53. (カイン視点④) 『ルカ様と“薬草の小道”で──はじめて涙をこぼした日』
あの日の風は、少し冷たかった。
でも、ルカ様の手は……ずっとあたたかかった。
◇
「ここが、薬草の小道?」
ぼくがうなずくと、ルカ様は両手でミミルを抱きしめながら、
ふわっと笑った。
「わぁ、いい匂い……」
その一言だけで、なんだか救われる。
誰にも言わずに、ずっと一人で通っていたこの場所。
気づけば「誰かに見てほしい」と思ってたなんて──
気づきたくなかった。
「この草、知ってるよ。“コルナ草”でしょ?」
「えっ、どうして……」
「前に本で見たよ。おなかにいいんだって」
優しい声で、ぼくの秘密を知ってるみたいに話す。
なのに、不思議とこわくなかった。
むしろ、心がふわって軽くなるのが、くやしかった。
◇
ぼくは、“いい子”じゃなきゃ生きられなかった。
大人の顔色を読んで、期待に応えて。
叱られないように、責められないように。
なにかを間違えると、すぐに「要らない」って目で見られた。
でもルカ様は──
「間違えちゃっても、大丈夫だよ」って言った。
“間違えても大丈夫”なんて、信じられるわけがなかった。
……なのに。
ルカ様が、そう言って笑うだけで、
信じてみたくなる自分がいた。
◇
「カインくん、……泣いてる?」
気づけば、頬をつたうものがあった。
「……泣いてない、こんなの、ただの草のせいで──」
「うん、わかった。じゃあ、泣いてない涙ってことにしよう」
そう言って、ルカ様はミミルでそっとぼくの目を拭いた。
その仕草が、あまりにも優しくて、
また涙がにじんだ。
◇
帰り道、ルカ様がぽつりと言った。
「悲しいときはね、ぼくがここに連れてくるよ。
“この小道に来たら、心がほどける”って思えるように、なったらいいなって」
……ぼくはまだ、うまく言えないけれど。
その言葉が、胸の奥にまっすぐ響いている。
この場所も、この人も──
たぶん、ぼくの“居場所”なんだと思った。
◇
その夜、誰にも見られない語録帳にこう書いた。
『守るって、誰かを助けることだと思ってた。
でも本当は──
“心をふわっとさせてくれる人”のことを、守りたいって思うんだ。』
──それが、はじめて流した涙と、
はじめて知った“愛しさ”の意味だった。




