12. 『たい焼きを買っただけなのに、「ルカ教の聖地」と呼ばれました』
「今日はちょっと街まで出かけましょうか。ルカ、いい?」
ママがそう言って、久しぶりの外出が決まった。
(園と家の往復ばかりだったから、少し新鮮かも)
「うん。……ミミルも一緒に、ね?」
「もちろんよ」
レイは僕の頭をそっと撫でて、いつもより少しだけ軽い魔力のマントをかけてくれた。
おめかしというより、“気づかれないように”の配慮。
──でも、気づかれなかったかというと、まったくそんなことはなかった。
◇
街の中心にある石畳の広場。
僕がミミルを抱いてゆっくり歩いただけで──
「い、今の……ルカ様では!?」
「えっ!?公爵家のルカ様!?うわあああ!」
「本物だ……!布告で見た姿そのまま……!現実……尊……!」
……ザワッ……!
みるみるうちに人が集まってきて、
気づけば僕の周囲に自然と道が開いていた。
両脇にはひざまずく市民、道を掃除する商人、そして──
「ルカ様ご通過!!たい焼き屋、焼きたて確保!!」
「花屋!花道準備OKです!!」
「ルカ様信仰、今日から開始します!!布教用チラシ刷って!!!」
(……え?)
「……ただ、たい焼き食べに来ただけなんだけど……」
◇
結局、たい焼きを買おうとした僕に対し──
店主は号泣しながら差し出した。
「ど、どどどどど……どうか……!これを食べてくださることで、我が家に福が……!」
「……ありがとう。いただきます」
その場で一口かじった瞬間──
(←誰かが勝手に魔法カメラで撮ってる)
「くっ……!食べてる姿まで……破壊的……!」
「この姿を彫刻に残そう!!永久保存だ!!!」
「たい焼きの神降臨……!!」
──たい焼きの神って何?
◇
帰り道、ママが笑いながら言った。
「街の広報掲示板に、明日から“ルカ様ご来訪記念ポスター”が貼られるそうよ」
「……たい焼き買っただけなのに……」
「それが、あなたなのよ。ルカ」
僕はミミルをぎゅっと抱きしめた。
たしかに、今の僕は前より世界に広がっている。
でも、僕自身は何も変わってない。ただ、静かに生きていたいだけ。
「ミミル……帰ったら、たい焼きの分、君にもおやつ分けてあげるね」
ミミルはあたたかく、ただ黙って寄り添ってくれていた。
──ちなみにその日の夕方。
広場にあったベンチに「ルカ様が座った」と噂が広まり、
そこは以後【第一聖座】と呼ばれるようになった。
こうして、“ルカ教”という言葉が、この国の市民にとっても他人事ではなくなっていくのだった。