16. 『ありがとうって言っただけなのに、日めくりカレンダーになって売れてました』
その日、園の帰り道。
僕はいつものように、ミミルを抱えていた。
荷物を拾ってくれた園児の子に、自然にこう言った。
「ありがとう。……君がいてくれて、助かった」
それだけの一言だった。
──なのに。
「……今の……」
「“君がいてくれて、助かった”……」
「なにその言葉……尊すぎて……泣ける……!!」
「うちの家訓にします!!!」
え、待って!? そんな大げさな話じゃ──!
◇
数日後、園内でこんなメモが出回り始めた。
《ルカ様語録:保存版》
1日目:「ありがとう」
2日目:「ミミルがいるから、大丈夫」
3日目:「今日も、世界はやさしかったね」
4日目:「だいじょうぶ、まだ泣いてないから」
5日目:「泣いてもいいよ。ぼく、そばにいるから」
「……こんなに書いてたの?」
「はい!自主制作です!!」
「ルカ様が言った言葉、毎日記録してます!!」
「目標は365日分です!!」
──ルカの言葉は記録されていた。
しかも。
「王都の出版社から連絡がきてます」
「“魔法日めくり”として正式販売したいとのことで……」
「初版1万部、初日完売したそうです!!」
えっ!? もう商品化してるの!?!?
◇
最終的に、国が動いた。
【魔法文化財認定】:
書籍名『ミミルとルカの日々』
分類:魔法付き日めくり詩録(光魔法反応式)
・毎朝、1ページに魔法がかかり、ルカの声で“今日の言葉”が再生される。
・使用者の感情波を読み取り、必要な言葉が選ばれる。
・1日1回、魔力で“癒しの光”が発動。
──つまり、“精神安定魔具 × カレンダー × ルカボイス”である。
「いや、そんなつもりじゃ……」
僕がそう言っても、園児たちは目をキラキラさせて言った。
「ルカが“がんばってるね”って言っただけで、心が洗われた……」
「僕、毎朝泣いてる……」「それが生きる力になってる……」
……ルカ語録、恐るべし。
◇
夜、僕はベッドの中でミミルを抱きながらつぶやいた。
「ありがとう。……でもほんとは、僕のほうこそ、みんなに“いてくれて助かってる”んだよ」
今日の魔法日めくりカレンダーには、こう書かれていた。
『君がいるだけで、ぼくは笑える』
──たしかに、僕が言った言葉だった。
でもそれは、僕がこの世界に“愛されてる”からこそ、出てきた言葉。
「ミミル。僕、ちゃんと、前を向けてるかな」
ミミルは変わらずあたたかく、ただ寄り添ってくれていた。