11.愛妻弁当から錬金術師へ(三)
「「逃げろおおおお!!」」
俺とペルフィが同時に叫んだ瞬間、エルスが突然立ち止まった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
彼女は震えながらも、なぜか偉そうに胸を張った。
「に、逃げる必要なんてありません!こ、こんな合成獣、わ、私の神聖魔法で一発です!」
おい、声震えまくってるじゃないか。
グニャア……
合成獣がエルスの方を向いた。黄色いゼリー状の体がプルプルと震え、触手がゆらゆらと揺れる。
「ひぃっ!」
エルスが小さく悲鳴を上げた。
「だ、大丈夫です!合成獣の強度には確率性があって、こ、これはきっと見た目が気持ち悪いだけで……そう、見た目が気持ち悪いだけ……ただ気持ち悪いだけ……」
自分に言い聞かせるように呟きながら、エルスが両手を前に出した。
「ホーリー・ライト……じゃなくて、セイクリッド・フレイム……いや違う、ディバイン・ジャッジメント……」
「早くしろよ!」
俺が叫ぶと、エルスはさらに慌てた。
「わ、分かってます!えーと、『光よ、我が前に集いて……集いて……あ、集まって……』」
なんで敬語が混じってるんだよ!
グチャ……グチャ……
合成獣が少しずつこちらに近づいてくる。
「『聖なる力で、その、えーと、悪を……悪を……』ひいいいい!近づいてくる!」
エルスが後ずさりながら必死に呪文を続けた。
「『清めたまえ……清めろ……清めて……きゃああああ触手が!触手がああああ!』」
呪文に悲鳴混じってるじゃないか!
「『ホーリー・なんとか・かんとか……好きにしてえええええ!』」
パッ!
エルスの手から光が放たれた。
が、それは合成獣を素通りして、天井に当たった。
「外した!?」
「じゃなくて、呪文が成立してないんだろ!」
俺が突っ込むと、エルスは涙目になった。
「だ、だって!虫みたいで気持ち悪いんですもん!」
「虫じゃないだろ!もっとヤバいだろ!」
「も、もう一回!今度こそ!『ディバイン……ディバイン……』」
エルスが再び呪文を唱え始めたが、震えが止まらない。
「『聖なる裁きの……裁きの……』うわっ!こっち来た!」
グルルル……
合成獣が唸り声を上げながら、触手を伸ばしてきた。
「『浄化の光よ!我に力を!いや力をください!お願いします!助けてええええ怖いよおおおお!』」
ボンッ!
今度は紫色の光が放たれた。
しかし、それは合成獣に当たった瞬間——
ギュルルルル!
「え?」
合成獣の動きが急に速くなった。触手の動きも激しくなり、体全体が脈動し始める。
「あ、あれ?」
エルスが青ざめた。
「も、もしかして……」
「強化魔法かけたのか!?」
「ご、ごめんなさい!呪文間違えて『ストレングス・ブースト』になっちゃったみたいで……」
なんでそんな都合よく間違えるんだよ!
その間、ペルフィは廊下の隅で独り言を呟いていた。
「どうしよう……これは私の愛の結晶……でも気持ち悪い……でも愛情込めたし……」
彼女は手を前に出したり引っ込めたりを繰り返している。
「『メテオ・ストライク』!」
突然、ペルフィが大声で叫んだ。
「おい!それヤバくない!?」
俺が慌てて止めようとした。メテオって隕石だろ!?店が吹っ飛ぶじゃないか!
