1.なんで騎士の頭なんだよ!俺が召喚したのはパイだぞ!
「タンタン、本当にバレないよね?」
ペルフィの不安そうな声が、俺の耳元で囁いた。
「……知らないよ」
俺は小声で返事をしながら、教会の廊下を慎重に進んだ。
「あいつの透明化魔法がまた不安定にならなければ、こんなことにはならなかったのに」
そう、今、俺とペルフィは透明化魔法をかけられた状態で、夜の教会に不法侵入している。
なんでこんなことになったかって?
全部、あのポンコツ女神のせいだ。
事の発端は今朝まで遡る。
「但馬さん!但馬さん!」
エルスが光る繭から飛び出してきて、俺の肩を激しく揺さぶった。
「うわっ、何だよ朝から」
「ゴールデンアップルパイが……ゴールデンアップルパイがもうないんです!」
涙目で訴えるエルス。
ああ、そういえば数日前に買ってやった最後の一個を、昨日食べ終わったんだっけ。
「だから何だよ。また買えばいいだろ」
「お金がないんです!」
「……知ってる」
そう、俺たちの店は開店以来、相変わらず経営難だった。
ペルフィを雇ったはいはいものの、客はほとんど来ない。来たとしても、俺の料金設定が高すぎて帰っていく。
「でも、これは深刻な問題なんです!」
エルスが真剣な顔で言った。
「私、ゴールデンアップルパイがないと……禁断症状が……」
「禁断症状って、お前、中毒かよ」
しかも神様が食べ物中毒って、どうなんだ。
俺は心理学の本をパラパラめくりながら、適当に言った。
「エルス、お前のそれは『遅延満足の欠如』だ」
「遅延満足?」
「そう。すぐに欲求を満たそうとせず、我慢することで将来的により大きな報酬を得られる能力のことだ」
もっともらしく説明する俺。実は昨日読んだばかりの知識だけど。
「つまり、今ゴールデンアップルパイを我慢すれば、将来もっと美味しいものが食べられるかもしれない」
「……本当ですか?」
エルスの目が少し輝いた。
「ああ、心理学的に証明されてる」
完全にハッタリだけど。
「そ、そうですか……じゃあ、我慢します……」
エルスがしゅんとした。
よし、これで解決——
と思ったのは、甘かった。
その日の午後。
「但馬さん!」
エルスが突然立ち上がった。その目は、明らかに何かに取り憑かれたような光を宿していた。
「どうした?」
「決めました」
「何を?」
「タコちゃんを売ります」
「は!?」
思わず声を上げてしまった。
「タコちゃんを売って、ゴールデンアップルパイを買うんです!」
「待て待て待て!」
ペルフィも慌てて立ち上がった。
「タコちゃんは私の大事な家族よ!売るなんて絶対ダメ!」
「でも、お金がないんです!」
「だからって——」
「遅延満足なんて無理です!私、もう限界なんです!」
エルスが半狂乱になった。
ああ、やっぱりハッタリじゃダメだったか。欲望は理性に勝ったらしい。
「じゃ、じゃあ……」
ペルフィが俺を見た。その目は「何とかしろ」と訴えていた。
「……分かった。取りに行こう」
「取りに行く?」
「教会に」
こうして、俺たちは夜の教会に潜入することになったのだ。
ペルフィが俺たち二人に透明化魔法をかけてくれたが——
「はぁ……」
俺は深いため息をついた。
「昨日やっと武器店の助手のバイトを見つけたのに、これがバレたら明日どうやって働けばいいんだ……犯罪者として牢屋に入れられるんじゃないか?」
しかもエルスときたら——
「エルスはいいよな。店番するとか言って、店で楽してる。客もいないのに」
「客がいないわけじゃないでしょ」
ペルフィが小声で反論した。
「タンタンが料金高すぎるからよ。私みたいに落とされた冒険者たちは心理カウンセリングが必要なのに、あの値段じゃ誰も来ないわ」
