりあえず、自分でヘルメットを支えてもらえますか?今から会話の練習を始めましょう!」
「あ、は、はい……」
デュランが自分の頭を両手で支えた。
ペルフィが手を離す。
そして、エルスが立ち上がった。
「じゃあ、模擬面接をしましょう」
「模擬面接?」
「はい。今から私たち三人が面接官です。あなたは応募者」
「あ、な、なるほど……分かりました」
デュランが緊張した様子で頷いた。
その時——
エルスの体が光り始めた。
変装魔法だ。
光が収まると、そこには——
「……」
俺は言葉を失った。
エルスは、豪華なドレスを纏った令嬢に変身していた。
金の刺繍が施された青いドレス。
肩には毛皮のショール。
手には扇子。
まるで、貴族のお嬢様だ。
いや、王女様と言ってもいいくらいの格好だ。
でも——
頭髪は銀髪のまま。
相変わらず完璧じゃない。
「さて」
エルスが扇子を開いた。その動作が妙に様になっている。
「今から私はこの国の王女です。そしてあなたは、私の護衛騎士に応募しに来た者です」
「あ、はい、承知しました」
デュランが姿勢を正した。
「承知したじゃなくて、早く始めなさい!」
エルスの口調が急に変わった。
高圧的で、横柄で……
俺は嫌な予感がした。
「は、はい!それでは……お、お願いいたします……いや、吾は……」
デュランが戸惑っている。
当然だ。
エルスの雰囲気が急変したから。
「おほほほ!なんですのそのみっともない喋り方は!護衛騎士ともあろう者が、そんな弱々しい声でどうするんですの!?」
エルスが扇子で口元を隠しながら笑った。
……なにそれ。
演技が上手い。
どこでこんなキャラ覚えたんだよ。
「す、すみません!吾は、その……」
「すみませんじゃありませんわ!護衛騎士たるもの、常に毅然としていなければなりませんのよ!そんなことも分からないんですの!?」
「も、申し訳ございません!」
デュランが頭を下げようとして——
ガシャン。
頭が落ちた。
「きゃああ!」
エルスが悲鳴を上げた。でも、すぐに戻る。
「な、なんですのこれは!?あなた、面接中に頭を落とすなんて!非常識にも程がありますわ!」
「も、申し訳ございません!すぐに拾います!」
デュランが慌てて頭を拾う。
でも——
手が震えている。
緊張しすぎて、うまく掴めない。
一回、二回、三回——
「遅いですわ!護衛騎士としての素早さが全く感じられませんわね!これでは敵が襲ってきた時、私を守れませんわよ!」
「す、すみません!本当に申し訳ございません!」
ようやく頭を拾い上げたデュランは、もう半泣き状態だ。
ヘルメットの中から、すすり泣く声が聞こえる。
「それに!」
エルスが続けた。
「護衛騎士ともあろう者が、そんなボロボロの鎧を着て面接に来るなんて!身だしなみというものを知らないんですの!?」
「!!!」
デュランの体が震えた。
ペルフィも顔を青くした。
「さらに!」
エルスの攻撃は止まらない。
「あんたの履歴書、これは何ですの!?冒険者歴たったの三年!?しかも、討伐実績がゴブリン二体とスライム五体だけ!?こんな貧弱な経歴で、よくもまあ王女の護衛に応募する気になりましたわね!おほほほほ!」
「え? で、でも、あの…吾の戦績もそこまで酷くはないはずだが……」
「黙れ!」
「は、はい……」
デュランが完全に縮こまった。
「履歴書の字も汚いですわね!まるで子供が書いたみたい!いいこと、護衛騎士は報告書も書かなければなりませんのよ!こんな字では読めませんわ!」
「も、申し訳ございません……吾、字が下手で……」
「下手で済む問題じゃありませんわ!努力が足りませんの!」
「は、はい……」
「それに、面接の間、ずっと下を向いていますわね!護衛騎士ともあろう者が、雇い主の目も見られないんですの!?まさか、私が怖いとでも言うつもりですの!?」
「い、いえ!そんなことは!」
「じゃあ目を見なさい!」
「は、はい!」
デュランが顔を上げる。
でも、すぐに視線を逸らす。
「ほら、また逸らしましたわね!」
「す、すみません!」
「謝るのはもう結構ですわ!とにかく、あなたには護衛騎士としての資質が全く感じられませんわね!この面接、不合格ですわ!おほほほほ!」
「そ、そんな……」
デュランの声が絶望に染まった。
もう限界だ。
俺はついに立ち上がった。
「誰が悪役令嬢やれって言ったんだよ!!」




