4. 『園に行っただけなのに求婚されました。なんで?』
「……ミミル……いる?」
朝、ぼんやり目を開けた僕の腕の中には、いつものぬいぐるみがあった。
ふわふわの毛並みに頬をすり寄せる。安心する。世界が落ち着いて見える。
「おはよう、ミミル……」
ベッドの柵の向こうから、すぐに声がかかった。
「ルカ、おはよう。ちゃんと寝られたかしら?」
「ん……うん。ママ」
白銀の髪を後ろで結ったレイが、僕の髪をそっと撫でた。
そのあと、筋肉の塊みたいな誰かが勢いよく部屋に入ってきた。
「ルカァアアア! おはよううう!!」
「パパ、声、大きいよ……」
騎士団総隊長である父・ガルドは、相変わらずテンションが高い。
でも、僕が少しでも寝ぼけていると、ぬいぐるみごとやさしく抱き上げてくれるのが嬉しい。
「今日は園、初日だな!!」
そう。今日から僕は王都の教育施設──
『王立第一幼児園』 に通うことになる。
この世界では、5歳になると“家柄に応じた園”に入るのが通例。
第一幼児園は、貴族階級や上級官吏の子どもだけが入れる特別な場所らしい。
教育内容は、礼儀作法・集団生活・初歩の魔法・体術・芸術……など多岐にわたる。
ただ、僕はそれより気になることがあった。
「……園って、ミミルも一緒でいいの?」
「もちろんよ。ルカの心の支えだもの」
「落とすなよ! 騎士団10人がかりでも探せるけどな!」
そうして、制服に袖を通し、ミミルをぎゅっと抱きしめた僕は、
大きな馬車に乗って、園へと向かうことになった。
◇
園に着いたとき──僕は、明らかに“注目の的”だった。
「ち、小さ……!?」「なにあの子、可愛すぎない!?!?」
身長160cm前後の園児たちの間を、
90cmの僕がミミルを抱いて歩く光景は、確かに“異物”だったと思う。
僕は立ち止まり、小さく会釈した。
「はじめまして。ルカ・エインズレイです。よろしくお願いします」
言葉遣いは丁寧に。立ち振る舞いは落ち着いて。
前世で叩き込まれた“人付き合い”の知識が、自然と出てしまう。
でも──
「しゃべった……!?」「声、やば……かわいい……」
なぜか周囲は大混乱していた。
そんな中、前から銀髪の男の子が歩いてきた。
静かに膝をつき、まるで騎士のような仕草で、僕の手を取る。
「初めまして、ルカ。僕はユリウス・フォン・リシェル。結婚してくれない?」
「え?」
「見た瞬間に、運命だと思った」
いや、え? はやくない? 僕、今日からなんだけど!?!
次の瞬間、黒髪の男の子が僕の正面に立った。
金色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見てくる。
「ルカは、俺が守る。ユリウス、お前には渡さない」
「……えっと、レオン、くん?」
「ぬいぐるみ、似合ってる。あと、俺の膝、空いてる」
そのままふわっと抱き上げられて、
僕はミミルごと高く持ち上げられた。
(……え、展開が早すぎる……)
「ルーカぁぁ♡ ぎゅ〜してもいい〜? ミミルちゃんもさ〜!」
茶髪の男の子が背後から抱きついてくる。
にこにこした顔で、僕のほっぺをぷにっとつまんできた。
「……ミミルの耳、引っ張らないで……」
「ごめんごめん♡ でもルカって、ミミルと同じくらいかわいいよね〜」
(……この園、平和じゃない……)
◇
帰り道。僕はミミルを抱いて、馬車の中で深いため息をついた。
「……園って……あんな場所なんだね、ミミル」
パパとママは、にこにこしながら言った。
「ルカが可愛いからだ。しょうがないな!」
「気になる子がいたら、保護者面談するわよ?」
違う、そうじゃない……。
初日でプロポーズ3件、膝上抱っこ5回、あ〜ん要求12回って……。
「ミミル……明日も一緒にいてね。絶対、離さないから」
ぬいぐるみは、あたたかく僕の不安を包んでくれた。
──こうして、僕の「モテ地獄な園生活」は幕を開けた。