12.これこそが正統派ヒロイン
全員の悲鳴がハモった瞬間、レオンが反射的に——
「うわっ!」
——手の中の合成獣をぶん投げた。
おいリーダー様、それでいいのか。
グニャアアア!
合成獣が華麗に宙を舞い、壁にクリティカルヒットしそうになった瞬間——
「危ない!」
ルナが素早く手を出した。
「『ウィンド・クッション』!」
優しい風が合成獣を包み込み、ふわりと床に着地させた。
さすが正統派ヒロイン!このタイミングで登場して颯爽と問題解決!これだよこれ!異世界に求めていたのはこういう展開だよ!
グルルル……
って、まだ動くのかよ。
黄色いゼリー状の体がプルプルと震え、触手をブンブン振り回している。完全にヤバい生物じゃないか。
「大丈夫、みなさん落ち着いて」
ルナが穏やかに、でもどこか可愛らしい口調で言った。青髪を揺らしながら優雅に一歩前に出る。
ああ、なんて清楚で可憐なんだ。これぞ理想のヒロイン!
「こういう合成獣なら、『ルート・ピュリフィケーション』を使えば簡単に——」
「待って!」
突然、ペルフィが前に飛び出した。
「それはダメ!」
「え?」
ルナが振り返った。俺も振り返った。みんな振り返った。
何がダメなんだよ。むしろ早く浄化してくれ。
「どうして?」
ペルフィは合成獣を見つめながら、なぜか頬を赤らめた。
ちょっと待て、なんで赤面してるんだ。
「だって……操作次第では、これ、すごく可愛くなるのよ」
「……は?」
全員の声がまたハモった。
可愛い?どこが?触手がウネウネしてるアレが?目ん玉どこについてるんだよ。
「それに、これには……その……」
ペルフィがもじもじし始めた。
嫌な予感しかしない。
「私の愛情が込められてるの」
「「……」」
「あの……ペルフィ……」
ルナの声が震えていた。美しい顔に信じられないという表情が浮かんでいる。
「愛情を込めて、こんな恐ろしいものを作ったの!?」
「そ、そうよ!何か文句ある!?」
開き直るなよおい!
「しかも、それをレオンにプレゼントしたのよね?」
ルナの声がさらに震えた。今度は別の意味で。
「これって……なんていうか……」
彼女は言葉を選んでいるようだった。
「まさか、悪戯?」
「ち、違う!」
ペルフィが慌てて否定した。
「これは悪戯なんかじゃない!本当に真心を込めて——」
彼女は急に言葉を止めた。顔が見る見るうちに赤くなっていく。
あ、ツンデレモードに切り替わった。
「あ、いや、その……」
「べ、別に真心とか、そういうんじゃなくて!」
出た!定番のセリフ!
ペルフィが腕を組んだ。
「ただ、なんていうか……その……」
必死に言い訳を探している。
「じ、実験?そう、実験よ!料理の実験!」
「実験?」
「そうよ!高級食材を使った調理実験!た、たまたまレオンがいたから渡しただけで!」
「べ、別にレオンのために特別に作ったわけじゃないんだから!」
なんでここでツンデレするんだよ!タイミングおかしいだろ!
それに悪戯って言われた方がまだマシだった。愛情込めて作った結果がモンスターって、料理スキルどころか人間性を疑うレベルだぞ。
「あの……」
俺はほとんど諦めたような無力な声で手を挙げた。
「悪戯かどうかは置いといて……」
ある方向を指差した。
「誰か、あれを何とかした方がいいんじゃない?」
みんなが指の先を見た。
そこには——
「きゃああああああ!助けてええええ!もう追いかけないでええええ!」
銀髪の女神様が全速力で逃げ回っていた。
……女神様?
いや、違う。あれは女神じゃない。ただのポンコツだ。
グニャアアア!
合成獣は、なぜかエルスだけを執拗に追いかけていた。一階から二階へ、二階から一階へ、延々と追いかけっこ。まるでトムとジェリーだ。
「ひいいい!虫!虫みたいで気持ち悪い!」
またかよ。
「『ホーリー……ホーリー……』あれ?ホーリーの後なんだっけ!?」
呪文忘れてるし。
「『ディバイン・ジャッジ……ジャッジ……』審判?裁判?どっち!?」
英語わからないのか。
「『セイクリッド……セイクリッド……』ああもう!聖なるなんとかかんとか!」
……完全に諦めた。諦めるの早すぎだろ。
その光景を見ていたルナが、深いため息をついた。
「はぁ……」
そして俺の方を向いた。その表情は……とても優しくて、知的で、まるで「できない子を見守る先生」のような感じだった。
「ねえ、イケメンさん、さっき何か魔法を使ったでしょう?」
「え?」
イケメンさんで……俺のこと!?
「合成獣を可愛くしようとしたんじゃない?」
おお、なんという察しの良さ!
