18.冒険者削減計画、いよいよ本格化
ガサガサ……
シュルシュル……
壁の向こうから、何かを脱ぐような音が聞こえてきた。
「きゃああああ!」
ペルフィが顔を真っ赤にして叫んだ。
「服脱いでる!絶対服脱いでる!」
いや、まあ、そう聞こえるけどさ。でも鎧とか外套とかかもしれないだろ。
カチャン……
金属音。
「鎧も脱いでる!」
ペルフィの想像力が暴走し始めた。目が血走ってる。
「ダメ、ダメダメダメ!」
彼女の手に魔力が集まり始めた。しかも今まで見たことないくらいの量だ。
「『メテオ・ストライク』!」
「待て待て待て!」
俺は慌てて彼女の手を掴んだ。
「壁壊すな!ホテル潰れる!」
俺は必死にペルフィを押さえつけた。でも彼女の力は異常に強い。魔法使いなのになんでこんなに腕力あるんだ。
「分かった分かった!壁は壊さない!」
ペルフィが急に大人しくなった。
ふう、助かった——
と思った瞬間、彼女は部屋のドアに向かって走り出した。
「ちょ、どこ行く!?」
「直接行く!」
ヤバい!
俺も慌てて後を追った。
廊下に出ると、ペルフィはもう隣の部屋の前に立っていた。涙目で、でも怒りに燃えている。そして手には巨大な魔法陣が展開されていた。
「この!」
ドンッ!
彼女は魔法を使わず、普通に蹴った。
いや、普通じゃない。ドアが蝶番ごと吹っ飛んだ。
「おしどりどもーーー!!」
ペルフィが叫びながら部屋に突入した。
俺も続いて中に入る。
そして——
「……」
「……」
部屋の中、レオンとルナは確かにいた。
鎧と外套は床に無造作に投げ出されている。
そして二人は——
ベッドの両端で、まるで磁石の同極同士のように離れて、大の字になって寝ていた。
「ぐがーーー」
「すぴーーー」
豪快ないびきが部屋に響いている。
死んだように爆睡している。
ペルフィの手に集まっていた魔力が、しゅんと消えた。
彼女の表情が、怒りから困惑へ、そして呆然へと変化していく。
やっぱりな。
俺は心の中で呟いた。三十分って言ってたし、防音がどうとか言ってたのも、単純に邪魔されずに寝たかっただけだろ。
「……だから、人の睡眠を邪魔しちゃダメだって。ほら、帰ろう」
「い、いや、きっと一分で終わったから寝てるのよ!」
ペルフィが必死に言い訳を探している。
「一分って早すぎだろ!つーか、それならルナも寝ないだろ!」
「だ、だって他に説明がつかないじゃない!」
「いや、説明も何も……」
俺は二人のいびきを指差した。
「この音量で起きないってことは、ただ疲れて寝てるだけだろ」
「で、でも……寝るだけならなんでわざわざラブホテルで……」
「お前ら、普段どこで寝てるんだ?」
「え?」
「冒険者って、旅先で宿とか取るの?それとも野宿?」
「その時次第よ。宿がある時は宿、なければ野宿……最悪、路上でも……」
「流浪者かよ」
「う、うるさい!でも基本的にはそんな感じよ」
「だろ?で、昨夜お前いなかったんだから、多分部屋は退去済みだろ。で、この二人は昨夜何かしてて一睡もしてない」
「何かって……それはきっと……」
「だからエロい方に考えるな!もしそういうことしてたなら、今日新しく部屋取る必要ないだろ」
その時——
「ゴホン」
後ろから咳払いが聞こえた。
振り返ると、店主が困った顔で立っていた。
「……本当にすみませんでした!!」
俺とペルフィは土下座した。
なんとか店主を誤魔化して(主に金で)、俺たちは自分の部屋に戻った。
ちなみに、ドアの修理代も俺たちが払うことになった。エルスのへそくり、もうほとんど残ってない。帰ったら絶対怒られる。
部屋に戻って、俺たちは二人が起きるのを待つことにした。
暇つぶしに、窓際の棚にあった新聞みたいなものを手に取った。この世界のホテルには、こういうサービスがあるらしい。
パラパラめくっていると、ある記事が目に留まった。
『冒険者削減計画、いよいよ本格化』
なんだこれ。
記事を読むと、条約の緩和とか政策の変更とか、難しい言葉が並んでいる。
要するに、冒険者の数を減らすらしい。登録済みの冒険者も強制的に引退させられて、無許可で活動したら浪人扱いになるとか。
そういえば、エルスが言ってたな。この世界の魔王と人間は裏で手を組んでて、表向きは戦ってるふりをしてるって。
でも、なんで今更そんな条約が緩むんだ?
