2.お前の頭、確かに修理が必要だな
「おい、そこの棚も整理しろよ。手を抜くなよ、見てるからな」
ここは武器店 。
そして今、俺——丹波但馬は、ドワーフの店主の下でアルバイトをしている。
店主の名前はゴルドリック。髭がぼうぼうに生えた典型的なドワーフで、背は低いが筋肉隆々。そして何より——
性格が最悪だ。
「おい、聞いてるのか!そこの剣、刃を手前に向けるな!危ないだろうが!」
「す、すみません……」
朝から怒鳴られっぱなしだ。
昨日、ようやく見つけたバイト先なのに、初日からこの扱い。前世の記憶が曖昧だが、確か前世の職場でも上司にこんな感じで怒鳴られてた気がする。
デジャヴか?それとも俺の人生、前世も今世も変わらないってことか?
ちなみに、あの後、店に戻ってから俺はエルスに聞いた。
「なあ、なんで教会にデュラハンがいるって教えてくれなかったんだよ!」
「え?デュラハン?そんなのいましたっけ?」
エルスはきょとんとした顔をした。
「いや、いただろ!俺とペルフィ、あいつの頭を召喚しちゃったんだぞ!」
「私も知らなかったわよ」
ペルフィも首を横に振った。
「というか、教会に騎士の像なんてなかったはずよ。私、あそこで祈ったことあるもの」
「じゃあなんであんなのがいたんだよ……」
結局、謎は謎のまま。
そして何より最悪なのは——
ゴールデンアップルパイを持ち帰れなかったことだ。
あの騎士の頭を召喚した瞬間、俺は反射的に投げ捨てた。ペルフィは『スタン』を撃ち込んで、頭に大きな凹みを作った。
そして二人で全速力で逃げた。途中で透明化魔法も解除されて、もう無我夢中だった。
店に戻ってからエルスに事情を説明すると——
「じゃあタコちゃんを売ります」
また同じことを言い出した。
「絶対にダメ!」
ペルフィが全力で反対して、最終的にエルスが泣きながら諦めた。
「おい、但馬!お前、本当に細すぎるんじゃないか?ちゃんと飯食ってるのか?」
ゴルドリックが呆れたような声を出した。
「はあ……俺はお前みたいな書生っぽい奴を雇っちゃったのか。失敗したかなあ……」
うるさい!こっちだって好きでやってるわけじゃない!
前世でも、こんな感じで上司に小言を言われ続けた記憶がある。あの時も、毎日毎日、些細なミスを指摘されて——
「違う違う!そうじゃない!ああもう、何やってるんだお前は!このままだと給料から引くぞ、引くからな!だから最近の若者は……」
またか!
俺の怒りメーターが限界に達した。
これ以上我慢できない。何か仕返しを——
そうだ。
俺はゴルドリックの作業台に置いてある鍛造用ハンマーをちらりと見た。
あれに魔法をかけてやろう。
今すぐじゃなくて、後で奴が使う時に——
「ヘビー」
小声で呪文を唱える。ハンマーが微かに光った。
よし、これで奴が次に鍛造する時、予想以上の重さに驚くはずだ。
ちょっとした嫌がらせだが、これくらい許されるだろ。
その時——
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
店の外から、重い足音が聞こえてきた。
金属音だ。鎧か?
「……客か?」
ゴルドリックが顔を上げた。
俺も入口の方を見る。
そこには——
全身鎧に身を包んだ騎士が立っていた。
いや、立っているというより、ドアの前で立ち尽くしている。
そして、その騎士のヘルメットには——
大きな凹みがあった。
……
……
まさか。
いや、
まさか、
な。
騎士はドアの前で、じっと立っている。入ってこない。ただ、入口の前で、もじもじと体を揺らしている。
「……店長」
「ん?」
「あれ、客ですかね?」
「……さあな」
二人で騎士を見つめる。
騎士は、ついに決心したように、ドアノブに手をかけた。
よし、入ってくる——
と思った瞬間。
騎士が一歩後退した。
そして、また入口の前でもじもじし始めた。
「……店長」
「ん?」
「あれ、本当に客ですか?」
「……さあな」
さっきと全く同じ会話だ。
騎士は、また決心したように、ドアノブに手をかけた。
俺とゴルドリックは、なぜか固唾を飲んで見守っている。まるで、受験生の合否発表を待つ親みたいだ。
頑張れ、騎士。入れるぞ、お前なら入れる——
騎士が、また後退した。
「……」
「……」
無言が店内に広がる。
これ以上見てられない。
「失礼します」
俺はドアに向かって歩き出した。そして、ドアを開けた。
「いらっしゃいませ。武器をお探しでしたら、こちらに——」
顔を上げて、騎士と目が合った瞬間——
時間が止まった。
凹んだヘルメット。
全身鎧。
そして、なぜか微妙に震えている姿。
間違いない。
昨夜、俺たちが教会で遭遇した、あのデュラハンだ!
