9.愛妻弁当から錬金術師へ(一)
「料理、できますか?」
エルスの唐突な質問に、ペルフィが顔を上げた。
「できるわよ。一応」
「じゃあ、愛妻弁当作戦です!」
エルスが立ち上がって宣言した。
「愛妻弁当?」
「そう!愛情たっぷりの手作り弁当で、隊長の心を掴むんです!」
ペルフィの目が少しだけ輝いた。
「それなら……」
「よし、メニューを決めましょう!」
俺も調子に乗って立ち上がった。
「愛妻弁当といえば——」
「七彩露の滴サラダと赤竜肉のカツレツでしょ!」
ペルフィが即答した。
「は?」
「違います!」
エルスが割り込んだ。
「愛妻弁当といえば、ゴールデンアップルのパイです!ロマンチックじゃないですか!」
「ゴールデンアップルって、神殿への供え物じゃないか」
「だからこそですよ!神聖な愛の証明です!」
「いやいや」
俺は二人を制した。
「愛妻弁当といえば、唐揚げ、厚焼き玉子、タコさんウインナーだろ!」
……
……
沈黙。
「何それ」
ペルフィが眉をひそめた。
「タコさん……ウインナー?」
「唐揚げは鶏肉を油で揚げたやつで——」
「分かるけど、なんでタコ?」
「いや、タコの形に切るんだよ」
「……なんで?」
なんでって言われても。
「か、可愛いから?」
「意味不明」
ペルフィがバッサリ切り捨てた。
『ゴールデンアップルパイがいいです!』
エルスが俺の味方をしないで、必死に主張している。
「ゴールデンアップルパイなんて、お前が食べたいだけだろ!」
「女神は食事しません!」
「じゃあなんで推すんだよ!」
「健康にいいんです!女神の祝福も得られます!」
「それ、供え物だから祝福されるんだろ!」
俺たちが言い争っている間に、ペルフィが冷静に聞いてきた。
「ちょっと待って。ゴールデンアップルパイはまあ置いといて……」
彼女は俺を見つめた。
「その、唐揚げとか、厚焼き玉子とか、タコさんなんとかって、何?」
来た!
俺の中で何かがスイッチオンした。
これだ!これこそが異世界転生の醍醐味!
日本の料理を紹介して、みんなを感動させる展開!
「いいか、よく聞け!」
俺は自信満々に説明を始めた。
「唐揚げは、下味をつけた鶏肉に片栗粉をまぶして、高温の油でカラッと揚げる。外はサクサク、中はジューシー。冷めても美味い、弁当の王様だ!」
「……」
「厚焼き玉子は、卵に砂糖と出汁を加えて、何層にも重ねて焼き上げる。ふわふわで甘くて、子供から大人まで大人気!」
「……」
「そしてタコさんウインナー!ソーセージに切り込みを入れて茹でると、足が開いてタコみたいになる!見た目も可愛くて——」
「却下」
ペルフィが即答した。
「は?」
「変な料理。却下」
なんでだよ!
普通、異世界の人って日本料理に感動するもんだろ!?
『へぇー!?チャーハン!?なにそれ、聞いたことない!美味しそう!作って!』とか!
『スシ!?生の魚を米に乗せるの!?斬新!食べてみたい!』とか!
そういう反応はどこ行った!?
俺は必死にペルフィに詰め寄った。イケメンフェイスを最大限に活用して。
「いや、本当に美味しいんだって!騙されたと思って——」
『ゴールデンアップルパイ!』
エルスが叫んだ。
「うるさい!」
『ゴールデンアップルパイがいいんです!』
今度は心の中で叫ばれた。
『ゴ!ール!デン!アッ!プル!パ!イ!』
「ぐああああ!」
脳内核爆発、再び。
俺が頭を抱えて悶えている間に、ペルフィは眉間にしわを寄せて考え込んでいた。
「そんなに嫌なら——」
俺は急に真面目な顔になった。
目を閉じて、遠い目をする。まるで昔を懐かしむ中年男性のように。
「……実はこれ、俺の夢なんだ」
「夢?」
「誰かに、唐揚げ弁当を作ってもらうのが」
俺は幸せそうな表情を浮かべた。
「朝起きたら、台所から唐揚げを揚げる音がして、『お弁当できたわよ』って……」
「……最低」
エルスが冷たい声で言った。
「ただの私欲じゃないですか、但馬さん」
「お前だってゴールデンアップルパイ食べたいだけだろ!」
「女神は食事しません!」
「さっきから連呼してるけど、絶対嘘だろ!」
でも——
「そう……なのね」
ペルフィが何か納得したような顔をしていた。
「男の人が求めてるのって、そういう贅沢なものなのね」
「おい、人の夢を贅沢とか言うな」
俺が突っ込んだが、ペルフィは聞いていない。
『なんで急に信じるんですか!』
エルスが心の中で叫んだ。
ペルフィは続けた。
「確かに、私が今まで作ってた弁当、レオンはいつも『ありがとう』って笑ってくれたけど、特別喜んでる感じじゃなかった」
彼女は俯いた。
「私の好きなものばかり入れて……でも、もしかしたら庶民的すぎたのかも。冒険者のリーダーなんだから、もっと高級なものを求めてたのかもしれない……鶏肉に卵にソーセージ……確かに私が普段作るものより高級ね。さすが、カウンセラーさんは違うわ」
え?高級?