「でも、能力が足りなかったか……もしかして、呪文を間違えたのかしら?」
ルナの声は責めるような感じではなく、むしろ理解を示すような温かさがあった。
なんて優しいんだ!なんて理解力があるんだ!
これだよ!これが普通の反応だよ!
エルスみたいに「きゃああああ虫いいいい」とか叫ばない!
ペルフィみたいに「愛情の結晶よ!」とか意味不明なこと言わない!
ちゃんと状況を把握して、論理的に考えて、冷静に対処法を提案する!
これが……これが正常な人間だ!
異世界に来て初めて、まともな人に出会えた。感動で涙が出そうだ。
「そうです」
俺は素直に認めた。詳しい理由は言わないけど。
「魔法が中途半端で……」
ルナは苦笑いを浮かべた。理解と同情が混じったような、優しい笑顔だった。
ああ、エルス様。あなたはなぜそこにいるんですか。ルナと場所を交換してください。
そりゃレオンもルナと一緒にいたがるわ。
片やツンデレで暴走するエルフ。
片や優しくて理性的な祭司。
どっちを選ぶか?小学生でも分かる二択問題だ。
それにペルフィの普段の様子を見てたら、まともにコミュニケーション取れないじゃないか。
「大っ嫌い!」とか言いながら弁当作って、その弁当が合成獣になって……
あ、まあ俺も悪いんだけどさ…いや、やっぱ完全に俺のせいか。でも!だとしても、普通こういうのって常識的に分かるはずだろ!あいつら二人の方も悪いんじゃねーのかよ、おい!
これじゃあ恋愛どころか、普通の会話すら成立しない。会話の前にまず生命の危機だ。
「ねえ、ペルフィ」
ルナがペルフィに向き直った。
「前から言ってるけど、あなた魔法使いなんだから、戦闘魔法以外も勉強したら?」
「う……」
ペルフィが言葉に詰まった。
「回復魔法も初級レベルのままでしょう?」
「それは……」
「まあ、今はそれは置いといて」
ルナは優雅に髪をかき上げた。
「とりあえず、この状況を何とかしましょう」
彼女はまずレオンの方を向いた。
「レオンさん、あの合成獣を抑えてもらえる?」
「分かった!」
レオンが即座に動いた。さすが冒険者パーティーのリーダー、判断が速い。
「ペルフィ、あなたは束縛呪文で動きを止めて」
「え?でも——」
「大丈夫、殺したりしないから」
ルナの言葉には説得力があった。ペルフィも渋々頷いた。
「『チェイン・バインド!』」
ペルフィの魔法で、光の鎖が合成獣を縛り上げた。
グギャア!
合成獣が苦しそうな声を上げたが、動きは完全に止まった。
「では、私が——」
ルナが両手を前に出した。
その瞬間、彼女の周りに柔らかな光が溢れた。それは温かく、優しく、まるで春の陽射しのような光だった。
『うわ……』
俺は思わず見とれた。
『エルスの光とは全然違う』
エルスの光は確かに神聖だけど、なんというか……威圧的?見てると目が痛くなるような、過剰な神々しさがある。
でもルナの光は違う。見ているだけで心が安らぐような、本当の意味での「癒し」の光だ。
『こっちの方がよっぽど女神っぽいじゃないか』
「『キューティファイ・ライフ』」
ルナが優しく呪文を唱えた。
ピカッ!
眩しい光が合成獣を包み込んだ。
数秒後、光が収まると——
「にゃあ♪」
そこには、あの可愛い姿の生き物がいた。
「(◕ω◕)」の顔で、小さくて、プニプニしていて、完全に無害化されている。
「たすかったああああ〜〜!」
エルスが床に崩れ落ちた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「もう追いかけてこない〜〜!」
情けない。本当に情けない。これが女神か。
ルナは微笑みながら説明した。
「これで完全に無害な生命体になったわ。ペットとして飼えるレベルね」
確かに、生き物は大人しくなっていた。でも——
「にゃ〜ん♪」
なぜか、エルスの周りをうろうろしている。
「ひっ!」
エルスが怯えた。
でも、生き物はただすりすりと体を擦り付けてくるだけだった。まるで猫が飼い主に甘えるように。
「あら」
ルナが興味深そうに見ている。
「この子、銀髪のお姉さんが好きみたいね」
「なんで私だけえええ!」
エルスが半泣きになった。
一方、ペルフィは——
「ちょっと!こっち来なさい!」
必死に生き物を呼んでいた。
「私が作ったのよ!?なんでエルスの方に行くの!?」
「にゃ?」
生き物はペルフィを一瞥しただけで、またエルスの元に戻った。
「ひどい!」
ペルフィがショックを受けている。
つーか、この完璧なチームワーク見てると……
こんな知的で優しい美少女が相手じゃ、ペルフィに勝ち目ないだろ……
あれ、でも待てよ。もしペルフィの恋愛相談が成功したら、ルナが俺と——
『何を考えてるんですか』
突然、エルスの冷たい声が頭に響いた。
うわ、ビビった。
『今、不純なこと考えましたね』
『考えてない』
『嘘です。「ルナと俺が」とか思ったでしょう』
プライバシーの侵害だ!脳内盗聴は犯罪だぞ!