「あ、あの、その……」
騎士の声が聞こえた。ヘルメットの中から。
「今日は……お忙しいようでしたら……」
やばい、認識されてないか?それとも——
「あ、ああ、はい!本日は臨時休業でして!申し訳ございません、また後日お越しください!」
「そ、そうですか……わ、わかりました。失礼しました……」
騎士が一歩、また一歩と後退する。
よし、このまま帰ってくれ——
「ちょっと待った、お客さん」
ゴルドリックの声が背後から聞こえた。
やめろ!今は引き留めるな!
「休業?何言ってるんだこの馬鹿は。お客さん、どうぞどうぞ、中に入ってください」
「あ、いえ、その……本当に大丈夫でしょうか……お忙しいようでしたら……」
声がさらに小さくなった。
「大丈夫大丈夫!こいつは新人でね、まだ仕事を覚えてないんだ。後でしっかり教育しとくから、遠慮せずに入ってくれ」
「そ、そうですか……では、お邪魔します……本当に申し訳ございません……」
ゴルドリックが騎士の肩を軽く叩いた。
騎士が一歩、店内に足を踏み入れた。
その瞬間——
ガシャン。
ヘルメットが床に落ちた。
「「「……」」」
三人とも、床に転がったヘルメットを見つめる。
「あ、ああ……その……すみません……」
ヘルメット——いや、頭が喋った。
本当にあのデュラハンだ!
「デュラハン!貴様、魔王軍の回し者か!?」
ゴルドリックが瞬時に戦闘態勢に入った。腰のハンマーに手をかける。
「ち、違います!違うんです!本当に申し訳ございません!」
頭が必死に弁解する。
「魔王軍ではありません!証明書があります!こちらです!」
鎧の男が慌ててポケットから紙を取り出した。それを俺に差し出す。
俺は紙を受け取って、内容を確認した。
『登録証』
名前:デュラン
職業:前冒険者(騎士クラス)
ああ、つまり……合法的にこの国にいる、ということか。
「……こういうことらしいです」
俺はゴルドリックに紙を渡した。
「ふむ……まあ、いいだろう」
ゴルドリックが警戒を解いた。
「で、何の用だ?」
「あ、はい……その……」
頭が申し訳なさそうに言った。
「頭を……修理していただきたくて……」
「ああ、頭を修理な」
ゴルドリックが頷いた。
「お前の頭、確かに修理が必要だな」
「!!」
デュランが明らかに傷ついた様子を見せた。全身が震えている。
「……店長さん、それ、ひどくない?」
「え?あ……」
「い、いえ!その!ご、ごめんなさい!私は、たぶん、確かに頭悪いのやつかもしれない……」
「落ち着け落ち着、けヘルメットの修理だろ?簡単だ。この凹み……ん?」
彼はヘルメットを手に取った。
「……これ、スタン魔法の痕が残ってるな。しかも、かなり強力な……一体、どんなスタン魔法を食らったらヘルメットにこんな穴が開くんだ?」
俺は即座に視線を逸らした。
知らない。俺は何も知らない。
「まあいい。すぐ直してやる」
ゴルドリックは作業台に向かった。そして、例のハンマーを手に取った。
……
……
……
あ。
やばい。
さっき、あのハンマーに「ヘビー」の魔法をかけた。
「店長、ちょっと待って——」
「おりゃああああああ!」
ゴルドリックがハンマーを振り上げた。
ゴン!
ものすごい音と共に、ヘルメットが作業台にめり込んだ。
いや、作業台ごと地面にめり込んだ。
そしてーー
デュランの悲鳴が店内に響き渡った。