俺は首を傾げたが、ペルフィはもう決意を固めていた。
「よし、決めた!」
彼女が顔を上げた。
「豪華な故郷の愛妻弁当を作るわ!」
「「賛成!」」
俺とエルスが同時に叫んだ。
……いや、待て。なんで豪華?
「じゃあ、まず買い物ね」
ペルフィが立ち上がった。
「鶏肉と、卵と、ソーセージを買わないと」
「お、話が分かるじゃないか!」
俺は感動した。やっと普通の反応が返ってきた!
「市場に行きましょう」
ペルフィが先頭に立って歩き始めた。
店を出て、初めて異世界の街並みをじっくり見る機会を得た。
石畳の道が続き、両側には木造の建物が並んでいる。看板には読めない文字——いや、よく見ると日本語だった。本当に都合の良い設定ね。
空気は澄んでいて、朝の光が建物の隙間から差し込んでいる。行き交う人々の服装は中世ヨーロッパ風だが、なぜか妙にカラフルだ。そして、普通に獣人やエルフが歩いている。
「すごいな……」
思わず呟いた。本当に異世界なんだと実感する。
市場に近づくにつれ、賑やかな声が聞こえてきた。
「新鮮な野菜だよ!」
「今朝採れたての魚!」
「魔法薬の材料、安くしとくよ!」
市場の入り口をくぐると、そこは活気に満ちていた。
色とりどりの野菜や果物が山積みになっている。見たことのない紫色のキャベツみたいなものや、光ってる林檎、なぜか浮いているオレンジ。
肉屋の軒先には、巨大な肉塊がぶら下がっている。血の匂いと香辛料の香りが混ざり合い、異世界感を演出していた。
「まず鶏肉ね」
ペルフィが肉屋の前で立ち止まった。
「すみません、鶏肉ください」
「おう、嬢ちゃん。普通の鶏肉でいいのか?」
店主のおっさんが聞いてきた。筋骨隆々で、いかにも肉屋って感じだ。
「普通のでいいです」
「了解。でも今日は狩猟隊が戻ってきたばかりだから、新鮮だぜ」
店主が奥から肉を持ってきた。
——狩猟隊?
まあ、この世界なら養鶏より狩猟の方が一般的なのかも。
「銀貨5枚だ」
「はい」
ペルフィがさらっと支払った。
銀貨5枚って高くない?
でも、ペルフィが普通に払ってるから、この世界の相場なんだろう。
「次は卵ね」
今度は別の店に向かった。卵専門店らしく、様々なサイズの卵が並んでいる。小さいものから、俺の頭くらいある巨大なものまで。
「卵を6個ください」
「へいへい。でも嬢ちゃん、運がいいな。今朝、冒険者が巣から持ってきたばかりだ」
——巣?
「銀貨8枚になります」
「はい」
卵が肉より高い!?
「最後にソーセージ」
加工肉の店に入った。店内には様々な腸詰めがぶら下がっていて、スパイスの香りが充満している。
「ソーセージ5本お願いします」
「おお、今日は特別な日か?高級品だぞ」
店主が丁寧に包んでくれた。
「銀貨12枚」
ソーセージが一番高い!?
買い物を終えて、店に戻る道中。
「ねえ、ペルフィ」
「何?」
「さっきの食材、なんか高くない?」
「そう?普通よ」
ペルフィがきょとんとした。
「だって、冒険者が定期的に狩ってくる食材だもの」
「……は?」
「鶏肉は、森に住むコカトリスの幼体の肉でしょ?」
コカトリス!?石化能力を持つ伝説の魔物じゃないか!
「卵は、山岳地帯のグリフォンの巣から採取したものよ」
グリフォンの卵!?
「ソーセージは、魔猪の腸に竜の血を混ぜた特製スパイスを——」
「待て待て待て!」
俺は頭を抱えた。
「それ、全部高級食材じゃないか!」