「う……」
確かに、最初は一回銀貨五十枚とか設定してた。今思えば馬鹿高い。
「今は値下げしたけど、みんなもう第二の人生始めちゃったし」
ペルフィが続けた。
「はぁ……仕方ないだろ」
俺は肩をすくめた。
「俺だって店経営したことないんだから、経済学とか分からないんだよ。とにかく、早く終わらせて帰ろう」
教会の正門前に着いた。
予想通り、鍵がかかっていて、守衛が一人立っている。
「よし、任せて」
ペルフィが魔力を集め始めた。手に炎が灯る。
やばい、あの構え——
「『エクスプロージョン』!」
「待て待て待て!」
俺は慌ててペルフィの手を掴んだ。
「爆発させてどうするんだよ!教会吹っ飛ぶだろ!」
「え?だって、鍵壊すんでしょ?」
「壊すって、そういう意味じゃない!」
こいつ、本気で爆破するつもりだったのか。
「じゃあどうするのよ」
「……任せろ」
俺は深呼吸をして、鍵に向かって手をかざした。
「アンロック」
カチャ。
鍵が静かに開いた。
「お、おお……」
ペルフィが感心したような声を出した。
次は守衛だ。
「スリープ」
コテッ。
守衛がその場で倒れ込んだ。いや、寝たんだけど。
「……前から思ってたけど、タンタン魔法すごいよね」
ペルフィが小声で言った。
「何でも使えるみたい。使うたびに死んだ魚みたいになるけど」
確かに、もう結構疲れてる。額に汗が滲んでるし、息も少し荒い。
「……才能だよ」
俺は適当にごまかした。
才能なんかじゃない。この世界の魔法体系が変なだけだ。
全部中二病英語だし。
ペルフィは日本語の呪文を唱えることもあるけど、あれは大魔法の「前唱呪文」みたいなものらしい。
俺は自分の魔法能力をある程度把握している。
優点:大学時代の英語力(忘れかけてるけど)のおかげで、言霊みたいに魔法が使える。
欠点:魔力が弱すぎる。小魔法なら五、六回、大魔法なら一、二回で倒れる。
「魔法でお金作れたらいいのに……」
思わず呟いた。
「ダメよ」
ペルフィが即座に否定した。
「一つは違法だから。もう一つは、前に試したでしょ?できなかったじゃない」
ああ、そうだった。
以前、「マネー・ジェネレート」って唱えたら、なぜか日本円の札束が出てきた。
でも、この世界じゃ使えない。ただの紙切れだ。
教会の中は静まり返っていた。
月明かりが窓から差し込んで、床の石畳を照らしている。
「これを取ればいいのね?」
ペルフィが指差した先には、祭壇の上に金色に輝くゴールデンアップルパイが三つ並んでいた。神への供物だ。
そして、その両脇には——
二体の騎士の像が立っていた。
全身鎧に身を包み、剣を構えた姿勢で。妙にリアルな造形だ。
ペルフィがそのまま歩き出そうとした瞬間——
「待て」
俺は彼女の肩を掴んだ。
「どうしたの?」
「……直接取るのは危険な気がする」
なんとなく、嫌な予感がする。RPGでよくあるやつだ。宝箱に近づいたら罠が発動するとか。
「慎重に……」
俺は手を前に出した。
サモン魔法なら、離れた場所から物を召喚できる。これなら安全だろう。
ゴールデンアップルパイの形を思い浮べる。金色で、甘い香りがして——
「サモン!」
手の中に、ずっしりとした重みが伝わった。
おお、成功——
って、重くない?
ゴールデンアップルパイってこんなに重かったっけ?
「ひぃっ!」
ペルフィの悲鳴が聞こえた。
え?何で?
俺が手元を見ると——
「な、な、汝……何してるんだああああああ!!!」
声が聞こえた。
手の中から。
俺が持っているのは、ゴールデンアップルパイじゃなかった。
騎士の像の——頭だった。
しかも、その頭が喋っている!
「「「ああああああああああああ!!」」」




