14. 『夜泣きしたら、国中の魔法陣が反応して星空ができました』
その夜、僕は眠れなかった。
ベッドはふかふかで、ミミルも胸にいる。
あたたかい。安心できるはずなのに──
「……やめて……触らないで……やだ……」
小さくつぶやいてから、僕は自分の声で目を覚ました。
夢だった。
前世の、最後の記憶。
教室の隅。冷たい笑い声。あの手の感触。
(……ここは、違うのに。もう、大丈夫なのに……)
気づけば、頬に涙が伝っていた。
「……ミミル……」
ミミルをぎゅっと抱きしめて、
言葉を出さずに、泣いた。
その瞬間だった。
──パァァァァ……ッ。
部屋の天井に、光の粒が浮かび上がった。
「……え?」
まるで、星空のような、淡い光。
それはゆっくりと、天井から壁へ、壁から廊下へと広がっていった。
◇
【魔力警報:ルカ・エインズレイ 泣き反応 検出】
→自動連動魔法陣《光の天蓋》発動
→都市空域結界:一時点灯
→国家魔力線:安定のため自動拡張中
王都の空が、深夜にもかかわらずふわりと明るくなった。
天井に星。道に光。家々の窓に、やさしい光の花。
「ルカ様が……泣かれてる……ッ!!」
「起きろ、全員ッ!!護衛体制──!!!」
「光魔法、全出力で星空モードへ!!」
騎士団・魔法団・王族・街の民。
誰もが“あの子の涙”を感じて動き出していた。
◇
でも、その中心で。
僕はただ、ぬいぐるみを抱いてうずくまっていた。
(……僕、どうして、泣いたんだろう)
もう、愛されてるってわかってる。
大事にされてるって、ちゃんと伝わってきてる。
それでも、心の奥にはまだ──「信じていいの?」って声が残ってる。
「……ルカ」
優しい声がして、扉が開いた。
レイ(ママ)が僕をそっと抱き上げて、何も言わずに撫でてくれた。
「全部、消えなくていいのよ。
怖かった思い出があるままでも、ちゃんと幸せになっていいの」
ガルド(パパ)も黙って背中をさすってくれた。
「……世界ごと、ルカを守ってやる」って顔だった。たぶん本気。
そのまま窓の外を見ると、王都の空全体が、光で満ちていた。
──星が、僕のために瞬いている。
(ああ……。そうか)
涙を流しても、拒絶されない世界。
怖いって言っても、信じてくれる人がいる。
「……ありがと、ミミル……ありがと、パパ、ママ……」
僕はそっと目を閉じた。
今度は、ちゃんと眠れた。
安心して。泣きながら。愛されながら。
そしてその夜、国中の空が一晩中光り続けたことは、
“ルカ様の涙夜”と呼ばれ、毎年祝日に制定された。
──ルカは知らない。
この国が、どれだけ彼の涙に弱いかを。