21.三角関係
「あの……すみません、もう一回言ってもらえますか?」
俺は思わず身を乗り出した。今の、聞き間違いじゃないよな?いや、聞き間違いであってほしい。
「僕、ルナが好きなんです」
俺とエルスは顔を見合わせた。エルスの目が「どうしましょう」って訴えてる。
「えーと、その……あなたのパーティー、解散するのはペルフィさんだけなんですよね?ルナさんは残るんでしょう?」
「はい」
「じゃあ、二人で冒険続ければいいじゃないですか。恋愛相談なら、別に問題ないような……」
「そ、そうですよ!」
エルスも慌てたように援護射撃を始めた。
「ルナさんと二人きりで冒険できるなんて、むしろ良い展開じゃないですか!ペルフィさんに気を使う必要もないし、堂々と恋人同士になれるし——」
「違うんです」
レオンは静かに首を振った。あの苦い笑みを浮かべたまま。
「そんな単純な話じゃないんです」
彼は少し間を置いて、続けた。
「実は……ペルフィが何の相談でここに来てるか、知ってるんです」
「!?」
俺とエルスが同時に声を上げた。
「い、いつから……」
「ずっと前から、なんとなく察してました」
レオンが遠い目をした。
「彼女、僕にいつもお弁当作ってくれて、装備の手入れを手伝ってくれて……でも、僕がルナと話すと急に機嫌が悪くなって」
ペルフィの典型的なツンデレ行動だな。
「『バカ』『アホ』『死ね』って言われ続けて、正直、本当に嫌われてるのかと思った時期もありました」
レオンが苦笑した。
「でも、彼女が初めてここに来た夜……」
彼の表情が少し柔らかくなった。なんか、その時のペルフィを思い出して、微笑ましいような、困ったような、複雑な感情が見える。
「僕、外にいたんです」
「は!?」
「外にいた!?なんで!?」
ストーカーか!?いや、でも心配して後をつけたのか?
「ペルフィを探してて、たまたまここの前を通りかかったら、中から酔っ払った声が聞こえて……『バカ隊長』とか『鈍感』とか叫んでて……ああ、やっぱり僕のことかって」
なるほど、それで確信したのか。
「翌朝、確認のために来たんです。彼女の本当の気持ちを」
「ああ、思い出した」
できれば…あの朝のことは、本当に思い出したくない…
「はい。でも、もう一つ理由があって」
レオンが俺たちを見た。羨ましそうな、それでいて少し寂しそうな目で。
「僕は……もしペルフィがパーティーに残れないなら、せめて居場所があればいいと思って」
「居場所?」
「彼女、前に言ってたんです。『森には帰りたくない』って。でも、このままだとそれしか選択肢がない。だから……」
彼は深呼吸をして、続けた。
「正直に言います。あの日、あの合成獣を見た時、最初は何が起きたのか分からなくて……」
レオンが少し笑った。
「でも、あなたたちがあの生き物に名前をつけてる姿を見て、思ったんです」
彼は俺たちを真っ直ぐ見た。
「あの……あなたは但馬さんですよね?但馬さんと、その助手さんなら、ペルフィの強すぎる感情も受け止めてくれるかもしれないって」
『見ました?私、助手って呼ばれてますよ』
エルスの心の声が聞こえた。
なんか妙に嬉しそう?
『今それどころじゃないだろ』
『でも、ちゃんと助手として認識されてるんです!』
なんでそこで喜ぶんだよ。
「ペルフィと初めて会ったのは、三年前でした。彼女、魔法学校を卒業したばかりで、でも実家と大喧嘩して飛び出してきたらしくて」
「大喧嘩?」
「詳しくは知りませんが、相当深刻だったみたいです。ギルドの近くの小さな倉庫で、一人で泣いてたんです。膝を抱えて、小さくなって」
倉庫で泣いてる金髪エルフ美少女!なんて王道な出会いだ。
「声をかけたら、最初は『うるさい!』って魔法撃たれそうになって」
やっぱりペルフィらしい。
「でも、話を聞いたら、行くところがなくて、お金もなくて……だから、うちのパーティーに誘ったんです」
「それで、三年間一緒に冒険してきて……」
レオンが続けた。
「彼女、本当にいい子なんです。衝動的で、感情的で、すぐ魔法ぶっ放すけど……でも、誰よりも仲間思いで、努力家で」
完全に惚気じゃないか。
「つまり」
俺は咳払いをした。
「あなたは、ペルフィを俺たちに託して、ルナと二人で逃げるってことか?」
「但馬さん!」
エルスが声を上げた。
「そんな言い方……」
……でも、本質的にはそういうことだろ?