「あ、でも待って!」
ペルフィが自分で自分を止めた。
「これは私の愛の結晶よ!殺すなんてできない!」
「いや、さっきメテオって——」
「『エクスプロージョン』!」
また別の破壊魔法を唱え始めた。
「それもヤバい!」
「でも待って!これにはレオンへの想いが詰まってるのよ!」
ペルフィが涙目になった。
「私の初めての愛妻弁当なのに……」
「愛妻弁当じゃなくて合成獣だから!」
「『アルティメット・デストラクション』!」
「名前からしてヤバすぎる!」
「あ、でも!でも!」
ペルフィがまた中断した。
「ほら、見て!なんか可愛くない?この触手の動き方とか!」
「どこが!?」
俺の心臓が上下する。彼女が破壊魔法を唱えるたびに「店が消える!」と思い、中断するたびに「助かった」と安堵する。もう精神的にきつい。
「『グランド・アニヒレーション』!」
「店どころか街が消えそうな名前やめて!」
「でも、これは愛なのよ!愛!」
「だから——」
グニャアアア!
合成獣が一階への階段を降り始めた。しかも強化されたせいで、めちゃくちゃ速い。
「うわあああ!」
俺たちは慌てて一階に逃げた。
「どうする!?このままじゃ追い詰められる!」
俺は必死に考えた。そうだ、魔法だ!この世界の魔法は中二病英語で発動する。でも攻撃魔法を使ったら店が壊れる。
じゃあ、攻撃以外で……そうだ!
「空間転移だ!合成獣を別の場所に転送すればいい!」
俺は手を前に出した。よし、呪文は……空間転移って英語で……
……
……
あれ?
空間転移って英語でなんて言うんだっけ?
スペース……トランスファー?いや違う。
スペース……ムーブメント?それも違う気がする。
テレポート?でもそれは自分が移動する魔法のような……
合成獣はもう階段を半分まで登ってきている……!
「エルス!空間転移って英語で——」
振り返ると、エルスは壁にへばりついていた。
「ひぃぃぃ!これ虫!虫みたい!気持ち悪い!なんで生きてるの!?なんで動くの!?」
だめだこいつ、完全にパニックだ。
「ペルフィ!空間転移の英語——」
「知らん!『ギガ・フレア』!あっ、でもこれは愛だから!やっぱりやめる!」
——こいつもダメだ!
グチャ!
ついに合成獣が二階に到達した。
もうダメだ、何か、何でもいいから——
俺は思いつく限り叫んだ。
「キュートになれ!!」
え?
自分で言って自分で驚いた。なんで可愛くなれなんだ!?
でも——
ピカッ!
俺の手から桃色の光が放たれた。
「え!?」
光は合成獣を包み込み、眩しすぎて目を閉じる。
数秒後、恐る恐る目を開けると——
「にゃあ♪」
「「「!?」」」
そこには、手のひらサイズの可愛い生き物がいた。
黄色いプルプルした体はそのままだが、サイズが猫くらいに縮小している。触手も短くなって、まるで猫のヒゲみたいだ。
そして何より、顔が出現していた。
「(◕ω◕)」
まさに、こんな顔文字そのものの表情。体には小さなハートマークまで浮かんでいる。
「にゃあ〜♪」
その生き物は、普通の猫のように俺たちに近づいてきた。攻撃性は完全に消えている。
……
……
「わあ!」
エルスが目を輝かせた。
「すごいです、但馬さん!どうやったんですか!?」
彼女は恐怖を忘れて、その生き物に近づいた。
「こんな高度な変化魔法、普通は上級魔法使いでも難しいのに!」
いや、ただ「可愛くなれ」って叫んだだけなんだけど。
「本当にたくさん魔法を勉強したんですね!」
いや、この世界の魔法システムがガバガバなだけだろ。適当な英語叫べば大体なんとかなるじゃん。
俺は急激な疲労感に襲われた。膝がガクガクする。魔力を使いすぎたらしい。
「きゃああああ!」
今度はペルフィが歓声を上げた。
「か、可愛い!なにこれ!超可愛い!」
彼女は目をキラキラさせながら、その生き物を抱き上げた。
「ぷにぷにしてる!しかもあったかい!」
「にゃあ♪」