『但馬さんの煩悩は筒抜けです』
くそ、この盗聴女神め。
「ねえねえ!」
突然、ペルフィが興奮したように叫んだ。
「この子に名前つけましょう!」
「名前?」
みんなが振り返った。
「だって、ペットにするなら名前が必要でしょ?」
ペルフィの目がキラキラしている。
ペットにする前提なのか。
「私は『タコちゃん』がいいと思う!」
「却下です」
エルスが即座に否定した。走りながら。
「そんな安直な名前じゃダメです。もっと神聖で、威厳のある名前にすべきです」
走りながら偉そうに言うな。
彼女は腕を組んで考え込んだ。走りながら。
「そうですね……『スコラトゥス・メモリアル・フォルトゥナ』とか」
「長い!」
俺とペルフィが同時にツッコんだ。
つーか、まず立ち止まれ。
「じゃあ『メルクリウス・クリストフォーラス・エターナル』」
「もっと長い!」
「『アポカリプス・ジェネシス・——』」
「もういい!」
どんだけ中二病だよこいつ!?そんな名前、呼ぶの恥ずかしすぎるだろ!近所の人に聞かれたら引っ越すレベルだぞ!
「中二病じゃありません!神聖な——」
神聖って言えば何でも許されると思うなよ。
「じゃあタコちゃんでいいじゃない!」
ペルフィが主張した。
「可愛いし、覚えやすいし!」
「安直すぎます!」
「じゃあ『たこ焼き』」
「「……」」
俺が提案した瞬間、二人から冷たい視線を浴びた。
「なんでそんな名前?」
「いや、タコみたいだし、丸いし……」
「却下」
即答かよ。
「じゃあ『ポテト』は?」
「なんでポテト!?」
「黄色いから」
「それだけ!?」
ネーミングセンスなんてそんなもんだろ。
「『邪神ちゃん』」
「怖い!」
いや、見た目的には一番しっくりくるけど。
三人で言い争っていると——
「ふふ」
「あはは」
レオンとルナが、なぜか笑っていた。
二人は顔を見合わせて、優しい笑顔を浮かべている。
「あの」
レオンが申し訳なさそうに言った。
「悪いけど、僕たち、ちょっと用事があって」
「え?」
ペルフィが振り返った。
嫌な予感。
「ルナと二人で、少し出かけてくる」
「はあ!?」
ペルフィの顔色が変わった。予想通りの反応だ。
「また私を置いて二人で!?」
「ごめん、本当に大事な用事なんだ」
レオンの表情が真剣だった。いつもの爽やかイケメンスマイルじゃなくて、何か重要なことを抱えているような顔。
まさか、プロポーズとか?いや、まだ早いだろ。
「絶対ダメ!」
ペルフィが食い下がった。
「また私だけのけ者にして——」
「ペルフィ」
レオンの声が、いつもより低かった。
おお、イケメンボイス。これは女子が弱いやつだ。
「本当に、大事な用事なんだ」
その真剣な表情に、ペルフィも何かを感じ取ったらしい。
「……分かった」
渋々といった感じだが、ペルフィは引き下がった。
本当に何か重要な用事があるのか?まさか、二人でデート?いや、でもレオンの表情はガチだったな。
「じゃあ、ペルフィをよろしく」
レオンが俺に向かって頭を下げた。
「はい」
なんで俺が子守りみたいな扱いなんだ。
俺は戸口まで二人を見送ることにした。
店の外に出ると、春の陽射しが眩しかった。
レオンとルナが並んで歩いていく。その後ろ姿は、確かにお似合いのカップルに見える。身長差もちょうどいいし、雰囲気も合ってるし。
ペルフィ、これはかなり厳しい戦いだぞ。
と、その時——
「…あの」
レオンが急に立ち止まって、振り返った。
その表情は、さっきまでとは打って変わって、妙に真剣だった。
「ペルフィは……」
彼は言葉を選ぶように、ゆっくりと話した。
「あなたたちと一緒にいる時、楽しそうですか?」
「え?」
突然の質問に戸惑った。
何だこの質問。
「いや、その……何を言ってるんですか?」
俺は曖昧に答えた。
レオンは少し間を置いて、そして——
「まあ、楽しそうですよね」
彼の口元に、皮肉めいた笑みが浮かんだ。
え?なんか雰囲気変わった?
「だって、あなた達の店で吐くまで飲んでましたからな。」
は?
頭が一瞬真っ白になった。
待て。待て待て待て。
それって、つまり——
「おい、やっぱり記憶残ってるじゃないか!」




