13. 『絵本の読み聞かせ中に話したミミルの物語が、出版されかけてます』
園では週に一度、読み聞かせの時間がある。
今日はその日。
でも、先生が本を忘れてきたらしく、急きょ「誰か代わりにお話してくれる?」と聞いてきた。
「じゃあ僕が──」
……と手を挙げた瞬間、教室が静まり返った。
「る、ルカが……!?」「まって、録音石準備!!」
「しぃっ!しゃべるぞ、天使がしゃべるぞ……!」
(な、なんでそんなに期待されてるの……?)
◇
僕はミミルを膝に乗せて、ゆっくり話し始めた。
「むかしむかし、“ちいさな銀色のうさぎ”がいました。
名前は、ミミル。どこにいても、すぐに誰かを見つけられる、不思議なうさぎ」
話しながら、少しだけ前世の記憶がかすめた。
「ミミルは、いつも優しかった。こわいときも、さみしいときも、ぴたっと寄り添ってくれた。
でも、誰もその声を聞いたことがない。“うさぎ”だから、しゃべれないから」
──まるで、前の僕みたいに。
でも──
「ある日、小さな男の子が“ありがとう”って言った。
そしたら、ミミルの胸の中が、ぽっとあったかくなったんだ」
話し終えると、教室が静かだった。
みんな、じーっと僕を見ていた。
ノアが最初に言った。
「……ミミルちゃんって……しゃべれなくても、伝わるんだね……」
ユリウスはまっすぐ僕を見つめて、言った。
「ルカ……今の話、記録しておくべきだ。いや、する。必ずする」
レオンは黙って、僕の手を取って、ぎゅっと握ってくれた。
──その日の放課後。
先生が魔法通信でどこかに連絡していた。
「はい……はい!本当に即興で……いえ、原稿などは……いえ……あっ、いま本人に──」
「……え?“そのまま製本すべき”!?!?魔法局が!?!?」
え、なに、どういうこと? たい焼きといい、最近すぐ本になる世界なの……?
◇
数日後、王都の魔法印刷局から正式な連絡が届いた。
【書籍化希望のお伺い】
タイトル案:『ミミルとちいさな魔法の子』
・対象:全年齢
・内容:ルカ本人の語ったお話そのまま
・印税契約の準備あり
・朗読会での定期イベント化希望
(……えっと、ただのお話ごっこだったんだけどな)
僕はミミルを抱きしめながら、静かに首をかしげた。
──でも、ほんの少しだけ嬉しかった。
僕の言葉が、ちゃんと“届いた”こと。
誰かの心を、ほんのちょっとでもあたためられたこと。
「ありがとう、ミミル。きみがいたから、話せたよ」
──こうして、ルカとミミルの物語は、
園の壁を超えて、“読み継がれる絵本”の第一歩を踏み出した。