生き物がペルフィの顔に触手——いや、今はヒゲか——をすりすりした。
「ひゃあ!くすぐったい!でも可愛い!」
ペルフィが完全にメロメロになっている。
エルスも最初は恐る恐るだったが、だんだん近づいてきた。
「本当だ……普通の猫みたい……」
恐る恐る手を伸ばして、頭を撫でる。
「わあ、柔らかい!」
「にゃ〜ん♪」
三人で生き物を囲んで、しばらく和やかな時間が流れた。
「そうだ!」
俺が思いついた。
「これ、レオンにプレゼントしたらどうだ?きっと喜ぶぞ」
「確かに!」
エルスも賛成した。
「愛妻弁当より、可愛いペットの方が男心を掴めるかもしれません!」
「え〜……」
なぜかペルフィが渋い顔をした。
「でも、こんなに可愛いのに……」
彼女は生き物を抱きしめた。
「レオンにあげるのもったいない……」
「は?」
「だって見て!この顔!『(◕ω◕)』って顔してるのよ!?レオンなんかにあげたくない!」
「いや、そもそもレオンのために作った弁当だろ!」
「弁当は弁当!これは違う!」
「元は同じだろ!」
俺とエルスが同時に突っ込んだ。
その時——
コンコン。
「すみません、ペルフィはいますか?」
扉の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえた。
レオンだ!
「ペルフィ、あの……なんか、ごめんなさい。」
さらに、別の声も聞こえる。
「私からも謝らせてください」
女性の声だ。これがルナか?
ペルフィの顔色が変わった。
「なんでルナが……」
「とりあえず、入ってもらおう」
俺が扉を開けると、そこには爽やかな笑顔のレオンと、その隣に立つ青髪の少女がいた。
ルナは短い青髪に、フリル付きの祭司服を着ている。顔立ちは整っていて、確かに「負け犬ヒロイン」という感じではない。むしろ正統派ヒロインっぽい。
「はじめまして、ルナです」
彼女は優しく微笑んだ。その笑顔は、確かに温かみがある。
「レオンさんから聞きました。ペルフィさんがこちらにいるかもしれないって」
「あ、ああ……どうぞ、入って」
二人を中に招き入れる。
「やっぱりここにいたんだな」
レオンが安堵の表情を浮かべた。
「朝から探してたんだ」
ペルフィは不機嫌そうに腕を組んだ。
「別に、心配されるようなことじゃないわよ」
ルナを見る目が明らかに冷たい。
「あの……」
ルナが申し訳なさそうに口を開いた。
「昨日のこと、誤解があるみたいで……」
「誤解?」
「はい、実は——」
「あ、ちょっと待って!」
ペルフィが突然立ち上がった。手には、さっきの可愛い生き物を抱えている。
「これ、あげる」
そう言って、レオンに生き物を差し出した。
「そういえば、但馬さん」
エルスが首を傾げた。
「さっきの魔法、なんて唱えたんですか?」
「ああ、『キュートになれ!!』って」
俺が答えた瞬間、エルスの動きがピタリと止まった。
「……は?」
「『キュートになれ』だよ」
「ちょっと待って!」
エルスが青ざめた。
「なんで『ビー・キュート』とか『ターン・キュート』とか、ちゃんとした英語じゃないの!?」
「え?」
「『キュート』は英語だけど、『になれ』は日本語じゃないですか!」
「あ……」
確かにそうだ。慌ててたから、つい日本語が混じった。
「そんな中途半端な呪文だと、効果が弱くなるんです!」
「ど、どうなるんだ?」
俺は嫌な予感がした。
「時間制限が発生します。但馬さんの魔力レベルだと……せいぜい5分くらいしか持たないはずで——」
5分!?
もう4分は経ってるじゃないか!
「待っ——」
俺が止めようとした瞬間。
ボンッ!
桃色の煙が上がり、レオンの手の中で——
グニャアアアア!!
「「「「ぎゃああああああ!!」」」」
ここまで読んでくれて、ありがとうございます!
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