4.アップルパイ外交
「はああああああああああ!?」
ペルフィとエルスが同時に悲鳴を上げた。
その声の大きさといったら、タコちゃんまでペルフィの腕から飛び出して、ソファの下に隠れてしまったほどだ。
そして、この惨状を引き起こした本人——デュランは、店のドアの前に立っていた。彼の頭が床の上をゴロゴロと転がっている。
「す、すみません!すみませんすみませんすみません!」
頭が転がりながら謝っている。その光景がどれだけシュールか、もう説明する気力もない。
まず、なんで入った瞬間に頭が落ちたんだ?お前、何体質だよ。ドアに反重力装置でも付いてるのか?
次に、頭が喋るのはまだ分かるとして、なんで自分で転がれるんだよ。ナビゲーションシステムでも内蔵してるのか?
そして——
「うわああああ!虫!動く虫!」
エルスが悲鳴を上げて、俺の後ろに隠れた。
……虫?
どこが虫なんだよ。ヘルメットだろうが。
まあ、今床の上をゴロゴロ転がってる様子は、確かに甲虫みたいだけどさ。
「エルス、落ち着け。あれはヘルメットだ。虫じゃない」
「動くヘルメットの方が怖いです!」
一理ある。
一方、ペルフィは完全に固まっていた。顔が真っ青で、まるで幽霊でも見たような表情だ。
いや、今見てるのは幽霊——というか、アンデッドか。
「タ、タンタン……これ、これって……」
声が震えている。
やばい、ペルフィが気づいた。
絶対気づいた。
だって昨夜、あのヘルメットの凹みは、ペルフィが『スタン』魔法で付けたものだからな。
今は修理されてるけど——
くそ、最初にペルフィを別の場所に行かせるべきだった。
「コホン、あの……」
俺は咳払いをして、何とか場を収めようとした。
「デュランさん、とりあえず頭を拾ってもらえますか?」
「あ!は、はい!すぐに!」
首なしの体が慌てて腰を屈めた。しかし——
手が滑った。
頭がまた転がった。
「ああああすみません!」
再び拾いに行く。
また滑った。
また転がった。
……
これ、コメディか何かか?
最終的に、デュランは五回目の試みで、ようやく頭を首に戻すことに成功した。
「はあ……はあ……本当に申し訳ございませんでした……」
待て、肺がない奴がなんで息切れするんだ?
まあいい、考えるのはやめよう。この世界の設定はそもそも滅茶苦茶だ。
「あの、デュランさん。詳しい事情を……説明していただけますか?」
エルスが恐る恐る俺の後ろから顔を出した。
「あ、は、はい!」
デュランが即座に姿勢を正した。小学生みたいに緊張している。
「あの、実は……」
彼は自分の状況を語り始めた。
簡単に言うと——
冒険者削減政策で失業した。
デュラハンとして、戦闘能力は悪くないのだが、致命的な欠点がある。
頭がよく落ちる。
戦闘中に落ちる。
歩いている時に落ちる。
食事中にも落ちる。
基本的には、緊張すると落ちる。
これが原因で、就職活動は悉く失敗していた。
「面接の時、面接官に『あなたの長所は?』と聞かれて、答えようとしたら……」
カチャ。
デュランが頭が落ちるジェスチャーをした。
「……それで面接官が『本日の面接はこれで終了です。ご協力ありがとうございました』と……」
悲惨すぎるだろ。
しかも、頭の問題だけじゃない——
「わ、吾はもともと人と話すのが苦手でして……喋っているうちに何を言えばいいか分からなくなって……それでどんどん緊張して……緊張すればするほど言葉が出なくなって……」
典型的なコミュ障だ。
前世の俺もちょっとこの気があったから、すごく共感できる。
面接の時、言いたいことを準備したのに、緊張して全部忘れる。
あるいは、言葉が出ても、全然自分が伝えたいことと違う。
「それで、もし心理カウンセリングを受けられたら、この問題も改善できるかもしれないと思いまして……それで、この街に新しく心理カウンセリングの店ができたと聞いて……お金を貯めて行きたいと……そして、教会で……」
デュランの声がどんどん小さくなっていく。
ここまで聞いて、俺はペルフィの顔色がどんどん悪くなっているのに気づいた。
口元が引き攣っている。
両手を握りしめている。
額に青筋が浮かんでいる。
やばい。絶対に思い出した。
昨夜、教会で。
この男だ。
この男の頭を、俺が『サモン』で呼び出した。
そしてペルフィが『スタン』一発で凹ませた。
そして今、その被害者が目の前に立って、自分の悲惨な状況を語っている。
この罪悪感——
「あ、あの……教会で騎士像のふりをしてるって、そういうことですか?」
「あ、はい……その通りです……つい数日前から始めたばかりなのに、もうこんなトラブルが……」
エルスが恐る恐る聞いた。
デュランの声がさらに小さくなった。まるで悪いことをした子供みたいだ。
トラブル?何のトラブルだ?
