47. 『“たったひとつの落とし物”が、街を救った日』
「ルカ様、片方の手袋が見当たりません」
あっ。
朝、園に着いてすぐ、先生が気づいた。
ぼくがいつもしている、小さなうさぎ柄の白い手袋。
右手だけが、どこにも見当たらない。
「……昨日、街の本屋さんで最後に見たような……」
落とし物なんて、久しぶりで。
ちょっとだけ、胸がぎゅっとなった。
ミミルを抱きしめながら、
先生に「取りに行ってきてもいい?」と聞いた。
もちろん、魔法団の護衛つきで。
◇
街に出ると、なんだかいつもと空気が違った。
パン屋さんの笑顔がなくて、
花屋さんの店頭から花が消えていて、
通りの人々も、ひそひそ声で──なにかを恐れてるみたいだった。
「最近、“心を吸い取る病”が広まっていてね……」
道端で出会ったおばあさんが言った。
「笑うことも、泣くこともできなくなるんだよ。
誰もが、誰かの心を疑ってしまうのさ」
◇
ぼくの手袋は、本屋さんの前にあった。
風で飛ばされて、ドアのすみに引っかかっていたの。
拾いあげて、手に戻した瞬間、
向こうのベンチでしゃがみこんでいた子どもが──ぼくを見た。
その子の目は、まっすぐだった。
でも、まったく動かない。無表情で、声も出ない。
ぼくは、その子の前にしゃがんで、手袋を外し、
そっと、その子の手を握った。
「……きっとね、君のなかにも、あったかい光があるよ」
すると、その子の手が、ほんの少し震えて、
ぽろりと、一滴だけ涙が落ちた。
その瞬間、空気が──少し変わった。
◇
後日。
街では「ルカ様の落とし物が“心の病”を払った」と噂された。
パン屋さんが笑顔を取り戻し、
花屋さんに花が戻り、
人々が、少しずつ“声”を取り戻しはじめた。
◇
夜。ミミルに言った。
「ねぇ、ぼくの手袋、どうして落としたんだろうね?」
ミミルは、ちょこんと膝の上に乗りながら、
こう言った気がした。
──『それはきっと、“誰かとつながる片手”を空けるためだよ』
◇
語録にはこう書いた。
『落とし物は、“誰かの心”を拾うきっかけかもしれない。
なくしたものが導いてくれる出会いも、きっとある。』
おやすみ、ぼくの小さな手袋。
またどこかで、誰かを救ってね。




