46. (ノア視点②) 『感情を持たない僕が、泣きそうになった理由』
僕は、感情がよくわからない。
“喜ぶ”とか“怒る”とか“泣く”とか、
園のみんなが簡単にやっていることを、僕はあまり感じない。
先生には「そういう子もいるのよ」と言われた。
でもたまに、「怖い」と言われることもある。
──それでも、ルカ様は僕を「ノアくん」って呼んでくれた。
◇
ある日。
園の中庭で、ルカ様が小さな歌を歌っていた。
誰にでもない、どこにも届かない、ただのうた。
でも──その声を聴いた瞬間、
僕の頭の奥に、音が、映像が、なだれ込んできた。
◇
──焼けた家。
誰かが泣いてる。僕の手を引っ張ってる。
でも僕は、ただ無表情で空を見てる。
「ノア、逃げて!!」
誰かの叫び。
……それ、誰?
◇
気づいたら、僕はひとりで泣いていた。
涙の意味もわからず、ただ声も出せずに、
しゃがみこんでいた。
そのとき、ルカ様が近づいてきて、
僕の手をとって、こう言った。
「ノアくんの涙、きっと“記憶”といっしょに出てきたんだよ」
「だいじょうぶ。涙ってね、悪いものじゃないんだよ」
僕は首をふった。
わからない。わからないよ、ルカ様。
でも、手があったかかった。
◇
ルカ様は、ふわっと笑ってこう続けた。
「じゃあ、これから一緒に、うれしい涙を探そう?」
……その言葉で、
なにかが心の奥で、ひとつ、カチッと鳴った。
◇
夜、僕ははじめて“語録ノート”を書いた。
『涙は、心のなかの“冷たい氷”を溶かしていく。
感情がわからなくても、その音だけはわかる気がする。』
──また、あの歌が聴きたい。
ルカ様の声で、僕のなかの何かが、ちゃんと生まれそうな気がする。
ミミルが、そっとこっちを見てくれていた。