「なあ、ペルフィ」
「何、タンタン?」
だからその呼び方やめろ。
「新聞に冒険者削減って書いてあるけど」
「知ってるわよ」
ペルフィがため息をついた。
「前に相談した時に言ったじゃない」
「言った?」
「『どうせもうすぐこのパーティーも終わりだし』って」
「いや、それは三角関係のせいでパーティーが崩壊するって話だったろ」
「三角関係じゃない!……まあ、それも原因の一つだけど」
ペルフィが窓の外を見ながら続けた。
「本当に解散の危機なのよ。でも、この前ゴブリン討伐に成功したでしょ?レオンはそれを実績にして、冒険許可を申請するって言ってた」
「へえ」
いやいや、ゴブリン一匹倒しただけだろ! なんでそれが交渉のカードになるんだよ! マジでそれで通用するんなら、大規模なリストラが必要だろうな。
「でも、難しいみたい。だから私、急いでるの」
彼女の声が少し震えた。
「もし許可が下りたら、せっかく苦労して継続したパーティーを解散なんてできないでしょ?だから今のうちに告白して、彼の気持ちを確かめたいの」
「なるほど」
「もし解散になったら……」
ペルフィの声がさらに小さくなった。
「私、森に帰らなきゃいけない。でも……帰りたくない」
帰りたくない、か。
何か事情がありそうだな。でも今は聞かない方がいいだろう。
「じゃあさ」
俺は思いついたことを口にした。
「もしかして、レオンとルナが二人で出かけたのって、その交渉のためじゃないか?」
「え?」
「冒険許可の申請とか、そういう——」
「でも、それなら私も連れて行くはずよ」
「いや、お前がいたら交渉にならないだろ」
「なんで!?」
ペルフィが怒った。
「おいタンタン、いきなり人身攻撃?カウンセラー失格よ」
だからタンタンって呼ぶな。それに俺、偽物だし。
「人身攻撃じゃなくて、客観的事実だ」
「どういう意味よ」
「いいか?お前、さっきみたいに感情的になって魔法ぶっ放しそうだろ」
「そ、そんなことない!」
「さっき壁壊そうとしてたじゃん」
「あれは……」
ペルフィが言葉に詰まった。
「まあ、可能性はあるかも……」
急に素直になるな。
「…あ、そういえばさ」
俺はふと思い出した。
「三十分で済むって言ってたよな」
「言ってたわね。それが?」
「今思えば、あれってそういうことの長さじゃないだろ」
「何よ、タンタン嫉妬してるの?」
ペルフィがニヤニヤしながら言った。
「なんだよそれ!」
俺は呆れた。
「つーか、お前いつもそういう百戦錬磨みたいなこと言った後で、自分で赤面するのやめろよ」
案の定、ペルフィの顔が赤くなってきた。
「そ、そんなことないわよ!」
「あ、でも待てよ……」
俺は急に気づいた。
「そういうことじゃないなら、三十分って何のことだ?」
「え?」
ペルフィも考え込んだ。そして時計を見た。
「……もう一時間以上経ってる」
「まさか……」
ペルフィが立ち上がった。
俺たちは急いで部屋を出した。
ドアは開いたまま——店主が修理待ちにしてくれたらしい——で、中は空っぽだった。
ベッドはぐちゃぐちゃのまま。鎧も外套もない。




