22.偽カウンセラーの一夜漬け
「難しすぎる……」
ソファに寝転がって、顔に分厚い本を乗せた。『実践心理学入門』?何それ、食べられるの?重い。物理的にも内容的にも重すぎる。
異世界転生したのに、なんで勉強してるんだ俺。
チートスキルどこ?ハーレムは?
その前に思考整理図とやらを描いてみたけど——
「幼少期の傷……から……恋愛脳につながって……」
矢印があっちこっち向いて、もはや蜘蛛の巣。いや、これ俺の頭の中か。ぐちゃぐちゃだ。
「よし、まず基本から」
本をめくる。
「キューブラー・ロスの『悲嘆の五段階』……ふむふむ、否認、怒り、取引、抑うつ、受容……」
なるほど、ゲームと同じじゃん。レベル1の否認から始まって、最後にレベル5の受容でクリア。楽勝だな。
「次、認知行動療法……CBT……」
ふむふむ。
「要するに『考え方を変えれば行動も変わる』ってことだろ?精神勝利法じゃん!『俺は負けてない』って思えば負けてない!完璧だ!」
違う気もするけど、まあいいや。俺はそう理解することにした。
「マズローの欲求階層説……」
ピラミッドの図がある。
「一番下が生理的欲求、その上が安全……で、真ん中が愛と所属……」
なるほどなるほど。
「つまりペルフィは今、この愛と所属のところでつまずいてるわけだ。でも下の二つ、飯と寝床はあるんだから、別に死にはしない。大したことないじゃん」
完璧な理解だ。俺、天才かも。
「但馬さん、違いますよ」
横からエルスが口出ししてきた。お前も同じ本読んでるのか。でもページめくるの遅すぎない?まだ3ページ目?
「これはもっと複雑で……」
「お前、読むの遅すぎだろ」
「ちゃんと理解しようとしてるんです!」
ぷくーっと頬を膨らませるエルス。かわいいけど使えない。
「そもそも、なんで今更こんな本出すんだよ」
「え?」
「最初から持ってたなら、もっと早く出せよ」
「あ……」
顔が青ざめていく。
あ、これヤバいパターンだ。
「忘れてました……」
「忘れてた!?」
マジかよ。
「だって、普段使わないし……」
言い訳すんな。使えない女神め。
もう諦めた。適当に流し読みしよう。
「転移……投影……防衛機制……」
無理。専門用語多すぎ。脳が拒否反応起こしてる。頭痛い。
「もういい、寝る」
本を顔に乗せたまま目を閉じた。
いつの間にか寝落ちしてた。
「きゃああああ!」
なんだ!?エルスの悲鳴で飛び起きる。
「な、何だ!?」
痛い!鼻もげる!
「ペ、ペルフィさんがいない!」
エルスが慌ててる。何をそんなに——
「いないって……」
まだ寝ぼけてるな俺。
「別にいいだろ。元々居候だし」
「でも——」
「朝早く出かけただけじゃないか?買い物とか」
そう言いながら——あれ?そういえば昨夜、レオンと話してる時に二階から物音したような。
でも防音魔法かけてたよな?エルスが珍しく成功させたやつ。
じゃあなんで物音が——
……あ。
昨日のラブホ。防音かかってる部屋の声、ペルフィはどうやって聞いた?
盗聴魔法だ。
防音貫通する魔法。
やばい。
「まさか……」
二階に駆け上がる。ドア開ける。ベッド使った跡あり。ペルフィなし。
タコちゃんだけが「にゃ〜」と鳴いてる。
「『ディテクト・マジック』」
探知魔法。魔力残ってて良かった。
ドアの近くに魔力の残滓。強い。これ盗聴魔法の跡だ。
クソが。
「おい、エルス!」
階段駆け下りる。エルスに詰め寄る。
「なんで使えないんだよ、お前の魔法!」
「え?」
「防音魔法、破られたんだぞ!ペルフィの盗聴魔法に!」
エルスの顔、真っ青。
「そ、そんな……ちゃんと成功したはずなのに……」
「成功してない!全然してない!」
頭抱える。この女神、マジで使えない。
「お前の魔法、肝心な時に全然役に立たないじゃないか!」
「そ、そんなひどい言い方……」
涙目になってる。あー、泣くなよ。
「だって、私だって頑張ったのに!それに、但馬さん、それ暴力的コミュニケーションですよ!昨日心理学の本読んだでしょ!非暴力コミュニケーションを——」
「知るか!」
そんなもん全部忘れた!
「ペルフィは全部聞いてたんだぞ!レオンがルナを好きだってことも!自分がパーティーから追い出されることも!」
エルスがへたり込む。
「……そんな」
声震えてる。
「私のせいで……ペルフィさんが……」
涙こぼれてる。銀髪で顔隠れてる。肩震えてる。
「委託、失敗ですね……」
「……」
言葉が出ない。
ペルフィのこと思い出す。
初めて会った時。酔っ払って叫んでた。
俺に吐いた。でもケロッとしてた。
ドア何度も蹴り壊した。全然反省しなかった。
「タンタン」
いつもニヤニヤしながらそう呼んでた。
昨日の偽デート。「レオンのため」って言いながら、時々本当に楽しそうだった。
手、温かかった。
夜這い。自暴自棄な涙。
全部——
「ああ、そうだな」
肩落とす。
エルス、もっと小さくなる。消えそう。
でも——
「いや、まだだ」
顔上げる。
「え?」
エルスも顔上げる。涙でぐしゃぐしゃ。
「委託人がレオンに変わっただけだ」
立ち上がる。
「それに、一番重要なことがある」
「何ですか?」
正義感溢れる表情作る。そして——
「ペルフィの奴、まだ金払ってない」
「……」
エルスの涙止まる。呆れてる。
「……但馬さん、相変わらず最低ですね」
そうかもしれない。いや、そうだ。
「いや、だって、その金で、お前のへそくり返そうと思って——」
「但馬さんの言う通りです!」
エルス豹変。立ち上がる。目に闘志。
「ペルフィさん、ひどい!お金も払わずに逃げるなんて!」
現金すぎる女神。
「とにかく、ペルフィを探さないと」
「でも、見つけてどうするんですか?但馬さん、心理学マスターしたんですか?」
「……一応な!」
嘘。全然分かってない。でもなんとかなる。たぶん。きっと。多分。
店を飛び出す——
……あれ?待てよ。
「待った!」
三秒で戻ってきた。
「なんですか、忘れ物ですか?」
違う違う。
「そうだ、お前、探索魔法とか使えないのか?」
「探索魔法?」
「人を探す魔法だよ。『ビー・キュート』みたいな変な魔法があるくらいなんだから、そういう便利な魔法もあるだろ?俺、もう魔力スッカラカンだから、お前が頼りなんだ」
期待の眼差し。頼む、使えてくれ。
「あ、それは……」
表情曇る。目逸らす。もじもじ。
やばい、この反応パターンは——
「実は……」
「なんだよ」
「昨夜、ほとんど寝てなくて……」
「は?」
寝てない?なんで?
「だって、心理学の本読んでたし……」
まあそれは分かる。
「それに……」
頬赤い。なんだ?
「た、但馬さんとペルフィさんが何してるか気になって、ずっと監視魔法使ってたから……」
「監視魔法!?」
監視!?ストーカーか!犯罪だろそれ!つーかプライバシーとか知らないのか!
「だ、だって!二人でデートしてるのを見てるしかできなくて!それで魔力使い果たして、今は探索魔法なんて——」
俺は店を飛び出した。