ああ、頭を俺たちに持ってかれたことか。
「あの、うちは有料なんですけど、それは分かってますよね?聞いたところによると、教会の財政状況も最近ちょっと厳しいみたいで……」
待て。
教会の財政が厳しい?
『おい、あの教会って、エルストリアを祀る教会だろ?お前の教会だろ?なんでそんなに厳しいんだよ?』
『か、構わないでください!その……つまり私は女神として、まあ……ちょっと質素な方なので、資金面では……』
質素なんかじゃないだろ!
貧乏って言うんだよ!
像も造れないほど貧乏で、デュラハンに偽装させるとか!何だこの離れ業は!
『おい、エルス。お前の教会、彫像一つ買う金もないのか?ゴールデンアップルパイは供えてるのに』
『そ、それは信者が献上したものですから!』
『でも、お前はそれを盗もうとしてただろ』
『……言わないでください』
エルスの心の声がしょんぼりしている。
『とにかく!信者とか、教会の愛は一つのことで、お金はまた別のことなんです!』
なんだその理論。
女神なのに金銭感覚がシビアすぎるだろ。
いや、むしろ金がないから、シビアにならざるを得ないのか。
この世界の女神、マジで貧乏神なんじゃないか?
「あの、デュランさん」
「は、はい!」
「今後も教会で働き続けるんですか?」
なんとなく聞いてみた。
「あ?はい……実は、この仕事、結構気に入ってるんです」
え?気に入ってる?
「最初はお金を貯めるためだけに始めたんですが……どう言えばいいか……人と話す必要がなくて、ただそこに立ってるだけでお金がもらえる……もしかしたら、これが吾に一番合ってる仕事かもしれません……」
ああ、なるほど。
コミュ障には天職か。
確かに、騎士像なら喋る必要ないもんな。
「じゃあ、どうしてそんなに転職を急いでるんですか?」
「あの……教会の雰囲気が、やはり神聖すぎて……吾はまあ、ここの居留証はありますが、本質的にはアンデッドですから……特にあそこに供えられているゴールデンアップルパイ……吾は毎回できるだけ離れていようとするんです……」
……待て。
もしかして——
あの日、俺が『サモン』を使った時、間違えて召喚したのは……
デュランもゴールデンアップルパイのことを考えていたから?
それでタイミングが重なって、デュランの頭を召喚してしまった?
しかし、俺が何か言う前にーー
「あ、あの、デュランさん!知ってますか?実はゴールデンアップルパイって、いつも誰かが献上するんですけど、教会の職員たちに横領されて、食べられたり捨てられたりするんですよ」
……おい。
それ、完全にお前のことだろ。
横領してるのお前だろうが。
いや、お前は盗もうとしただけで、実際には盗んでないか。
でも、この言い訳、酷すぎるだろ。
「あ、そ、そうなんですか?」
「だから!だから!」
エルスがさらに身を乗り出した。目がキラキラ輝いている。
「どうせあなたも見たくないんでしょ?だったら、毎日仕事の時にゴールデンアップルパイを何個か持ってきて、ここに来る時についでに私に渡してくれれば、それを依頼料にします!どうですか!どうですか!」
「え、ええ!?でも、そんなこと……」
しかし、デュランはコミュ障だ。
だから——
「お願いします!じゃないとこの依頼、受けませんから!」
「そんな……わ、分かりました……」
デュランが折れた。
「成立!」
エルスが嬉しそうに叫んだ。
俺は本当はエルスに文句を言いたかった。
でも、よく考えたら——
今、ペルフィが混乱している。
エルスが承諾した。
俺もこの仕事を受けたかった。
結局、悪くない結果じゃないか。
「……でも、一つ聞きたいことがあるんですが……」
「何ですか?」
「……ゴールデンアップルパイへの執着……どう言えばいいか……本当に強いですね。昨日の夜、教会に来て勝手にゴールデンアップルパイを持っていこうとした人たちがいたんですけど、もしかして……」
「「「記憶違いです!」」」
俺とエルス、そしてペルフィが同時に叫んだ。