「それに、さっきルナが好きって言ったよな?なんでペルフィの話ばかりするんだ?」
レオンが深いため息をついた。そして、覚悟を決めたような顔で——
「実は……僕、ペルフィも好きなんです」
『クズ男』
エルスの即座の心の声。
『同感。でも、まあ……二股の気持ちも分からなくはない』
『但馬さんも最低ですね』
『ちょっと待て、俺は理解できるって言っただけで——』
「でも」
レオンが慌てて付け加えた。
「ペルフィへの『好き』は、守ってあげたいっていう感じで……妹とか、親友みたいな」
妹扱い!?ペルフィが聞いたら絶対キレる。メテオどころかアルマゲドン唱えるぞ。
「彼女、戦闘では誰よりも強いけど、心は本当に脆くて……だから守りたくなるんです」
「で、ルナは?」
「ルナは……」
レオンの顔が変わった。さっきまでの困惑した表情じゃなくて、本当に大切なものを語る時の顔だ。
「去年、僕たちが魔獣に襲われた時のことです」
彼の声が震えた。
「僕は重傷を負って、意識を失いかけていました。ペルフィは魔力を使い果たして倒れていて……」
え?ちょっと…
ただの茶番のはずなのに、なんであいつらあんなにガチなんだよ!? もしかしてこの契約、魔王も部下には隠してるのか!?
「その時、ルナだけが立っていたんです。彼女も限界だったはずなのに、僕たちを守るために、震えながら魔獣の前に立って」
彼の声が優しくなった。
「『この人たちには、指一本触れさせない』って言ったんです。そして、自分の生命力を削って最後の回復魔法を……」
レオンが俺たちを見た。
「その時、分かったんです。この人と一緒にいたいって。強さじゃなくて、その優しさと覚悟に惹かれたんです」
俺もエルスも、黙って聞いていた。
つまり、これは……本物の恋だ。
ちくしょう……これは本当にまずい。
「要するに、解決すべき問題は二つ。一つ目、ペルフィにパーティー解散をどう伝えるか。二つ目、恋愛感情の整理」
「はい……」
「しかも時間がない」
「そうなんです。法案の施行も近いし……それに」
レオンが俯いた。顔が真っ赤だ。
「実は、今夜……ルナに告白されたんです」
「「は!?」」
「帰り道で、急に『ずっと一緒にいたい』って……!でも、僕はペルフィのことも気になって……『少し時間をくれ』って言ったんです。それで、どうしても答えが出なくて、気づいたらここに」
深夜の恋愛相談か。しかも三角関係。面倒くさすぎる。
その時——
ガタッ。
二階から物音がした。
なんだ?タコちゃんが暴れてる?
いや、違う。もっと……人が動いてるような……
まさか、ペルフィが起きて——いや、でも防音魔法かけてるし。
でも、なんか嫌な予感がする。
「とりあえず」
俺は立ち上がった。
「レオンさん、今夜は帰って寝ろ。頭を冷やして、明日また考えればいい」
「でも——」
「俺たちも寝る時間だ」
「あ、すみません。こんな遅くに……」
レオンが慌てて立ち上がった。
「報酬は……少し多めに払います」
金!
俺の心が叫んだ。欲しい!めちゃくちゃ欲しい!
エルスのへそくり、全部使い果たした。明日からどうやって生活するんだ。
食費は?店の運営費は?このままじゃマジでヤバい。
レオンが財布を取り出した。金貨が見える。キラキラ光ってる。
受け取れば、当面の生活は安泰だ。エルスに怒られることもない。ペルフィの食費も気にしなくていい。
でも——
レオンの顔を見た。疲れ切って、悩んで、それでも真剣に相談に来た男の顔。
ペルフィのことを本気で心配して、ルナのことも大切に思って、板挟みになって苦しんでる。
こんな状態の奴から金を取るのか?
いや、でもこれは仕事だ。俺はカウンセラー(偽物だけど)で、相談料をもらうのは当然の権利。
でも、解決策も出せてない。ただ話を聞いただけ。これで金を取ったら、詐欺師と同じじゃないか。
いや、聞くだけでも立派なカウンセリングだ。
でも、営業時間外に押しかけられて、深夜に起こされて……割増料金もらってもいいくらいだ。
いや、でも彼は切羽詰まってたんだ。他に頼れる場所がなくて……
ああもう!
「……営業時間外だから、今回は無料でいい」
言ってしまった。後悔はある。めちゃくちゃある。でも、言ってしまった。
「でも、それじゃ——」
「いいから帰れ。早く寝ろ」
レオンが深々と頭を下げて、店を出て行った。
扉が閉まった瞬間、俺は振り返ってエルスを見た。
「なあ、女神様」
「はい?」
「どんなにポンコツでも、心理学の本くらいは出せるよな?」




